第9話 カーラの宿



メアが指さした門に向かって歩いていく。

すると、リュックサックがもぞもぞと動き出した。

そして、リュックサックのスキマから、水色の物体―スライムの水助が顔を出す。

「ここどこだ?」

まだ眠いのか、声がふんにゃりしている。

「ここはドラニア地方の目の前。おはよう水助、寝すぎだよ」

「うっさい…」

淡々と会話をしていると。


メアが、興味津々に水助を見ていた。


「すっごい…!なにこれ、水のカタマリ!?」

「水のカタマリとはなんだぁ!スライムだよスライム!ほれ、触ってみ!」

水助が小さな手を伸ばす。メアはその手を握った。

「…!ほんとだ、ぷにぷにしてる!」

「だろ~」

自慢気に言う水助。

(…他のスライムも同じなのでは……)

はは、とフルールは乾いた笑みを浮かべた。



気を取り直して。

なんだかんだしゃべっていたら、門の前に到着していた。

水助は、「なんか怖いから」とかなんだとか言って、またまた顔をひっこめた。

フルールは門を見上げる。


門には、ドラゴンのような絵が彫り込まれていた。


ここが、ドラニア地方か…。

大きい地方だ、と思う。

フルールが今までいた、あの静かな町とは大違いだ。


旅を出る前に決意した、「静かな旅」は、もう叶うことはないだろう…。


♢♢♢


気を取り直して、フルールはドラニア地方の門をくぐった。

すると、やっぱり、門の近くにいた兵隊に「サインください」と頼まれた。

どうしてこうなるのだろう、と思いながらも、適当に自分の名前をマジックペンで書く。

(色紙も、もとから持ってんのかな…)

メアと一緒に歩きながら、ぼんやりと考える。

ここは、やっぱり騒がしい街かもしれない。

そろそろお昼になるけれど、うん、非常に騒がしい。


大声が聞こえて、頭の中がクラクラする。


でも、カーラの宿につくまで、ガマンだ。

メアは、もうこの騒がしさに慣れているのか、フルールの一歩前をどんどんと歩いていった。

「カーラの宿はあそこだよ。早く来て!」

メアは元気よく、フルールの手首をつかんで、引っ張った。

「え、あ、ちょっと」

ぐいっと前に引き寄せられたフルールは、カーラの宿の建物の前に立った。


ドアの前にぶら下がった看板には、オシャレな筆記体で、「カーラの宿」と書かれていた。


(オシャレな宿だ)

ふと視線を下にすると、水槽があった。

赤い魚が泳いでいるが、なんて名前なのかは分からない。

外装は茶色っぽくて、温かみのある優しい感じの宿だった。

感動している間もなく、メアがドアを開ける。

カランカラーン、とベルが鳴った。

「ただいまでぇーす!ほら、フルールも入って!」

「えぇ…分かったよ」

メアに言われるがまま、建物の中に入る。

内装もキレイだった。

庭にいはちょうどいい広さのバルコニーがある。

中も、外装のカベと同じ茶色で統一されていた。

また、受付カウンターの左側には広い部屋があって、たくさんの机といすが並べられていた。右側には、階段とエレベーターが設置されてある。


どうやら、部屋は二階にあるらしい。


「ルーラさん!ただいま!」

ルーラさんと呼ばれたその女性は、受付カウンターの人らしい。

優しそうな顔をしたおばあさんだ。


「メア!おかえりなさい、ずいぶんと遅かったわね」

「それが…ルーラさんに頼まれたきのこ、ゴブリンの大好物のきのこだったみたいで、襲われちゃって…」

「えっ、そうだったの!?わたしのせいで…ごめんなさいね」

「いえ、いいんです!そのときに助けてもらったのが、フルールなの!」


メアがフルールを手招く。

ルーラはフルールをまじまじと見つめた。

そして、「あぁーっ!」と大声を上げた。

おばあさんとは思えない声だ。


「あなた、フルール・マリア!?あの、伝説で最強のエルフの!?やだ、サインもらわなくっちゃ!」


このヒトもサインか…。

(わたしの名前が書いた紙なんか持って、どうするのよ…)

心底ため息をつきながら、差し出された紙に、自分の名前を書く。

この場に他の客がいたら、どーせサインサインいうんだろうな、と思っていたが、運よくこの部屋にいたのは、フルールとメア、そしてルーラだけだった。

「フルール様。メアを助けてくれてありがとう。感謝するわ」

「いえ、その、困ってたので、」

アタフタを答える。

ルーラは、そんなフルールの様子を見てクスクスと笑った。


「メアを助けてくれたお礼よ。今日泊まるのはタダでいいわ。それから、これからここに訪れるときも、無料で泊まっていきなさい!」


「え…む、無料?」


さすがのフルールでも、それには驚いた。

思考が一瞬停止する。


今日泊まるのもタダで、しかも、これからカーラの宿に訪れるときも、無料で泊まっていいってこと…?


それは、あまりお金の余裕がないフルールにとって、とてもうれしいことであった。

(ルーラさん…メア…神様…ありがとう……)


無料という単語よりいい言葉はない。


フルールは、もちろん断りもせず、「ぜひ」と答えた。



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