第30話 盲点
先ほどとは違い、両者ともに勢いをつけて激突する。
勇者が両足を地面につけた状態で押され気味だった。ならバランスの取りづらい今、優位なの体格のよい方だろう。
緑魔族とぶつかった瞬間、勇者の身は弾き飛ばされた。飛ばされることを予期していた勇者は剣をうまく利用して力を逸らした。その結果、勇者はゆるやかに空中を舞い、一回転して地面に着地する。
もちろん緑魔族も待ってはやらない。勇者が着地すると同時に、肥大した左腕が勇者に迫る。だが、今度ははじめと同じ構図だ。バランスで言えば勇者が優位である。
そのまま行けば先ほどの二の舞だろう。
振りぬかれた剣が緑魔族の腕に止められ――――なかった。
緑魔族は驚愕に目を見開く。勇者の聖剣が辿った箇所は、緑魔族の腕を半分ほど切断していた。
思わず距離を取る緑魔族。勇者にとっては追撃を仕掛けたい場面であろうが、そうもいかなかった。
驚いたのは魔族だけではない。
(うわぁ、固すぎないかい?僕が使った魔法は、普通なら一撃で切断できるんだけど……。)
聖属性魔法――『ホーリーライン』
剣に聖属性を纏わせ、魔族特攻によって切断するというもの。聖剣と聖属性魔法のダブル効果により大半の魔族は防御を貫通され絶命する。
ちなみに、あくまで魔族特攻を重ね掛けするだけなので、魔族以外に使うとただ剣を振っただけとなる。
自身の持ち札を切った結果が期待半分に終わった以上、勇者は自分から動くわけにはいかない。相手の攻撃を受け流すため体制は安定させておく必要があるし、すでにホーリーラインは見られてしまった。警戒されるのは当然だろう。
勇者がいつ仕掛けられてもいいように構える中、緑魔族が口を開いた。
「やるじゃねぇか。正直ナメてたぜ。一撃で終わると思ってたんだがな。」
「……それはどうも。君の方こそ、硬すぎやしないかい?」
「ハッ!勇者にそう言ってもらえるとは光栄だなぁ!だが、こんなんでへこたれてたらもたねぇぜ!せいぜい遊び相手ぐらいにはなってくれよ!」
言い終わると同時に緑魔族が突っ込んでくる。勇者は安定した姿勢で、受け流そうとし……失敗して、吹き飛ばされた。
体勢ごと崩された勇者は、地面を転がりながらもなんとか受け身を取り、しゃがんだ姿勢で剣を構える。
(今のは!?さっきと変わっていないはずなのに、威力が桁違いだ。いったいなぜ……。)
そこまで思考して勇者は気づいた。
緑魔族の腕から魔力が放たれていることに。
(そうか!あれは身体強化の魔法。今までは魔法を使っていなくて、さっき初めて魔法を使ったんだ。やられたね。魔族は体格で人間に勝ると同時に、魔力の扱いに優れた種族。あれぐらいの魔法なら近接タイプでも使えるはず……、いや、ここが盲点か。僕らは人間と同じ基準で考えてしまっていた。格闘型でかつ魔法を使える人間は見たことない。)
「どうやら、見誤ってしまったようですね。」
勇者が横を見ると聖女が立っていた。どうやら聖女の所にまで転がってしまっていたらしい。そして、聖女も同じ結論に達したようだ。
勇者は立ち上がりながら言った。
「そうだね。思い込みは怖いものだね、まったく。」
「なに軽く振舞っているのですか。まったく、は私が言いたいです。」
軽口を交わしながら聖女は魔法を発動する。
聖属性支援系魔法――『ホーリーヒール』
名前の通り回復魔法だ。回復属性持ちが希少なため、各地で乞われ使い続けた、聖女の代名詞と言えるような魔法だ。
慣れているためか、勇者のかすり傷はすぐに塞がっていく。
「ああ。ありがとう。元気も出てきたよ。」
「残念ながら、私が治せるのは外傷のみです。なので、その元気はあなたの思い込みです。」
「ほら、痛いのが消えたんだから元気も出るでしょ?さて、」
この流れの中でも二人は警戒を怠っていない。魔族はこの間その場を動かなかった。緑色の様子を見る限り楽しんでいるのか。
勇者が声のトーンが下がった声で聖女に問う。
「さっき見誤ったばっかりの僕らだけど。あの紫色のこと、どう思う?」
「今の時点では何とも。相手が何もしてこない以上、今は緑色の討伐に専念すべきかと。こちらに走ってきたところを2人がかりで倒しましょう。もちろん、紫色の方の警戒も忘れずに。」
