第8話 メア・ライラ



お言葉に甘えて、少女の言う宿にお邪魔することになった。

少女の名前は、メア・ライラと言った。


人間かと思ったが、一応小悪魔なのだそう。


だが、小悪魔としての才能がなかったので、今は宿の看板娘として、住み込みで働いている。

その宿は、今いる場所からそう遠くないらしい。

フルールはテレポートで移動するつもりだったが、なんとなく、歩いて宿に行くことにした。


「さきほどは助けていただいてありがとうございます。助かりました…」

「メアは小悪魔なんでしょ?戦えないの?」

「言ったじゃないですか。わたしには小悪魔としての才能がないから、人間らしく、宿の看板娘として働いてるんです!」

「へぇ~」

「ちなみに、あなたの名前は?」


メアに名前を尋ねられ、フルールは、「あれ、言わなかったけ」とつぶやいた。

「聞いてませんよ!わたしだって名乗ったんですから、あなたにも名乗ってもらいますっ」

「もー、仕方ないなー。じゃあ教えてあげる」


「わたしの名前はね、フルール・マリア。魔法使いだよ」


「えっ…」

フルールが名前を名乗ったとたん。

先を歩いていたメアの足が止まった。

フルールが少し追い越してから、後ろを振り返る。

「どうかした?」

首をかしげて、そう尋ねる。

メアはぷるぷると震えてから、雷のような速さでフルールに飛びついた。


「あああああなたっ…昔、ドラニアを一人で倒したと言われている、あの伝説の、最強のエルフですか…!?」


目をキラキラと輝かせてそう言うメア。

フルールは、思わずぱちくりと瞬きをした。

「そ、そうだけど。そんなに驚くことある?」

「ありますよ!ひゃーっ、ウソでしょ!?まさか、本当にフルール様に会えるなんてっ…」

「え、ちょっと、」

「わたし、フルール様アコガレなんです!サインください!」

ウ、ウソでしょ…。

門にいた兵隊もそうだったけど、まさかこのコも同じとは。

「とりあえず、メア、落ち着いて。あと、様呼びと敬語やめて、ヘン感じするし」

「イヤです、フルール様!」

ダメだこれは。

(言うことが通用しない…)

焦ったフルールは、普段動かさない頭を必死でフル回転させた。

そして、一つの考えにたどり着く。

―そうだ。

フルールは、少しだけイジワルな笑みを浮かべた。


「ねぇ、メア。様呼びと敬語をやめるんだったら、サインをあげてもいいよ。でも、やめないなら、サインあーげない」


「えぇぇっ!ズ、ズルい!なら、様呼びやめるし敬語もやめる!」


よし、成功。

フルールは、小さくガッツポーズをした。


♢♢♢


メアはすっかり落ち着いた。

なので、約束通り、色紙に自分の名前を書きつける。

ただ名前を書いただけなのに、どうしてこんな大喜びするのかが、全く分からなかったけれど。

二人で道を歩きながら、フルールはメアに尋ねた。


「メアが看板娘をしてる宿って、なんていう宿なの?」

「カーラの宿ってとこ!この前、テレビで映ったんだよー」


カーラの宿…。

テレビで映ったっけ。(※映ってました!二話に出てくるよ)

(覚えてないなぁ)

テレビで映ったってことは、有名な宿なのか…。


「それでねー、結構いろんな勇者様が来るんだよ。結構内装もキレイにしたの!たぶんフルールも気に入るよ」


すっかり敬語を崩すのに慣れたメアは、フルールにニッコリと笑いかけた。

「それはどうかなー」

フルールは軽く微笑んで、そう言った。

すると、メアが「あっ!」と声を張り上げた。



「あそこだよ。ドラニア地方!」



メアが指さした方向を見ると、大きな門が見えた。

「ドラニア地方…」

フルールは、ぽつりとつぶやく。


この世界には、地方というものがあるのか。

フルールは、今、初めて地方というものを知った。



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