第6話 襟を大きく開く

ああ、これは聞いてはいけない方だったみたいだ。


「そう。ごめん、でも言えない。でも、いつか如月もそれを知ることになるかもしれない。ただ俺はそれを防ぎたい。知らなくていい世界だってあるはずだ。普通の人が普通の生活を送る。それが俺は一番幸せだと思っている」


「それはわたしも思います。普通って、幸せだなあって」


 部長は驚いたように目を見開く。


「女性はみんな王子様と結婚したいんじゃないのか?」


「それは偏見ですよ。そういう人もいますけど、わたしは別に男性にステータスとか求めないし。普通が一番ですよ。普通の生活を送れているその陰には、誰かの努力が隠れているかもしれない。災害も戦争もなくて、普通の生活を送れていることに感謝です」


 そう言っておちょこの日本酒を飲み干すと、今まですかさず注いでくれていた部長の手がこない。


 手酌で構わないけど、と思いとっくりを取りながら何気なく部長を見てギョッとした。


「どうしたんですか部長!!」


「え、ああ」


 部長は呆然としながら涙を流していたのだ。


「なんか、嬉しくて」


「嬉しい? 何がですか」


「お前の言葉がだよ」


「わたし何か言いましたっけ」


「見えない誰かの努力を思ってくれる。その小さな感謝と祈りが龍の、俺たちの力になる」


「りゅう?」


「いや、なんでもない。忘れてくれーーでも、ありがとう」


 りゅうって、会議室の会話でも聞こえたやつだ。


 まさか、龍のこと? それとも人の名前?


「大丈夫ですか、部長?」


「うん大丈夫だ。大丈夫になった。また頑張れるよ、お前のおかげで」


「よくわからないけど、それならよかったです」


「わけわかんないよな、ごめん。でも、決めた。やっぱり如月は今のままの方がいい」


 そう言って笑う部長が少年のように見えて、かわいかった。


********


はっと目覚めると、わたしは見知らぬ部屋にいた。


「ここどこ」


「そうなるよな」


 苦笑が聞こえて、隣を向くと部長がいた。


 ネクタイを解いて、襟を大きく開けている。




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