「でも、あの緑色は恐ろしく硬い。僕のホーリーラインでも半分しか切れなかった。あんなんだけど学習はしてくるはず……あぁ、なるほど。」
「そういうことです。」
聖女の案を否定していた勇者だが、途中で何かに気づいたようで、賛成に転じる。
会話が終わったのを読み取って緑魔族が声をあげた。
「お、死ぬ前の相談は終わったか?」
「まあね。死ぬ前じゃなくて、君を倒すための相談だけど。待ってくれてありがとね。」
「ハッ!ぬかしやがれ!」
緑魔族が突っ込んでくる。勇者はそれを迎え撃つ。
このままではまた吹き飛ばされるだろう。力を受け流すのは不可能だと分かった。かといって、そのまま受けるのは無謀だし、回避してもすぐ追撃が飛んでくるだろう。
なら、回避せずに避ける。即ち、相手に当てさせない、攻撃させない。
勇者は剣に聖属性を纏わせる。剣に光が宿るのを見て、緑色は僅かに動きを鈍らせた。
予想通り、と勇者はほくそ笑む。相手は何も考えずに戦闘するタイプじゃない。それは今までの打ち合いから分かっていた。なら、自分の腕を半分切り裂いたホーリーラインを見て、躊躇するはず。
だが、所詮は半分。そう思った緑色はさらに加速して突っ込んでくる。魔族の思考がホーリーラインに向きすぎていなければ気づけただろう。
(残念、これは囮だよ。)
緑色の目の前に何かが落ちる。もし多少ずれていれば、自ら突っ込んで行った位置。一瞬視界に入ったそれは、光る球のようなもので。
緑色の足元で衝撃が走った。砂埃が舞い、緑色の視界を奪う。緑色にとって取るに足らない衝撃だった、ダメージも一切ない。故に後ろに下がらなかった。
それが危機を招くとも知らずに。
晴れない視界で、魔族は気配を読み取ろうとする。すると、正面から突っ込んでくる見つけてくださいと言わんばかりの聖属性の気配。
「ハッ!バカが、視界を奪ってもバレバレなんだよ!」
緑魔族は気配に合わせて拳を突き出す。相手を粉砕するつもりの一撃。
しかし……
「バカは、君だと思うよ?」
拳に合わせて晴れた目に映ったのは、光り輝く聖属性を纏った聖剣で……勇者はその後ろにいた。
(コイツ!!俺の攻撃に合わせて、聖剣を盾にしやがった!)
聖剣が勇者の方に吹っ飛んでいく。だが勇者はそれを避け、生身のまま突っ込んで行った。
気が狂ったか、そう思って緑魔族が拳を構える。生身の勇者なんて敵じゃない。
勇者はそれすらも見抜いていた。
――緑色は、予想外のことが起きると極端に視野が狭くなる――!
その通り、緑色は勇者に気を取られ過ぎた。だから、砂埃の中から迫る聖女に気づいていない。
緑色は自分の横側、砂埃の中から出てきた聖女を見て驚いた、そして安堵した。聖女ならば攻撃手段を持たない。
その考えは響いた言葉とともにかき消された。
「ホーリーヒール!」
「ガッ……アアアァァァァアァァァ!!」
聖女が使ったのは回復魔法、それを緑魔族に。聖属性はもれなく魔族特攻付きだ。人間にとっては最上の薬でも、魔族が受ければ最悪の毒となる。
外がだめなら内側から。それが勇者と聖女がとった作戦だった。
緑魔族が苦しむのを見ながら、走ってきていた勇者が魔法を生成する。
聖属性攻撃系魔法――『ホーリースピア』
(貫通力の高い槍系、その上魔族特攻。いくら硬くてもこの至近距離なら耐えられない。これで終わりだ!)
勇者がほぼゼロ距離で魔法を放った。
だが
「ふむ。それは困るな。」
ホーリースピアが緑色にあたることはなかった。もといた場所を通り抜けた……緑魔族がその場から消えたのだ。
声のした方を見ると、紫魔族が睥睨してきていた。
足元に緑魔族を伴って。
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【あとがき】
第二章
最長 第27話、3293文字
最短 第10話、1606文字
この差はいったい……。
近いうちに第一章のタイトル変更するかもしれません。なんかしっくりこない……。
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