第9話 不幸な誕生日 ―side マール―

 まずお二人には謝らなければいけません。

 この異世界に助けを求めてしまっていたことが、こんな事になるとは思っても見なかったので。


 わたくしは、遠い宇宙にある銀河系の惑星地球の人類です。

 日本人として、『牧瀬まきせあるか』という名前でした。


 わたくしは関東郊外にある農家に産まれました。優しい両親の下、決して裕福ではないけれど、貧困地区に比べれば恵まれていたと言っていいかと思います。わたくしには歳の離れた海斗かいとと言う兄がいて、家計を助けるべく、東京の繁華街でアルバイトをしていました。


 健やかに育てられ、わたくしが9歳になった誕生日に、それは唐突に起きました。


「……あるか、今日はあなたの誕生日だから、お兄ちゃんも頑張って早めに帰ってくるそうよ」


「それじゃあ、俺も張り切って、畑作業早く終わらせないとな」


「あなたはただサボりたいだけでしょ?」


「……あはは」


 わたくしのつかの間の幸せな記憶になりますが、大切な宝物です。


 そんな幸せな日になりそうな夕暮れ前でした。


 宣告通り、この日は早めに帰った両親と、誕生日パーティーは今か今かとわたくしは兄の帰りを待ちわびていました。


 ――そんな折、唐突に玄関のチャイムがなりました。

 わたくしの家は郊外にある小さな木造平屋の家でした。来客はめったにありません。

 古い家です。玄関前の来客を映し出すモニターもありません。


 いぶかしながらも、母が玄関の扉を開けました。


 ――その刹那です。


「おっ邪魔しまーす」


「うほ! いきなり上玉の女の出迎えじゃねーか!」


「あんた達、行儀悪いよ。あたしら別の用事できたんだろ?」


 明らかに素行の悪そうな3人組でした。


「……あの、何か御用でしょうか?」


 母がこわごわ声をかけ、わたくしと父には不穏な緊張が走ります。


「あーん? あんたいいね? 俺の好みだ! ちょっとその体味わせてくれよ」


「おい! シンジ。目的がちげーだろ? この女の味見は後のお楽しみだ」


「ちっ! まったくどうしようもないクソムシ達だねー。んな事よりさっさとこいつら拘束しな!」


「……ハイハイ。分かったよ。リサ。やりゃあ、いいんだろ」


 シンジと呼ばれた男は、腰からナイフを取り出し、母の背後に回り込むとその首下にナイフを突き付けたのです。


「貴様ら! いきなり上がり込んで何なんだ? 家内を離せ!」


 父がついに激昂しました。

 だけどすぐさま、もう1人の男が腰から長包丁を取り出すと素早く父親の元へ走り込み、胸へ深々と突き立てたのです。全くためらいもない所を見ると初めてではないようです。


「うるせー下民だな。あーいつもの癖でいきなり心臓いっちまったな」


 男が長包丁を引き抜くと、父が血を撒き散らし、うつ伏せに倒れました。


「あなた! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ケンタ! なにやってんだい! こいつらに金のありか、聞き出すの忘れるんじゃないよ?」


 わたくしは眼前の光景が信じられなくて、動けず、その場に固まってしまいました。


「ケンタ、あのさ、このガキ高く売れねーかな?」


「シンジ、たまにはいいこと言うじゃねーか? どういうわけか、ションベン臭いガキって今、高く売れるからな。まったく富裕層のジジイ達はどういう性癖してるんだろうな」


「……止めて! あるかは……あるかにだけは手を出さないで! 何でもあなた達の言う事を聞くから」


 母が必死に訴えました。


 怖い怖い怖い……

 わたくしはこの時の感情がずっと残ったままこの先成長することになります。


 その時、母が耐えきれずナイフを突きつけたシンジの腕を振りほどき、わたくしの元へ駆け出しました。


「あっ! てめー。 勝手な事すんじゃねー!」


 シンジは母に背後からナイフで切りつけました。おびただしい血が舞う中、構わず母はわたくしに駆け寄り抱き締めてくれました。


「……お、お母さん……」


 一目で致命傷だと思える傷、それでも母は最後の愛情をわたくしに捧げました。


 ――神様、どうかあるかだけは助けてください……


「あなただけは……生きて……」


 母が息を引き取るのを眼前にし、わたくしは発狂しました。

 シンジはそれをあざ笑うかのようにわたくしの脚の腱を切り裂きました。逃げられるのを防止するためでしょう。もうどうにもならない。わたくしは母に添い遂げる覚悟を決めました。


