第38話 仮定は止まず答えを探して
俺を呼び止めたのはクレアだ。魔力が残り少ないせいか、息切れを起こして体力もほとんど残っていないようだ。
「私はレイに聞きたいことがあるって言った。レイは生き残れと言った。私は、私たちは誰一人欠けていない。私の質問に答えて。」
「だが俺はこうも言ったはずだ。考えておく、と。考えた結果、俺は答えない。」
不確定だったことを思い出したのだろう。クレアの顔が苦虫を嚙み潰したように歪む。クレアがここまで長く話しているおのを聞くのは初めてかもしれない。
「……なら、アルレルに戻った後も答えるまで纏わり続ける。」
「残念だが、俺はすぐにここを発つ。お前が質問する機会は訪れない。」
「!……なんで?」
「そもそもアルレルに留まる気は無かった。俺には俺のやりたいことがある。お前のようにな。」
こんどこそ立ち去ろうとする。クレアは図書館で会ったときから、科学者みたいな探求心が感じられた。きっと何かがあるのだろう。
「……私は」
クレアが離れている俺にも聞こえるような声量で言い始める。
次の言葉に俺は足を止めざるを得なかった。
「上位個体になる方法を探してる。」
思わず振り向いてしまった。上位個体について?図書館で声をかけてきたのはそういうことか。
フォアのことがバレている?シャスと話していたのが聞こえたのか?いや、そんな声量ではなかったはずだ。
「私が聞きたいことは2つ。その1つが、上位個体のこと。図書館ですでに知っているはず。レイは、上位個体?そうでなくても、知っていることを教えてほしい。」
どうやら、フォアのことはバレていないらしい。ひとまず、処理せずに済みそうだ。
「……まず、俺は上位個体ではないはずだ。」
上位個体はある分野において逸脱している存在。フォアのことを考えれば、俺は当てはまらない。
「上位個体についてはほとんど知らない。アレは詳しく定義されていないからな。認定条件もはっきりしていない。」
「……そう。」
あからさまにガッカリした様子を見せる。そんなに上位個体のことが知りたいのか。それともなりたいのか。まぁ、俺は嘘は言っていない。尋ねられたのは強さの秘密じゃないからな。
沈んでいたクレアだが、切り替えたようにこちらを見てくる。
「なら、二つ目の質問。」
「俺は答えるとは言っていないが。ただ、一つ目で驚かされたからな。答えよう。」
「助かる。レイは、何も思わないの?」
「要領を得ないな。何に対して、だ?」
「人を殺したことについて。」
うん?何を当たり前のことを。
「私からも聞かせていただけませんか?」
そう言ってきたのはリテイトだ。そばにはラスカが立っている。
「あなたはアルレルの町でなんの躊躇いもなくシャスさんに命じた。あなたの本音を聞かせてください。」
「そりゃ、少々思うところはあるぞ。だが、相手は犯罪者。それも、重犯罪がほとんどだ。この国的に考えると、だいたいが死刑になっている。放置すれば犠牲を生むことを考えると、殺して当然だろう?」
「そうですね。ですが、私達が聞きたいのはそこではありません。人を殺したときあなたはひどく無感動だった。まるで魔物を相手にしているかのように。」
「確かに町を守るためには必要だったかもしれない。でも、命であることは変わりない。レイは、道具なの?」
「失礼な。俺は道具じゃなくちゃんと人間だ。何も思わないように見えるから、道具っていうことか?冗談じゃない。当然、感情はあるし、心臓もある。悲しむし、怒るし、喜ぶし、笑う。そういう意味では人間の特徴そのものだな。」
急に人を道具呼ばわりとは。俺はロボットという訳でもない。感情フル無視で動く機械とは違うのだ。
なのに
「嘘。」
クレアは否定してきた。何が嘘、なんだ?
「だって私は、レイの表情が変わるところを一度だって見たことない。依頼の時も、食事の時も、シャスや宿の人、町の人と話しているときだって。」
……。
水属性魔法を使い、鏡のようにして顔をみる。記憶にある、これといって特徴のない顔。
その顔が意表をつかれた今も歪むことはない。
俺は溜息をつき水属性魔法を消す。そして、3人とシャスが見つめる中、口を開く。思い返せば、シャスに契約を持ちかけたときや、サネルを滅ぼしたとき、王都でも、小枝亭でも、自分では笑ったりしているつもりだった。変わらないものだな。
「そうだな。そうかもしれないな」
肯定を返す。
「俺は人間を殺すことになんの感情も抱いていない。それが必要なことだからだ。だが、勘違いするな。俺は決して感情が無いわけではない。薄く、出にくいだけだ。」
これは紛れもない俺の本心だ。
「質問には答えた。お前たちの望みが叶うことを一応は願っておこう。」
今度は邪魔されないように『空間』で転移する。ソーレリスの3人にも見られることになったが、原理は分からないだろうし、あの3人は言いふらしたりしない性格だ。
感情、か。ああやって面と向かって言われたのは初めてだな。今では出にくくなったが、昔はちゃんと笑っていたはずだ。普通に、な。
案外この程度だろう。日常や常識が壊れるのは一瞬、些細なことが原因となる。感情や表情だけではない。すべてのものに言えることだ。今まで愛用してきた機械が壊れるのも小さな原因かもしれない。何らかの原因で水道管が汚れて、蛇口から飲める水がでなくなるかもしれない。人間自身だってそう。今まで自分は生きてきたと思っていたのに急に、お前の記憶は今植え付けられた偽物だ、って言われたらほとんどの人間がまず信じようとしない。理解はできても受け入れたくはない。それが人間だ。もしかしたら他の生き物もかもな。
ただ稀に、そんな影響を全く受けない、あるいは受け入れることができる人間がいる。俺はこの後者であると思っている。もっとも、この認識でさえもしかしたら……
やめだ。せっかく異世界に来ているんだから。自分や哲学と向き合うのはやめにしよう。いろんな場所を見て回ると決めた。おもしろいものがあるといいな。
指定せず飛んできたが、転移した先は奇しくも俺が初めに降り立ったあの草原だ。ここからの地図を出し、考え始める。
さて、次はどこへ行こうか。
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【あとがき】
これにて第一章本編閉幕となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。まだ完結ではないので、これからもよろしくお願い致します。
今後の予定としましては閑話を一話投稿して、すぐ第二章に入りたいと思います。かなり詰め込んではいますが、お付き合いいただけると嬉しいです。
また、第二章の作業と並行して、第一章のあとがきを投稿したいと思っています。私の思い込みかもしれませんが、かなり分かりにくい仕込み方をしているので最低限のヒントと私が喋りたいことを書くつもりです。なので、自分で全て考察したい!という方は読み飛ばしていただいて構いません。
ここで第二章の予告をさせてください。
第二章では作者がやらかすつもりです。温かい目で見守っていただけると幸いです。
予告ではないですねコレ。
長くなりましたが、最後に一つだけ言わせてください。
他の作家様の作品において大ポカだ!と指摘されるようなことが、この作品にありますが、それはワザとです。
改めましてここまでお読みいただきありがとうございました。
★・フォロー・応援のほうよろしくお願いします。
今後も本作をよろしくお願いします。
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