指名手配

 どちらかと言えば、小野奏太は周りに流されやすく、あまり自分に興味がない人間だ。


 例えば部活決め。例えば進路面談。例えば就職活動。自分の将来を決めるような大事な場面では、なぜだかいつも「どうでもいい」という気持ちになった。


 それを両親はいつも気に病み、時に励まし、時に怒り、時に嘆いた。「したいことがない」というのは、どうやら世間的にあまりよくないことらしい。


 教室にいた同級生たちは、それぞれ思い描いている自分の未来を、その実現可能性はさておき、おおむね自由に語っていた。


 漫画家やスポーツ選手、有名動画配信者――子供ならたいてい一度は憧れる仕事に、奏太も例外なく惹かれた。


 だがその度にいつも、厳然たる事実が奏太の視界を遮る。キラキラしてきたはずの未来が一瞬で暗転する。


――そんな夢が叶ったとしても、その頃には詩音はもう死んでるんだ。


 そう思うと、未来に想像をめぐらせるだけ無駄な気がした。


 奏太には二つ下の妹がいた。


 詩音は先天性の病気で、あまり長く生きられないことは生まれたときからわかっていた。第二子の誕生で幸せに包まれていた小野家は、都内の総合病院にてドン底に突き落とされた。


 詩音は奏太とは真逆に、たくさんたくさん夢を持つ子だった。お花屋さん、ケーキ屋さん、アニメに出てくる魔法少女にアイドル、女優、写真家、空手家、看護師、保育士――


 詩音が明るい声と明るい笑顔で語る夢を、奏太はよく病室のベッド脇で聞いた。


 そして医師が予測したとおり、中学二年生の夏に詩音は息を引き取る。


 不思議と涙が出なかった。


 ――ただ、もし願いが叶うのなら。


 詩音がべつの世界に生まれ変わって、数ある夢のどれかを叶えられますように。


 どうか、次の人生では幸せになれますように。


 奏太はそう強く願った。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「もう二日経つぞ。カナタは大丈夫なのか?」

「初心者なのに上級魔法を撃ったんですよ? このくらいの昏倒はしょうがないです」

「初心者って……あんだけやっといて本気か?」

「起きたら腹が減ってるだろう。おいカトレア、食いもんはあるか?」

「ええもちろん。街の人たちがギルドにたっぷりお礼を持ってきてくれましたから、食べきれないほどあるわ」

「よぉし、起きたら宴だぜ!」

「もう十回もやったろ? オレずっと酒が抜けねえよ……」


 ギルドの冒険者たちの声で、カナタは目を覚ました。


「――ずいぶん、賑やかですね」


 部屋にいた七、八人が驚いて数センチ床から跳ねた。皆カナタの寝ているベッドに駆け寄る。


 そこはカナタとユレイナが宿泊しているハレノの宿だ。ただでさえ狭い部屋にガタイのいい冒険者たちがひしめいており、かなり圧迫感があった。


 少しずつ記憶が蘇る。イェスター商会本部、冒険者ギルドの襲撃、サハギンの兵士たちの反撃。


 そしてイェスターが魔族であったこと。


 栗色髪の受付嬢カトレアが頭を下げる。


「ごめんなさいね騒々しくて……うちの連中ったらこの二日間、入れ替わり立ち替わりここに押しかけてるのよ」


「お前だってしょっちゅう来てるだろカトレア」


 冒険者の一人が言う。


「あんたたちがここで宴会始めないように見張ってるの!」


 ちょうどそのとき、カナタの腹が大きな音を立てた。腹ぺこだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 イェスターはカナタの魔法により死んだ。


 彼が魔族であったことは、ハレノの街の人々はもちろん、商会の構成員でさえ誰も知らなかった。


 だがあの戦いを、冒険者たちはもちろん、近隣の住人も騒ぎを聞きつけ目撃していたため、この二日間で「イェスターは魔族だった」という真実はハレノ中に広まっていた。


 サハギン族はやはり操られていたし、これまでイェスターのところへ送られた娼婦の何人かが殺されていたことも発覚した。


 街の役場は広場の銅像を撤去すると発表したが、真面目で礼儀正しい一部の“有志”たちはそれを待たずして、かつての英雄を取り壊してしまった。


 イェスターはいつから魔族と入れ替わっていたのか。あるいは最初から魔族だったのか。


 現在街をあげて捜査中だが、判明する見込みは今のところない。


 冒険者ギルド、そしてカナタは、イェスターに取って代わり英雄になった。


「ハレノ中がひっきりなしに来て、やれ畑で取れた野菜だの、今朝あがった魚だの、錬金術師が生成した大量のポーションだのを持ってくるんだ。冒険者ギルドは荒くれ者も多いし、どちらかと言えば毛嫌いされていたんだが――こんなことは初めてだ」


 剣士ネビルが感嘆の表情で天井を仰ぐ。


 テーブルにははみ出しそうなほどたくさんの料理が並ぶ。カナタは空腹に任せて、それを片っ端から口に放った。


「どうやらノルン意外にも大勢、イェスターに脅されて苦しんでいた人たちがいたみたいたの。品物を買い叩かれたり、販売権を奪われたり、そうとうやられてたみたい。でもみんな、報復が怖くて言い出せなかった」


 カトレアが飲み物を運んでくる。カナタはお礼を言い、それがなにかも確認せずくびぐびと喉に流し込む。柑橘系のジュースだったが、オレンジよりもかなり苦味が効いていた。これはこれで美味しい。


 そのときギルドの入口が開き、ユレイナが駆け込んできた。


「カナタ! よかった、目を覚ましたのね! いや、状況はよくない。すぐに街を発つわ!」


「おいおいどうした? 宴はこれからだろ?」と、「馬斬りのザカライヤ」は太い声で抗議する。


「悪いけどそんな暇ない――あんた、指名手配されてる!」


 口の中にあった揚げ鶏がカナタの喉にジャストフィットした。


 ユレイナの発言に、とうていそんなこと理解できないというように、皆口々に叫び出す。


「おいおいどういうこった?!」

「魔族から街を守った英雄だぞ?」


 カナタは近くにあった水のボトルをもらい、背中をバシバシと叩かれて、なんとか生還する。


「し、指名手配って――あの指名手配ですか?」


「ほかにどの指名手配があるのよ! カナタ、本当はあんたの魔法について少し話をさせて欲しい。でもそれどころじゃないわ。とにかくもう王都ランティスから憲兵団が派兵されてる。さっき広場にいたから、ここへ来るのも時間の問題――」


 そのとき突然、なにかを爆発させたような大きな音がギルドに鳴り響く。


 皆いっせいに立ち上がり、武器を構える。カナタが入口を振り向くと、銀色の甲冑をまとった兵士たちが扉を壊し、中へと入ってくるところだった。


「隠れて!」とユレイナはカナタの頭を鷲掴みにして、テーブルの下に潜り込ませる。


 兵士たちのうちいちばん老練な一人が最後に入ってきて、ギルドの皆に聞こえるよう声を張り上げた。


「我々はバークリー王の勅命により参った直轄の編成部隊である! 此度のイェスター商会襲撃の主犯、並びにタウラス・イェスター氏殺害の嫌疑がある無資格魔法使いを捕らえに参った! 謹んで協力願いたい!」

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