 だけど母の祈りが通じたのか、その直後、シンジは突き飛ばされ壁に激突しました。

 誰かの不意をついた思い切った行動のようでした。

 この不意打ちに気が付かず、いつの間にか腹部を押さえリサも跪き、身悶えしています。


「……な、何なんだ! これは……父さん、それに母さん……あるか……」


 兄の海斗でした。狼狽した表情だけど兄は家族に何があったのか瞬時に理解したようでした。


「お、お兄ちゃん!」


 母の亡骸を抱き締めながらも必死に声をかけたわたくしに兄が駆け寄り、小声で応えました。


「……いいかい? あるか。やつらはどうやら俺達家族を皆殺しにするつもりだ。母さんの悲鳴を聞きつけたと同時にお前に危機が迫ったのが分かったから、既に警察には通報してある。やつらは俺が頭に血が上って、通報も忘れて不意打ちに出たと思い込んでいるはずだ。警察が来るまで俺が必ずお前を守り切るからな」


「ちっ! 他に家族がいやがったか。構わねー。貴様も道ずれだ」


 ケンタがいきりたち、腰に差していたを長包丁を取り出し一閃しました。兄はそれを冷静に見切っていなしたけれど、かわしきれず右目を切り裂かれてしまいました。

 相手はおそらく人殺し経験がある悪党が3人。とうてい兄一人でわたくしを守り切れるはずがありません。


 兄は右目を押さえながらもわたくしの前に立ち、悪党達をけん制しました。


「貴様、家族の悲鳴でここに突入したんだろうが判断を早まったな。どうせまだ警察も呼べてないんだろ? 今から呼ばれても厄介だ。スマホを出しやがれ! 家の電話は既に不通にしてあるからな。俺達に手を出した罰だ。ゆっくりいたぶって殺してやる」


 シンジがニヤリと笑いました。


 その刹那、回復したシンジからナイフの猛攻を受けました。片目では無謀です。兄の身体が無惨にも切り刻まれていきます。明らかに致命的な傷が複数になっても、兄はわたくしをかばいます。


「お前ら、金ならあるだけ持って行くがいいさ。でも、妹だけは……あるかだけは見逃してくれないか?」


 もうほとんど立っているのがやっとの兄が、それでも声をあげて、時間を稼いでくれました。


「ダメだな。そのガキは良い値で買い手がつきそうだからな。日本人のガキはよく高く売れるのさ」


 ケンタが答えた。


 兄が後ろにいるわたくしに何かハンドサインを出していました。わたくしは動かない足を何とかほぐして従いました。少しずつ気付かれないよう兄はわたくしを従えて玄関の前に移動していきます。


「何のつもりだい? もうどうせあんたもその子も逃げることは叶わないはずでは? あんた……妹想いで泣けるけどさ。どう見ても致命傷だよ。運が悪かったと思って家族一緒に死ぬ事だね。どうせこの辺鄙な家じゃ誰も気付かないだろうし、警察だって見回りすらないだろうけど」


 リサが嫌な笑いを振り撒きました。


 ――その刹那でした。

 パトカーのサイレンが聞こえてきたのは。


「な!? くそったれ!! こいつサツ呼んでやがった。ちくしょー! 騙された。ずらかるしかねーか」


 シンジが焦り出しています。

 リサもケンタも狼狽した様子で、逃げる素振りを見せましたが、悪党達は焦っていて逃げ場が玄関しかないと思い込んでいるようでした。

 そこには致命傷になっても立ち続ける兄がいます。兄は最初からこうなる事を予測していたのです。


 ″こいつら悪党を逃がしたら絶対ダメだ。今後必ずあるかが狙われる事になるから″


 どんなに猛攻を受けようとも兄はわたくしを背後にかばいながらも、出口を塞ぎ続け、ついに……


 警察の方の足音が聞こえてきました。

 玄関を叩く音がありましたが、わたくし達障害物で開かないことを察して窓を割り、大勢の警察官が突入しました。


「お兄ちゃん。わたしたちの勝ちだよ……」


 何とか声を出したわたくしに帰った最後の言葉は、


「誕生日おめでとう。俺と父さん、母さんの分まで幸せになれよ……」


 そう言うと兄は、最後の力で首に可愛らしい猫のペンダントをかけてくれました。動物好きなわたくしの為に。


 お兄ちゃん!! お兄ちゃん!! お兄ちゃん!! 死なないで!


 泣きながら、わたくしは、そっと意識を手放しました。

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