その先を右に曲がって

日間田葉(ひまだ よう)

お前は誰だ?

 これはとある田舎町での出来事である。


 彼女は実家から隣町にある勤め先に車通勤をしていた。


 ある日のこと、残業後に同僚と外食をした後とっぷりと暗くなった店外で「また明日」と同僚たちに軽く手をあげ別れを告げて車に乗り込んだ。


 家まで車で30分、何のことはない短い時間である。


 帰り道の幹線道路は無駄に整備されている道幅の広い道路で周りはほとんど田んぼや畑で民家は数えるほどだった。


 直線道路の一本道をしばらく走って右折する、そしてまたしばらく走ると家に着く。考えるまでもない、そう思いながら彼女はふと右側に見える廃屋とその前にある墓地に目をとられた。


 その廃屋に続く道は幹線道路から家まで斜めに通じている細い道で、直進してから右折するよりも斜めに入って通り抜けられる近道である。昼間に何度か通ったことはあるが急ぐこともないので普段は選ばない。


 だがその日だけは何故だか彼女は吸い寄せられるようにその道に入ってしまっていた。


 外灯もない真っ暗な舗装もされていない道は不気味なほど静かで廃屋と墓地の間でヘッドライトだけがぼんやりと明るく前を照らす。


 彼女は右に曲がった途端に後悔していたがバックをして引き返すわけにもいかずカーステレオの音量を上げてCDから流れる歌をカラオケさながら声を張り上げて歌い、気を紛らせてやり過ごそうとアクセルを踏み込んだ。


 そのとたん、車がエンストした。


 あり得ない。


 突然エンジンが止まり、何度かけなおしてもかからなかった。


 右側にある廃屋の傾いた入り口はゆっくりずれて今にも開きそうだ。左側には墓地が薄い暗闇に浮かんで見える。


「ちょっと、落ち着こう、そう、落ち着いて」彼女は冷静を取り戻そうと一旦座席に座りなおして前を向く。


 その刹那


 後部座席に何者かが乗り込んできた。ドアは開いた様子はないが何者かが座ったと思われるその瞬間、


 ズシっ 車の後部が下がった。


 重い荷物を置いたときのように、後部が沈んだのが体感で分かる。


 肌が泡立ち冷や汗が沸き出てくる、じっとりと嫌な空気が背筋を纏う。


 彼女は少し考えたあと、後ろを振り返るのは止めようとルームミラーを後部座席が見えないようにそっとずらした。


「落ち着いて、そう、もう一度エンジンをかけよう」


 ブルブルブルブル


 かかった


 エンジンがかかると彼女は真っすぐ前だけを見て車を走らせた。わずか10分足らずのはずの道のりが長く思える。


 やっとの思いで実家の駐車場に車を止めてふらふらした足取りで玄関に入ると何故かそこに母親が立っていた。


「お前、何か連れて帰ってきただろう」


 青ざめた彼女は重いからだをやっと母親に向けてうなずく。


 すると母親は一呼吸おいてから彼女の顔を指さして叫んだ、


「出ていけーー!」


 ギャーーーーーーーーーーーーーーー


 彼女は絶叫した。


 自分ではないものが自分の口を使って叫んでいるような、とにかく自分ではなかったと彼女は言った。


 母親は「あの時叫んでいた娘の顔は知らない男の顔だった」と言い、彼女が家に入る前にすでに気が付いていたことは今でも何故だかは教えて貰っていないのだそうだ。


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その先を右に曲がって 日間田葉(ひまだ よう) @himadayo

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