第5話 部長と酔う
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結局そのあと、警察に届けて、解放されたのは夜の11時頃だった。
そこで聞いた地元で評判の居酒屋に今わたしたちはいる。
ネットで調べたら、近くに今日泊まれるホテルも見つけて、予約も済んだ。
「便利な世の中ですよね〜。スマホ一本で予約もできちゃうなんて」
わたしは予約画面を閉じて、ビールを飲む。冷たくて、美味しい。
「領収書とっておいて。経費で落とすから」
そこに念願のやきとりがくる。
「わあ、美味しそう」
地元で評判というだけあって、とってもいい店だ。
全席個室の分煙。
ただ、カップル席しか空いてなくて、部長がすぐ右隣にいるのが緊張するけど。
でも、今日でずいぶん部長の印象は変わった。
会社にいるときは、ピリピリしていてとっつきにく人だと思っていたけど、二人きりになってみると気さくで話しやすい。
それに優しいし、強い。あの強さ、なんなのだろう。
それに、あの心の中での会話みたいなの。
でも、会議室で声を聞いたとき、部長あのことは絶対に誰にも話すなって言ってたし。
「本当に大丈夫か?」
部長は心配そうにわたしのことを見つめる。
長いまつ毛、切れ長の目。漆黒の瞳。整ったその顔に見つめられるとドキドキしてしまう。
「大丈夫ですって。心配しすぎですよ」
部長はもう何度もわたしに謝ってくれている。
一人にするべきじゃなかったって。
シャツも今度買ってくれるって言ってたし、汚れてしまった服の代わりに、24時間スーパーでとりあえずパーカーとレギンスパンツを買ってくれて、スーパー銭湯にも寄ってくれた。
「心配するだろ、あんな状況。恐い思いをさせてしまって、ほんとにごめん」
「確かに恐かったですけど、でも、部長の声が聞こえてそれも吹っ飛びました」
わたしがついそう言ってしまうと、部長が慌ててわたしの口をおさえた。
「あれはほんとはまずいんだ。口には出すな」
「わかりました」
「バレてないといいんだが」
部長は息を吐く。
何がまずいんだろうか。その辺りのことは全然教えてくれない。
「すまん。気になるよな。でも、俺も今どうしたらいいか悩んでるんだ。考えがまとまったら、ちゃんとするから」
ちゃんとする、っていうのはなんなのだろう。
わたしはよくわからないままビールを飲み干す。
「おかわりか?」
部長はくすりと笑う。
「はいっ。そういう部長は進んでないですね」
ホテルまでの運転は代行を頼んだので、部長もお酒を飲んでいる。
「おまえがピッチ早すぎるんだよ。お酒好きなのか」
「大好きです。本当はこの地酒も気になってます」
「別に好きなの飲んでいいぞ。もう仕事も終わったし」
「え、いいんですか?」
「いいぞ」
「やったー」
わたしはやってきた店員さんに地酒のメニューを見せて、
「ここのページの地酒全部一合ずつとっくりでお願いします。あと和らぎ水も」
といつものように頼んだ。
「おいっ。お前それ全部一人で飲むのか?」
「部長も飲んでください。日本酒はつぎあうのが楽しいんですから」
「俺強い酒はそんなに飲めないぞ」
「日本酒のアルコール度数はワインと同じか、ちょっと高いくらいですよ。やわらぎと一緒に飲めばそんなに酔ませんよ」
「やわらぎ?」
「和らぎ水です。チェイサーですね、日本酒と同量の水を飲むことで酔いにくくなるんですよ」
「詳しいんだな……」
「好きなので」
部長のことも。
わたしはじっと部長を見る。綺麗な顔、ずっと見ていたくなる。
好きに、なってしまいそうだった。
「あんまり見るな。照れる」
「え、すいません」
「でも空元気じゃないみたいで安心した」
部長もクイっとビールを飲み干した。
そこにちょうど地酒が運ばれてきて、二人でつぎあって乾杯した。
なんだかこれは、
「デートみたいだな」
部長の方からそう言われてわたしは嬉しくなる。
「わたしもそう思ってました」
部長のこと、もっとよく知りたい。
「酔わしてどうこうしようとかないからな。頼むから記憶をなくすようなことにはなるなよ」
「めちゃめちゃ警戒してますね」
「当たり前だろ。今うるさいんだ世の中が」
「でも、わたしがいいんだからいいじゃないですか。同意ならただのデートですよこれは」
部長が少し顔を赤らめる。
こんな表情する部長、初めて見た。
もしかしたら会社の中でわたししか知らない顔かも。
「あんまり煽るなよ、襲いたくなる」
「部長なら、いいですよ」
こんなこと言えるなんて、わたしも酔いが回って大胆になっていたみたいだ。
「ダメだダメだ!」
部長は目を見開き、だが理性を取り戻そうとするかのように首を振る。
「あははっ。冗談ですよ」
「上司をおちょくるな」
部長が頭をポンと叩く。
「あ、これもだめなんだよな。すまん」
頭ポンポンは世間じゃセクハラらしい。
確かに川瀬にやられたら吐き気がするほど嫌だけど、部長にされたら心がほわっとあったかくなる。
「部長になら、されたいです。頭ポンポン」
「お前また」
部長はクイッと盃を空ける。そこにわたしがまたつぐ。それに返盃。
一人で飲むのが好きだけど、誰かと飲むのも楽しい。
それが部長みたいな素敵な人なら尚更。
もっと部長のこと知りたい。でも、どこまで聞いていいのかわからない。
「どうした、急に黙って。酔ったか?」
「あの、」
「うん」
気になることは山ほどある。
あの心の声でのやり取りは何、なんであんなに強いの。
でも、聞いていいことと悪いことの区別がつかない。
「あの時、トイレに行ってたんじゃないですよね?」
部長の顔つきが変わった。
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