第10話 不幸な登校日 ―side マール―

 うなされていたようですが、わたくしは病室で目を覚ましました。


 幸い悪党に切られた足の腱は傷こそ残りましたが、懸命なリハビリで元通りに歩けるまでに回復しました。


 悪党達は、関東で立ち上げた新参の半グレグループのようでしたが、繁華街で悪行の数々を繰り返していたところを、地元のヤクザに見つかり、解体させられ関東界隈を追い出され、お金に困っていたようです。郊外で強盗を繰り返し、警察も警戒態勢をとっていました。


 おそらくですが、その噂を知っていた兄が、自宅の異常を解体された半グレ達の仕業だと勘ぐり、それを警察に知らせた事で警察の素早い突入、警察の多人数制圧が叶ったのだと思います。


 悪党の3人は逮捕された後、長期の懲役に懸けられたと聞きました。家族3人が殺されているのに、やつらは社会にまた放たれてしまう。日本の法律の範囲でしか裁かれない事にわたくしは悔しさを滲ませましたが、家族の分幸せになる! と自分に言い聞かせました。


 悪党達がいつか刑務所を出たら、わたくしを逆恨みして付け回さないよう、わたくしは誰にも居場所を知らせないという警察の配慮を聞き入れ、彼らの斡旋する施設へ行く事になりました。


 こうして家族全てを失い、天涯孤独となったわたくしは児童養護施設に預けられました。


 そこも生家と同じく郊外でしたが、そこの養母さんはとっても優しくて、ショックがフラッシュバックして毎晩騒ぎ立てて泣いて迷惑をかけてしまっても、落ち着つくまで側にいてくれたりしました。こんなわたくしでもすくすく育ちました。

 郊外が故に、資金が潤沢にあるわけではありません。

 施設には生きていくだけの最低限の設備、書籍も数えるほどでした。


 わたくしはその中で一つだけとっても気に入った本がありました。

 それが、『勇者伝説』というタイトルです。


 勇者が魔王を討伐するまでというありきたりな物語なのでしょう。

 でも、わたくしにはそこに出てくる勇者がどうしようもないほどカッコよくて、最後は魔王と相討ちになってしまったけど……みんなを守る為に命を懸けたその勇者の物語が本当に好きになりました。

 まるで、兄を見ているみたいで……兄は死んでもわたくしを守る為に立ち尽くしたわたくしだけの勇者ですが、勇者伝説を読んでいると、まるでいつもそこに兄がいるみたいに感じられたのです。


 何千回も、毎晩楽しみにして読みました。

 そのせいで大分よごれちゃったけど、それでも読みました。

 ある時、養母さんからその本誕生日プレゼントにあげると言われ、わたくしは飛び上がって喜びました。

 その日から、一時も手放さず持つようになったのです。


 ――そして、わたくしが高校一年生の時、まだ今年の事です。

 この日もわたくしは早くに登校することにしていて。いつも通り『勇者伝説』を片手に歩いていたのです。

 平和なはずの日常。もう怖いことなんかない。

 そう思っていた最中でした。

 操舵の効かないトラックが、小学生の男の子に向かって突っ込んできているのを目撃したのです。


 逃げて! と思い切って叫びました。でも既に男の子は動けないほど怯えていました。

 わたくしは『勇者伝説』を思い出しました。

 勇者様はどんな時もくじけず、最後までやりきったんだ。みんなの為に命だって使ったんだ!

 兄がわたくしに勇気をくれる。猫のペンダントを握り締めて決意しました。

 わたくしだって、何か生きてきた事に意味はあるはず。お父さん、お母さんごめんね。わたくし親不孝かもしれないけど、やれる事をやるんだ!


 ……お兄ちゃん、これでいいんだよね?


 男の子の元へ、カバンを投げ捨て、全速力で走りました。


 必死でした。ですがもうトラックは目の前、抱き抱えていたら間に合いません。

 横から走ってダイブした状態で、男の子を思い切り突き飛ばしました。


 ”何とか助かってね!”


 そう願って。


 ここで、奇跡が起こっていました。いえ、奇跡ではなくきっと兄が助けてくれたのかもしれません。


 わたくしは、間違いなくトラックに轢かれていました。

 いえ、轢かれるはずだったのですが、うつ伏せに倒れ込んだところへトラックが通過したのですが、左右両車輪の間に身体が収まり、車体とアスファルトの隙間に運よく入り込んでいたおかげで、致命傷は免れたようでした。


 相手が大きなトラックだったことが幸いを呼び込んでくれたのかは分かりませんが。


 そして、なんと一週間ほどで、身体を動かし、後遺症もなく回復できたのです。

 わたくしが、突き飛ばした男の子はほんのかすり傷だけですんだそうです。

 その後、トラックの運転手さんが毎日のように謝罪に訪れました。過度の勤務での居眠りが原因だそうですが、わたくしは身体が全快であり、男の子にも被害がほぼなかった為、謝罪を素直に受け取る事が出来ました。


 養母さんは、不幸ばかりに見舞われるわたくしの心配をしていたようですが、わたくしには命がまだあります。両親がくれた兄が守ってくれたこの命があるのです。


 そして、ここでわたくしの運命を変える出会いが待っていたのです。


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