第9話 何にも覚えてない

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 朝目覚めると、部長は椅子に座って腕を組んで寝ていた。


「あれ?」


 私が声を出すと、部長が顔を上げる。


「ああ、起きたか」


「部長なんでそこで寝てるんですか?」


「おまえなんにも覚えてないのかーー」


 そう言われても心当たりがない。


「え、私何かしましたか? 寝相は悪いみたいなんですけど、キックとかパンチとか?」


「それならまだいい。ブラジャーを脱いで抱きつかれたら寝られるわけない」


「えッ」


 そういえば、ブラ、いつの間に外したんだっけ。


「俺じゃないからな。おまえが勝手に寝ぼけて外してたんだぞ」


「家に帰るといつもすぐ取るから、きっとそのくせで……」


「まったく。何度理性が飛びかけたことか」


「すみませんーー。でも部長も、昨日の一言覚えてますか?」


「昨日の?」


 部長は考え込む。この様子じゃ、やっぱりただの冗談だったみたいだ。


 私は、ちょっとだけ本気にした。


 私の彼氏候補に、部長が立候補してくれたら、嬉しかったのにな。


 でも、そんなことあるはずない。


部長は部長だから。


私みたいなペーペーの新人に興味を持ってくれるわけなんてないよね。


「準備できたら行こうか。どこかで朝ごはん食べよう」


「いいですね。カフェとかでいいですか? 私調べますね」


 意気揚々と検索を始める私を、部長が温かい目で見ててくれる。


 こんな楽しい時間も、もう今日終わってしまう。


 またこんなふうに、部長と過ごせたらいいのにな。


 部長と、もっとずっと一緒にいたい。


 でも、時間は止まることはない。


 最後にわがままを言って、海に寄ってもらった。


 闘護部長と並びながら水平線を眺める。


入道雲の浮かぶ夏らしい空だった。


暑いけど、冷たいアイスが美味しくて。


隣には部長がいて。


「いい思い出ができました」


 私が思わずそう呟くと、部長は少し悲しそうな顔をした。


「俺は、忘れないから」 


「何言ってるんですか。私も忘れませんよ絶対」


 今日みたいな素敵な日。絶対忘れるもんか。


「あっ」 


 私は側にきらりと光る2枚貝の貝殻を見つけて拾った。


 まるで真珠みたいに輝いている。綺麗。


「綺麗な貝殻だな」


 部長も覗き込む。


「一枚部長にあげます。きっとご利益ありますよ」


「そうだな」


 と、部長は優しく笑った。


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