えがくひと

トマトみたいな赤取って、

なんて言われると、迷ってしまう。


真っ赤ってことで、原色の赤を放り投げれば良いんだろうか。


レッドか…レッドディープか…。

明らかに減りの早いレッドディープ。

目の前に、くの字になって転がっているのが2本もある。

まだ使えそうなレッドディープを放り投げた。

弧を描いてパレット付近に落下した音で、すかさず金髪が振り向く。

「それは違う。太陽に照らされたトマトが良いんだ」

なら最初から言ってよ!

と言いたくなるのを堪えて、バーミリオンヒューとコーラルレッド、カドミウムオレンジレッドシェードを見比べる。

太陽…って何時のだろうか。

金髪が立ち向かっている、巨大なキャンバスをふと見上げる。

何を描いているのか、全く分からない。

うにょうにょ、地から生えている、何か。

「…何時の太陽ですか?」

思い切って聞くと、ため息が聞こえてきた。

「夏の太陽だよ。集中したいんだ、自分で考えてよ」

金髪が勢いよく揺らめく。

睨まなくったって良いじゃん。

知らねーーっつーの!

なんで助手なんか付けるんだか…。

目の前のチューブを全部出してボイコットしてやりたい。

そんな気持ちを冷静に押し殺し、バーミリオンヒューを放り投げる。

少しパレットから離れたところに落下し、金髪は何も言わずに使い始めた。

あ、それなんだ、と思いながらも、もはやどんな風に筆が入るのかが気になってどうでも良くなる。

…憎めない人だなぁ。

今のところキャンバスに使われているのは青と黄色。

何が描かれるのか全く想像がつかない。

多分メインの色だよね…と思った瞬間、首を絞められたみたいに喉がひゅっと苦しくなって声にならなかった息が漏れる。

自転車のサビたブレーキ音みたいだった。

地面が揺れた?頭から水を被った?雷が落ちた?バンジージャンプする寸前の記憶も蘇った。

どのシチュエーションを想像しても、今の感情には惜しい所で届かない。

鳥肌が立った。

血が飛び散ったかと思ったからだ。

それが今やトマトは、激しい怒りかのように広がっている。

金髪は手を休めず、細かい筆遣いで左右に、上下に、はたまた飛びながらダイナミックに描いている。

なぜかその様子が、やっぱり血を吐いているように見えた。

どうしてこんなに恐ろしく、残酷なのだろう。

油彩絵の具は伸び広がらない。

だから細かく細かく書き足していく作業だ。

なのに。

筆が大きく動き、描き殴られたようにトマトが残る。

それが何度も、何度も何度も繰り返される。

「……何を、殺してるの」

私は泣いていた。

ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が溢れた。

金髪にはきっと届かない。きっと、気付かない。きっと、分からない。




男はガリガリだった。

伸びる手はまるで骨のように白く美しく、持つ筆の方が遥かに頑丈そうであった。

揺れる金髪は肩くらいまで長く、前髪のせいで瞳は見えない。

夏の太陽に照らされたトマトは、男の理想の血の色だった。

「…僕はここでしか生きられないのかもしれない」

そう呟いて、後ろを振り向くと少女が呆然と男が描き終えたキャンバスを見つめていた。

男はその姿が何よりも美しく見え、目を見開いた。

脇にあったクロッキーを急いで手に持ち、鉛筆を走らせる。

その音も男は好きだった。

もうこの時間以外要らないと思える程に。

もうこれしか要らないと思える位に。



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