村の少女パト
攻略本には各地の産業や気候などの地理的な情報から国同士の関係性、歴史的背景などが大雑把に解説されている。
具体的な物語とは直接関係がないため、人によってはつまらない内容だ。
だがカナタはいわゆるこういう「設定集」のようなものが大好物だった。
物語の背景のさらにその裏側に息づいている
例えばこの世界の南に位置する大陸には「ユピテルミア王国」という国がある。
この国では大昔「魔女」が生まれたという。
〈原初の魔女レディ・オノレラは自らの魔力の源を大地に還し、後世の魔女へとその力を託しました。素養のある娘がユピテルミアの地に生まれると、その子は魔力を授かり、魔女となります。長い年月をかけて、魔女たちはその力「魔法」をどう世の中に役立てていくかを思案し、時には国と交渉をするなどして、独自の文化を息づかせていったのです〉
なのでこの世界には魔法が存在し、「魔力」という能力の概念もある。今ではそれが魔女以外でも扱えるようになり「ソーサラー」や「ソーサレス」という職業も一般的らしい。
そうなるとユピテルミア王国は「魔法により大きく発展を遂げた国」ということになりそうだが、実際のところは違う。
魔女の持つ異質な力を恐れ、王国各地で「魔女狩り」が起こったのだ。
魔女の一族は過去二度の大規模な虐殺を受け、今は王国の北にあるスローグという里を中心にひっそりと暮らしているらしい。
こういう世界観をかたち作る歴史、宗教、地理、思想。それでしか摂取できない栄養素が存在すると、カナタは信じて疑わなかった。
きっと魔女狩りに対抗し、魔女側でも反乱軍が組織されたりしただろう。
魔法が魔女以外にも利用される過程では、一筋縄ではいかない駆け引きがあったに違いない。
――妄想が止まらない。
しばらく読み耽っていると身体がこわばってきた。少し休憩しようかと伸びをする。
どこかで子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。
初めて訪ねるこの世界の集落だ。元の世界とはどんなふうに違うのだろうと、カナタは興味が湧いてきた。
宴の時間より早いが、カナタは宿の外へと散歩に出かけた。
すぐ近くの空き地で村の子どもたちが六人ほど、ボール遊びに興じていた。
草を上手に編んで作られた玉を、地面に突き刺した木の枝のあいだに蹴り入れる――要するにサッカーみたいなルールらしかった。どの世界でも、人間が考える遊戯は似たようなものになるんだな――カナタはぼんやりと思った。
観察されていることに気がついた子どもたちはボールを蹴るのを止め、じっとカナタを見た。ほったらかされたボールは木の枝にあたり、近くの草むらに転がっていった。
「こんにちは」
カナタが声をかけたが、子どもたちは互いに目を合わせて、困惑した表情を作る。
「どこから来たの?」と、いちばん背の高い男の子が言った。
「ここから南に行ったところにある『勇者の祠』というところだよ」
女の子が「そこはいっちゃダメなんだよ!」と大声で言う。
「勇者はいいんだよ!」と、またべつの男の子が主張する。
それから子どもたちは思い思いの意見を述べたのち、いつの間にかその話題に興味を失い、またボールを拾ってきて皆で追いかけ始めた。
村中が待ち望んでいた「勇者様」も、子どもたちにはあまり関係ないようだ。それで構わないと思うし、それが健全だと、カナタはなんとなく思う。
◆ ◆ ◆ ◆
祝いの席には村長をはじめ、かなりの人数が列席していた。
皆カナタの旅の無事を祈り、行く末を案じ、そして魔王の進軍に怯える気持ちを吐露し、期待を込めて酒を注いだ。カナタは始終恐縮しっぱなしだった。
そういえば、祝いの宴にユレイナは来ていない。村の人々もそれを特に気にする様子はなかった。
「ゆ、勇者様……私にも注がせていただけますか?」
隣に座っていた女の子が、
「あ、はいもちろん……」
顔立ちの整った、華奢な身体付きの女の子だった。
年齢は十八くらいか、それより若いかもしれない。さらりとした黒い髪が胸の辺りまで伸びており、綺麗に切り揃えられている。かなり緊張している面持ちだが、笑うと小さなえくぼができていっそう可愛い。
カナタは心臓がぐいっと上のほうに移動するのを感じた。
「パト・ラグエルと申します。勇者様の旅が女神様の加護に満ちたものになりますよう、お祈りいたします」
「あ、ありがとうございます」
カナタは注がれた酒を飲み干す。日本酒に近い味だったが、少し酸味が強い。これはこれで美味しかった。
パトはにっこりと微笑む。
「勇者様は、お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「す、すみません……申し遅れました。カナタです」
「カナタ様……素敵なお名前です」
「そ、そうですかね……パトさんもいい名前です。由来はあるんですか?」
「パトはこの地方の古い言葉で『希望』という意味です」
「希望、ですか。それはホントに……素敵な由来ですね」
パトは少し恥ずかしそうに指でその黒髪を梳いた。
夜が更けても宴はまだまだ終わりそうになく、村いちばんのひょうきん者だという男がふんどし姿で踊りはじめたのをしおに、カナタは席を立った。
村の人々は勇者の離席に残念がり、引き戻そうとする者が半分、少しは勇者を休ませてやれと気を遣う者が半分。おおむね前者が男衆で、後者が女衆だった。
パトは外へ出るカナタのところへぱたぱたと歩いて行き「よろしくお願いします」と軽く手を握った。彼女もかなり飲んだのだろうか、頬が真っ赤だ。
どういう意味なのか不思議に思ったが、たぶん「この世界を」という意味なのだろう。
カナタはなにも考えずに「はい、がんばります」微笑み返した。
◆ ◆ ◆ ◆
「すごくいい人たちだったなぁ……」
宿に戻ったカナタは、ユレイナに率直な感想を伝える。
「ずいぶん飲まされたんじゃない? 大丈夫なの?」
「ときどきお水ももらいましたし、なんとか……それにしてもユレイナさんはどうしてこなかったんですか?」
「ああ、勇者の宴席に若い女性は参加できないのよ。村の風習のひとつ」
カナタの頭にはてなマークがいくつか浮かんだ。
「――ユレイナさんおいくつですか?」
「殴るわよ」
「ご、ごめんなさい! とてもお若く見えます! ホントに――」
「まあ規格が女神だから年齢なんて言ってもピンとこないと思うわ。この見た目は人間で言うと二十歳くらいだから、潜り込もうとしても追い出されるわね。列席していた女は皆中年以上だったでしょ?」
カナタはパトのことを思い浮かべた。
「いえ、隣の席に一人女の子がいましたよ。たぶん僕より年下の」
そのとき、ユレイナはとても不思議な表情をした。
大事なことを忘れていてバツが悪そうだったが、同時にカナタを嘲笑っているような、なんとも微妙な頬のほころび方だ。
「ふふっ、そう――まあいいわ。あなたの反応も楽しみだし、今日はきちんと身体を休めておきなさい。
ますますはてなマークが増えたが、確かに今日は慣れないことばかりで疲労が溜まっている。
ベッドに入ったカナタは、程なくして眠りの中に落ちていった。
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