第10話 ネカフェはダメだ
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月曜日。
私は出社するなり、闘護部長の席に謝りに行った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
部長は忙しく書類に目を通していて、顔も上げてくれない。
やはり怒っているのだろうか。
「金曜日は、すみませんでした。私のミスで出張させてしまったにも関わらず家まで送っていただいて」
「いや、こちらこそ遅くなってすまなかったね。無事案件が片付いてよかった」
「はい。ありがとうございます」
「うむ。これからは私も気をつける。同じミスをしないようにしよう」
「はい」
「わかったら席に戻っていい」
「は い」
冷たい。
でも、これがいつもの部長だ。
でもでも、何か違う気がする。
もっと何か別のことを話したいのに。
席に戻ると、川瀬が近づいてきた。
「二人きりの出張はどうだったかね」
この顔。いやらしいことを想像しているに違いない。
「別に、先方に納品物届けて、謝って真っ直ぐ帰ってきただけですよ」
「なんだ。一緒に飲みにでも行ったのかと思ったが」
「そんな時間ありませんでした」
実のところ、私は出張のことをよく覚えていなかった。
あの部長と二人きりだから無理もない。緊張していたんだろう。
部長はとっつきにくい、私とは全然合わない。雲の上の人だから。
10 続き
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その日は散々だった。
私は終電に揺られながらため息をつく。
こんな時間までよく人がいる者だと思う。電車は満員で、私の頭上からは知らないおじさんの酒臭い息が降りかかってくる。
今日は先輩社員の美佳に、書類の細かなダメ出しをされ、何回も作り直していたら本来の仕事が終わらなくて残業。
部長が半分仕事をもらってくれたからよかったけど、そうじゃなかったら朝までかかっていただろう。
闘護部長ーーよくわからないな。
元々あまり接点のない人ではあるけど、一緒に出張に行って少しは仲良くなれたかと思ったら今日はもの凄い塩対応。
でも前からそうだったと言われればそうだし。
仕事を気にかけてくれるのは上司だからだよね。それ以外何にもない。わかってはいるけど。
なんかモヤモヤ。
電車が隣の駅に着く。
次で乗り換えだ、と思って入り口に立っていた私は一度ホームに降りる。
その時、ドンっと私は勢いよく背中を押された。
しかも足を引っ掛けられ、ホームに転倒。
その間に、一度ホームに降りた人が電車の中に吸い込まれていく。私も戻って乗り込まなきゃ、と思うのに痛みで立てない。
こんなに周りに人がいるのに、転んだ私に手を差し伸べてくれる人は誰もいない。
そうこうしてるうち電車のドアが閉まって走り出してしまった。
ゆっくりと動き出す電車の窓の向こうに、ニヤニヤ顔の美佳がいた。
まさか。
と思って見直すと、違う人だった。
考えすぎだ。
美佳さんは先に帰ったのだから。
「大丈夫ですか?」
声をかけられ、駅員かと思い私は顔をあげた。
「すみません、ちょっと転んじゃって」
その人と目が合って、お互い目を見開きしばし静止。
「部長!」
「如月」
諦めたようなため息をつきながら、部長が手を差し伸べてくる。
「隣の車両から転げた人がいたと思って見ていたがお前だったとは」
「すみません。誰かに押されて」
「押された?」
部長が顔をしかめる。
「いえ、たぶん誰か降りる時に押されちゃったのかも」
「怪我はないか?」
「はい。すりむいたくらいです」
私はようやく立ち上がって埃を払う。
すると部長も私の背中をポンポンっと払ってくれた。
「ありがとうございます」
「嫌な気を感じたら、3回息を大きく吐き出せ。それで大分生き霊は祓える」
「いきりょう?」
「ーーモノのたとえだ。とにかく大きく息を吐く、覚えておけ」
なんだかよくわからないけど。
「はい」
「おまえここの駅じゃないよな?」
「次の駅で乗り換えでした」
「もう電車ないだろ」
「大丈夫です。ネカフェでも行きます」
なんか似たような会話、前にもしたことがあるような気がする。
「ネカフェはダメだ」
部長がキッパリ言う。
「え、どうしてですか」
「おまえは危なっかしい。タクシーで帰れ」
「そ、そんなお金ありませんよ。ここからタクシー使ったら何万円するか」
「仕事で遅くなったんだから経費で落とす。決済が降りなきゃ俺が払う」
部長は、そう言って財布を取り出すと私に三万円を差し出してきた。
「これで払え。足りなかったら悪いけど足しといて」
「えっそんなことしていただくわけには」
「いいから。もう遅いんだ、来い」
部長は私の手を引いて歩き出す。
駅を出て、待ってるタクシーに私は乗せられる。手には強引に持たされたクシャクシャに折り曲がった3万円。
「運転手さん、よろしくお願いします」
部長はそう言って身を引く。ドアが閉まる。
タクシーが離れてくまで、部長は見送ってくれた。
「良い上司だね」
タクシーの運転手さんが言う。
確かに。
もっと冷たくて他人に興味のない人かと思っていた。
道端に人が倒れていても、見向きもしないような。
でもそれは間違いだった。
きっと部長なら、真っ先に助けに行く。
自分の身の危険など顧みず、他人を優先して助ける人だ。
部長のことをよく知るわけでもないのに、何故か私はそんなことを確信していた。
「はい。とっても」
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