閑話 いつか



白いベッドの上で少女がゆっくり目を開ける。少女にとって慣れ親しんだ自宅の天井。安心感を覚え、再び目を閉じようとするがすぐに目を見開き飛び起きる。


「おにいちゃん……!」


少女―――フォアは思い出した。自分の記憶がどこで途切れているか、自分がどんな状態だったかを。

ベッドから飛び降り扉へ駆けだす。フォアの家は一階は食堂や宿のエントランスのようになっており、客室やフォアの自室はすべて2階にある。

一階におりていくとそこには、フォアの父、姉と呼び慕っている獣人、それから、フォアにとって知らない女性3人が話し込んでいた。


「フォア……!目を覚ましたか!」


真っ先に気づき、近づいて行ったのは父であるワーデンだ。


「心配したんだぞ!お前がつれていかれて救出されたて喜んでいたら、3日も寝たきりで!」


「よかったです、フォアさん。お元気になられたようで。」


そう声をかけたのはフォアが姉と慕うシャスだ。


「あなたは発見されたときからずっと意識がなく、一時はこのまま目を覚まさないんじゃないかと言われたぐらいですよ。何ともなさそうでなによりです。」


フォアは内心首を傾げた。発見されたときから意識がなかった?それは違うとフォアは思う。なぜなら……。

そのときフォアは自分を助け、止めてくれた人物がいないことに気づいた。


「あ!おにいちゃんはどこですか?」


その言葉にワーデンもシャスも決まづそうな、言いづらそうな顔になる。


「フォアさん。主様は……レイ様はすでにこの町を発たれました。」


「……え?」


フォアはレイのことを聞いた。自分を助け出してシャスに引き渡したこと、そのままこの町を出て別に場所に向かったこと、この宿にも戻っていないこと、行く先は分からないこと……。

フォアは崩れ落ちそうになった。


「そんな……。おにいちゃんが……。」


「気持ちは十分に理解できます。なにせ奴隷の私にさえ事前に何も言われなかったのですから。ですがフォアさん。レイ様は私にこう言いました。『次会うときまで』と。つまりいつかは会えるのです。そのときまで頑張って、レイ様をびっくりさせてやりましょう。」


シャスの言葉にワーデンも便乗する。


「そうだぜ、フォア。あんちゃんには目に物見せてやらないとな。俺は驚かせてやる準備はできてるぞ!あんちゃんは宿を引き払わないまま行っちまったからな。次に来るまでも宿代はとる!ちゃんと部屋は確保しといてやろう。そもそもシャスの嬢ちゃんがいるが、別でな!その時の金額とあんちゃんの顔が楽しみだ……。」


「普段なら主様への嫌がらせは許しませんが、今回ばかりは主様が悪いので見逃しましょう。」


父と姉が繰り広げるコントを聞き、フォアも考え込む。

内容はどうかと思うが、兄を驚かすのは悪くない。会えないのはさみしいが、フォアは役に立つと決めた。次会ったときに連れて行ってもらえるようにしなければ。

兄は自分の火のことを隠すことにしたようだ。自分への配慮なのだろう。なら隠し通した上で、認められるようになる。もしかしたら姉は知っていて隠しているのかもしれない。姉は兄絶対主義だから、命令には従うだろう。二人きりのときに言って、協力してもらおう。


フォアはレイの見立て通り賢かった。悟られないような言動、仕草のシャスからは読み取れないのに、今までのことから事実を当てて見せた。

そして、その意図をひっくり返すフォアではない。


「……そうだね。わかった。わたし、ぜったいおにいちゃんをびっくりさせる。」


「その意気だぜ、ちびっ子!」


フォアの宣言に続いたのは、誰か知らない女性の一人。フォアは思わず縮こまってしまった。


「ラスカ。フォアさんが萎縮してしまっていますよ。」


もう一人の女性が近づいてきた。


「あぁ、すままねぇなちびっ子。私はラスカ。『ソーレリス』っていう冒険者パーティーのリーダーで、レイとシャスとはよく一緒に依頼をやっていた。」


「初めまして、フォアさん。私はリテイトと申します。ソーレリスの一人でレイさんとシャスさんには何度も助けていただき、多くのことを学ばせていただきました。」


「同じく、クレア。よろしく。」


いつのまにか二人に並ぶようにもう一人立っていた。


「私達もレイには聞きたいことがまだまだあるんだ!今度会ったときは満足するまで質問攻めにしてやる!」


「ラスカと同意見ですね。レイさんには借りもたくさんあることですし。」


「だな!しっかし、いい宿だなここ。何で客が入ってないのか不思議なくらいだ。私達もここに泊まるか!」


「お!3名さまご案内!やっと収入が増えるな!」


それぞれがレイへの思いを語り、覚悟を決めていく。

そんななか一切語らなかった少女―――クレアは秘かに覚悟を決める。

クレアはある理由で上位個体になる方法を探している。そこには、仲間たちにさえ明かしたことがない理由がある。今、クレアが最強だと思う人物はレイだ。手がかりはレイにあると踏んでいる。もしレイと並べる存在になれば……。

だからクレアは、レイを追い続ける。




——————————————————————

【あとがき】

本話は基本三人称視点ですが、一部フォア視点の部分があります。



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