第6話 襟を大きく開く
ああ、これは聞いてはいけない方だったみたいだ。
「そう。ごめん、でも言えない。でも、いつか如月もそれを知ることになるかもしれない。ただ俺はそれを防ぎたい。知らなくていい世界だってあるはずだ。普通の人が普通の生活を送る。それが俺は一番幸せだと思っている」
「それはわたしも思います。普通って、幸せだなあって」
部長は驚いたように目を見開く。
「女性はみんな王子様と結婚したいんじゃないのか?」
「それは偏見ですよ。そういう人もいますけど、わたしは別に男性にステータスとか求めないし。普通が一番ですよ。普通の生活を送れているその陰には、誰かの努力が隠れているかもしれない。災害も戦争もなくて、普通の生活を送れていることに感謝です」
そう言っておちょこの日本酒を飲み干すと、今まですかさず注いでくれていた部長の手がこない。
手酌で構わないけど、と思いとっくりを取りながら何気なく部長を見てギョッとした。
「どうしたんですか部長!!」
「え、ああ」
部長は呆然としながら涙を流していたのだ。
「なんか、嬉しくて」
「嬉しい? 何がですか」
「お前の言葉がだよ」
「わたし何か言いましたっけ」
「見えない誰かの努力を思ってくれる。その小さな感謝と祈りが龍の、俺たちの力になる」
「りゅう?」
「いや、なんでもない。忘れてくれーーでも、ありがとう」
りゅうって、会議室の会話でも聞こえたやつだ。
まさか、龍のこと? それとも人の名前?
「大丈夫ですか、部長?」
「うん大丈夫だ。大丈夫になった。また頑張れるよ、お前のおかげで」
「よくわからないけど、それならよかったです」
「わけわかんないよな、ごめん。でも、決めた。やっぱり如月は今のままの方がいい」
そう言って笑う部長が少年のように見えて、かわいかった。
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はっと目覚めると、わたしは見知らぬ部屋にいた。
「ここどこ」
「そうなるよな」
苦笑が聞こえて、隣を向くと部長がいた。
ネクタイを解いて、襟を大きく開けている。
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