救出者

「アイツらに武器を?! いったいどうして!」


 カナタは驚きのあまりその場で立ち上がり、幌に頭をぶつけた。


 この国はグムド族を危険種に分類しているはずじゃなかったのか?


 あんな蛮族に武器なんて渡したら――


「そうだ、あの三体……」


 思い出した。


「金ピカの真新しい武器を持ってた! それを使って村の人たちを殺して、自慢げに振り回してた!」


 村を襲ったグムド族たちはきっとあの武器で試し切りしたくてたまらなかったんだ。


 そんな……そんなことのために……。


「なんと、そなた村にいたのか」


 あの襲撃のイベント自体は攻略本にも記載がある。だから仮に武器の提供がなかったとしても、グムド族は村を襲うことがあるのだろう。


 でも武器が渡されなければ、少なくともあの日、村の人たちは死なずに済んだかもしれない。


 そう思うと悔しくて仕方がなかった。


「なぜ王がそんな命令を下したのかはわからぬ。わしにはなにも話してくれなんだ。前はよく国のために一晩中議論したものだ。お互いに国を思うが故に、言い争いが絶えなかった。しかし今はまったく聞く耳を持たず、仕舞いにはわしにこう言った」


 ――ゴールドウィン。私に従え。もし命令に背けば、貴様の命をもって責任をとってもらう。


「大佐、王は今正気ではありません……」と、右の兵士が絞るようにして声を出した。


 しばらく眉間にしわを寄せ押し黙っていたゴールドウィン大佐だったが、急に顔を上げ、カナタを見つめた。


「待て。あの村に冒険者? もしやそなたは異世界より生まれし勇者か?」


 まずい。カナタは思った。


「はじまりの村ウィム」は駆け出しの勇者のみ受け入れる村だ。カナタが村にいたということがわかれば、自分が転生者であることは容易に想像できる話だ。


「ええと――」


 話していいものなのだろうか。やはり隠しとおすべきことなのだろうか。ユレイナさんならどうするのだろう……。


「グムド族を追い払ったソーサラーがいるという噂も、わしの耳に届いておるぞ。それに今回の件だ。カナタ、そうなのだな」


 言い逃れはできなそうだ。


 カナタは正直に、自分は別の世界から来た転生者であり、女神に導かれた勇者であることを話した。


 大佐も二人の兵士もにわかにざわつく。


「お会いできて光栄ですぞ。勇者カナタ」


 おおむね悪い反応ではない。少なくとも勇者であることがマイナスに働くわけではなさそう――


「しかし……しかし、大変残念だ……」


 大佐はひたいに手を当てうつむいてしまった。


「えっ? なんで……ど、どうしたんですか?」


 大佐の代わりに、左にいた兵士が辛そうな声で話し始めた。


「勇者殿……バークリー王は現在、ある命令を最重要事項として兵士たちに勅令を下しているのです」


 それは勇者――つまりあなたの身柄を拘束し、王の御前へ連れていくこと。


 兵士は言った。


「ああ、マジですか」


 ――勇者だなんて言わなきゃよかった。


「大佐……僕はやっぱり……」


 カナタは恐るおそる、大佐の次の言葉を待った。彼の言葉はそのまま隊の行動を決める。つまりカナタの処遇が決まる。


 まるまる一分くらい時間を置いてから、ゴールドウィン大佐は重たい口を開いた。


「苦渋の決断だが、やはりそなたを王の元へ連れていく」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 カナタは両手両足に枷をつけられたまま、幌馬車の荷台に繋ぎ止められていた。


 ゴールドウィン大佐の部隊は野営中だ。草原が途切れたあたりの岩山が点在する地形を選び、幕を張り、彼らは焚き火を起こした。


 夜になり、今は小さくなった火の前で兵士が一人見張りをしている。四つほど張られたテントからはときおりいびきが聞こえた。


 特殊な枷のせいでやはり魔法は使えないようだ。そして、たとえ今魔法が使えて逃げ出すことができたとしても、カナタはそうする気にはなれなかった。


 逃げ出せば、ゴールドウィン大佐を始めこの隊の兵士たちが王に処罰される。少なくとも大佐はカナタの気持ちに寄り添ってくれたし、王には救済措置を検討するよう、身柄引き渡しの際には進言すると言ってくれた。


 無碍にはできない。


 幌の隙間からは満点の星空が見えた。一つひとつの星が個性豊かに強く光を放っており、元の世界の星空よりも迫力がある。息を呑むような光景だ。


 すごく、きれいだな。


 こんな状況でなければ……例えば可愛い女の子と二人っきりでこんな星空を見られたら、どんなにいいだろう……。


 そのとき、突然幌の隙間が


 カナタの心臓が飛び跳ねる。


 なんとか叫び声は上げずに済んだが、枷がガチャリと大きな音を立てた。


 息を潜める。幸い、見張りの兵士が見にくる様子はない。


「静かにね……今助けるから」


 女性の声は声をひそめて言う。一瞬ユレイナが来てくれたかと思ったが、違う声だ。


 軽やかな身のこなしで幌馬車に乗り込んできたのは、ノルンだった。


「ノルンさん!」


「話は後。まずはここから離れるよ」


 ノルンはカナタの手足にはめられていた枷をものの数秒で外してしまった。いったいどうやったのかまるでわからない。


 これが「シーフ」。


 盗みや隠密行動に特化した、冒険者の中でもトリッキーなタイプの職業だ。今のカナタの状況で、これほどありがたい助っ人はいない。


 手足が自由になったカナタはふらつきながらも馬車を降り、ノルンの後について野営地を離れた。


 だがやはり、なんともすっきりしない感情が胸の奥に引っかかり、カナタはときおり後ろを振り返る。


 ゴールドウィン大佐の部隊は、勇者を一度捕えたのにも関わらず取り逃したことになる。バークリー王による処罰が下る可能性が高い。今後どうなってしまうのだろう……。

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