狂乱の王

 ギルドはもはや一触即発の事態だ。


「道理が通らねえな。商会の襲撃ならオレたちがやった。王様はオレたちを捕まえる気はねえのか?」


 大斧のブライが唸る。老練の兵士は表情ひとつ変えず返答する。


「もちろんそれは罪深き所業だ。許されることではない。しかし我々の役目はあくまで当該魔法使いを捕らえることである」


「答えになってねえぞ!」


 無慈悲のドミニクが大剣を振り上げた。


「当該魔法使いはこのギルドに属していると聞いた。情報を提供したまえ。さもなくば王への反逆罪に問われることになり、冒険者としての身分は愚か、命すら危ぶまれる」


 兵士たちの構える剣が、獲物を見つけたというようにギラリと光る。


「それは脅しかな? 国の連中は礼儀がなってないね」

「私たち冒険者との接し方をまるで分かってないみたい」


 鷹の爪のトウマがせせら笑うように鼻を鳴らし、弓使いのリディが不敵に笑みを浮かべる。


「穏便にはいかぬようだな。よろしい。ならば皆死刑に処すことにしよう」


 待て待て待て。なんなんだこの状況は。


「ユレイナさん、このままじゃ」


 ユレイナは目をつむり険しい表情をしている。


「わかってる。でもおかしい……バークリー王直轄の編成部隊なんて今まで動いたことなかった。しかもギルドは実質お咎めなしで、カナタだけを捕らえようとしている。明らかに異常事態よ……」


 ユレイナはカナタの手を握る。


「カナタ……私の意見はこう。ギルドの冒険者にこの場を任せ、裏口から逃げ街を出る。あなたの生存確率を考えたとき、こうするのがいちばんいい。でも……でも、あなたのことだから」


「逃げるなんてできません」


 カナタはキッパリと言った。目の前ではすでにお互いが武器を構え、恐ろしい形相でにじり寄っている。


 ユレイナは気が抜けたように微笑む。


「だと思ったわ。あいつらはすぐにあなたを殺す気はないみたい。きっと王都へ連れて行かれて尋問がある」


「いいじゃないですか。旅費が浮きます」


 言葉とは裏腹に、カナタは足が震えた。


 手がほどけるとき、ユレイナはカナタの汗ばむ手をいっそう強く握った。


「必ず助ける」


 女神様とはしばらくお別れだ。


 カナタは立ち上がって声を上げる。


「ここにいます」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 数分後、カナタは憲兵団の所有する幌馬車に揺られていた。


 手枷と足枷をかけられ、両側の席には甲冑の兵士が剣を持ち、カナタの首の近くに掲げている。ほんの少し魔法を発動するそぶりを見せれば、この剣が血に濡れることになる――あの老練の兵士はそう言った。


 この枷には魔力を吸収する性質を持つ「魔石」が使われているらしい。ポルタでも指折りの錬金術師が生成した「魔道具」の一種で、枷をつけると魔法が使えなくなる。


 たしかに枷があると、手のひらまでうまく魔力を行き渡らせることができなかった。攻略本によると、熟練のソーサラーであればこの程度の拘束はどうにでもなるらしいが、少なくともカナタにはムリそうだ。


 幌の隙間からはハレノの街が見えた。もうずいぶん遠い。さっきまでは街を救った英雄だったのに、今ではそれが夢の中の出来事のようだった。


 途中兵士たちの給水と休憩を兼ねて川辺に馬車が止まる。カナタも水と麦飯の握りをひとつ与えられる。


 再度出発するとき、同じ幌馬車にあの老練の兵士が乗り込んできた。


「イェスターは魔族であったか」


 老練兵士は言う。最初はカナタの両側にいる見張りの兵士たちに話題を振っているのだと思った。


「先ほどは手荒な真似をしてすまなかったな。若いソーサラーよ」


 カナタは驚いて彼を見る。老練兵士は真剣な顔つきでまっすぐにカナタを注視している。


 どういうことだ?


「わしはゴールドウィン大佐だ。少し話そう。名はなんと言う?」


「――カナタです」


 ゴールドウィン大佐――カナタはユレイナの攻略本に、彼の名前があったことを思い出した。


 ポルタの首都ランティスで、彼に剣術を指南してもらうサブイベントがある。王家に仕える彼の家系で代々受け継がれてきた奥義を伝授してもらえるのだ。


 もっともこれはカナタのようにソーサラーを選んだ場合は発生しないのだが、そのページには次のように書かれていた。


〈ゴールドウィン大佐は公正で信念の強い人物です。王の勅命で動く精鋭部隊を指揮していますが、その命に疑念がある場合、彼は徹底して王を追求します。彼とバークリー王は旧知の仲ですが、そのせいで度々言い争いになるのだとか〉


 疑念がある。


 ゴールドウィン大佐の顔にははっきりそう書かれていた。


「冒険者カナタ。率直に問おう。タウラス・イェスターは魔族であったか?」


「魔族です。間違いありません」


 大佐は頷く。


「そなたは魔族イェスターを殺したか?」


「殺しました。多くの冒険者たちがそれを目撃しています」


「つまりわしの認識が正しければこう言うことになる。魔族の手に落ちる寸前であった港街ハレノをそなたは救った。それは国から勲章を与えられるべき功績である。決して罪に問われ首都へ連行されるような扱いを受けるべきではない」


 ゴールドウィン大佐は手を上げ、見張りの兵士に剣を下げさせた。よく切れそうな刃がずっと首元にあり、馬車が揺れるたびにひやひやしていたカナタはふうっと息を吐いた。


「だが王の命令は絶対だ。従わなければ、わしも部下たちもただでは済まされまい。およそ納得ができない命が下ったとしても、わしらは兵士としてその役割を全うする。少なくともハレノではそう振る舞わなければならなかった」


「今回の王の命令に、疑念を抱いているということですね。ゴールドウィン大佐」


 大佐はとても神妙な顔つきをした。顔に刻まれたしわがより深くなったような気がした。


「バークリー王には幼少の頃からそばに仕え、お守りしてきた。とても国民想いで慈愛に溢れたお方だ。だがここのところどうも様子がおかしいのだ。冒険者カナタ、きみはグムド族の集落の件を知っているか?」


「グムド族の集落? やっぱり何かあったんですね?」


 カナタが「はじまりの村ウィム」に滞在していたときに、グムド族のオークたちが村を襲った。


「聞き及んでいたか。グムドの集落には今バークリー王が派兵した憲兵団が駐屯している」


「それは討伐かなにかでしょうか?」


 ゴールドウィン大佐は歯軋りをした。


「違う。まったくもって逆だ。わしは未だに信じられん。これが、バークリー王の命令だなどと――」


 憲兵団はグムド族と「友好関係」を結び、武器を提供しているのだという。

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