第31話 対峙

自らが射貫かんとしていた緑魔族が、いつの間にか離れた場所にいた。


不可解な状況に遭遇してなお、未知数な敵を前に勇者と聖女は気を緩めなかった。


「今、何をしたのか是非とも教えてくれないかい?」


勇者は平静を装って問いかけた。傍観を保っていた紫色が介入してきた今、情報を得る絶好のチャンスだ。これを逃すわけにはいかない。


紫魔族は余裕なのだろう。傲岸不遜な様子を隠さずに答えた。


「さて?何だと思うか?そのちっぽけな頭で考えるてみるがよい。」


まぁそう素直に教えてくれるわけないか、と勇者は思考に耽る。多少無防備になった分の警戒は聖女がカバーしている。


(最初の魔法を防いだ魔法。いくら威力が低いとはいえ聖属性魔法だ。当然魔族特攻付き……。倒すまではいかなくても、爆発は起きる。でも、あのとき何かに吸い込まれたように消えていった……。それにさっきの緑魔族を移動させた魔法。緑魔族が自力でっていうのはないと思うから、紫色が間違いなく何かした。いったい……うん?)


長く考える訳にはいかない。緑魔族が復活する前にどうにかしなければ。


思考の海から戻ってきた勇者は、ふと思いついたことを試すことにした。


先ほどまでの行動からあの紫色は今のところ魔法しか使ってこない、と仮定し魔法を放つ。聖属性攻撃系魔法――『ホーリーアロー』。


ホーリースピアより貫通力は落ちるが、その分飛距離に長けた魔法。それをできる限り最速で。


まっすぐ飛んで行った矢は紫魔族に刺さりそうになり、直前で消えた。


自分の考えが間違っていなかったことを確認した勇者は言葉を放つ。


「さて、答えを言ってもいいかな?お望み通りちっぽけな頭で考えてみたんだ。」


「ほう?貴様のちっぽけな頭がさらに残念になり、もう攻撃しかできなくなったのかと思ったぞ。よかろう、聞いてやる。」


「それはどうも。……君がさっきまで使っていたのは魔法。影を操る魔法だね?」


紫魔族の眉がピクリと動いた。聖女もこちらに耳を傾けている。


「その様子だと当たりのようだね。影を操る魔法。魔法が飛んできた時は、自分の影の中に入れる……吞みこむと言った方がいいかな?それで自分への影響を消したんだ。さっき緑魔族を移動させたのも、おそらく影伝いで。便利だね、その魔法。」


紫魔族は反応を返さない。ここまで丸ごと当たりなのだろう。


「君、今までその魔法ですぐ片付けてきたタイプでしょ?ダメだよ、ひとつの攻撃に対して複数対抗策を持っておかないと。おかげで、さっきの実験で影が動いているところがバレバレだったよ。」


ま、僕も教えてもらったのはつい最近なんだけど。


そう心の中で付け加えた。隣では聖女が呆れたような雰囲気になっているが、持ち前の気力でスルーした。


そこでようやく紫色が口を開いた。


「……まさか矮小な生物に我が魔法を見抜かれた上に、説教までされるとは。我は長く生きておるが、初めてのことだ。」


「お、光栄だね。そのまま使い続けると、筒抜けにしちゃうかもしれないね。」


「愚か者が。我の魔法を貴様ごときが理解する、否、できるなど、不可能であると知れ。」


紫色の足元から魔力が発せられる。ここから本格参戦と洒落込むようだ。


緑魔族短期にさえ苦戦するのに、それより厄介そうな敵との戦闘。しかも、よくみると緑魔族も復活したようだ。つまり、ここからは完全な2対2。


先手を取ったのは勇者側。聖女が勇者の限界まで強化魔法を重ね掛けする。互いの限界や能力は、ここ数日の訓練でそのあたりは把握していた。


対して魔族側は、緑魔族が自身に身体強化を、紫魔族が影を使って攻撃してくる。


連携して戦う側と、個々の能力でそれぞれ仕掛ける側。


攻撃を開始したのは紫魔族だった。髷魔法を使い、杭のような細長い棒を何本も放ってくる。


これに聖女が対抗する。聖女の聖魔法は攻撃系がほとんどない代わりに支援系は充実している。仲間の前方に敵の攻撃を防ぐための盾を生み出すことも、立派な支援だろう。


勇者は聖女の生み出した盾を頼りに突進して行く。迎え撃つように緑色が前に出た。


勇者はまた吹き飛ばされることを恐れずに勢いを落とさない。ある程度接近したところで、剣に聖属性を纏わせた。

接敵する。


『ホーリーライン』


心の中で呟き、剣を振りぬいた。


その軌跡は緑魔族の右腕を辿り、止まることなく切断した。


実は勇者と聖女も初めは強化魔法を限界の三分の一しかかけていなかった。初めから自分を殺しに来ると確信していた緑魔族にとっては予想できないことだっただろう。


緑魔族が驚きながらも後ろへ後退する。それと入れ替わるように紫魔族が魔法を行使した。


勇者と英所は空を見上げざるを得なかった。空は見えない。自分たちの立っている場所一帯までもが影に覆われる。太陽の光を逃げ場をなくすように遮っていく。


2体の頭上に生成された、あまりに大きな影のハンマー。圧力の化身が、振り下ろされた。


2人は早々に回避を諦めた。範囲が大きすぎるのだ。2人でなるべく固まって、聖女が効果を自分たちの真上だけに絞った盾を発動する。勇者も魔力を使い、それを援助した。


やがてその2つはぶつかった。紫魔族は押し殺さんとし、勇者と聖女はなんとか力負けしないように。


しかし接した瞬間、勇者と聖女は地面に押し込まれてしまった。勢いそのまま地面に衝突し周囲を大きく揺らす。近くの家は崩壊し、地面は割れていく。


紫魔族が魔法を解除した。ハンマーと地面が完全に接したからだ。


終わったか、そう思っていると崩れた瓦礫の中から人影が飛び出してきた。聖女を抱えた勇者だった。地面に押し込まれながらも、盾だけは維持できたらしい。


様変わりした町の中で、何度目か、正面から対峙する両者。


戦闘が再開されようとした……その時。


「おい。」


冷ややかな声が、崩れたはずの町から聞こえてきた。

















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