第4話 前日



一切れのパンじゃ足りない、ということで、フルールは仕方なく、一本のバゲッドを持ってきた。これも、フルールの朝ごはん用。

水助の目の前に差し出すと、すごい食欲で、水助はパンを食べていく。

(…こいつ、本当にスライムか?)

と思うほどだ。

このスイカみたいな小さい体に、果たしてパン一本、まるまる入るのであろうか。

まあ、そんなこと、どうでもいいけれど。


「…このパン、気に入った!」


水助が、小さな目をキラキラとさせる。

なんとなく、フルールはイヤな予感がした。


「なあ、フルール。俺さま、お前の従魔になる!」


(ですよねー…まあ、こんな展開になるのはなんとなく分かってた)

こいつ、ワガママだけど…でも、見た目は可愛いし。

ちょうど、旅に出ようと思っていたし。

一人だったら、なんか、あんまり楽しくなさそうだし。


水助を従魔にして、旅のおともにしてもいいかもしれない。


よし、決めた。

「…まあ、水助がいいなら、ベツにいいけど。わたし、これから旅に出るんだ」

「旅?」

「そ。わたしって、記憶がほぼほぼないからさー。その名も、“からっぽを埋める旅”。どう、ついてくる?」

旅、と言うと、水助はさらに目をキラキラと輝かせた。

「行く!俺さま、旅したい!」

(…なんか、可愛いな)

そう思ったのは、フルールだけのヒミツである。


フルールの手の甲に、水助が小さな手を重ねた。


その瞬間、水助と、フルールの体が光る。

一瞬の出来事だった。

光が収まると、フルールと水助は手を離した。


「これで完了。水助、今日からよろしくね」


「おい、お前!くれぐれも俺さまの邪魔をするなよっ」


…やっぱり、こいつキライかもしれない。



まだ寝ぐせだらけだった髪の毛を急いで水で濡らして元通りにした。

前髪を整え、後ろ髪はゆるくハーフアップにする。

パジャマから着替えて、いつもの服を着た。


水助といろいろ話し合って、旅の出発は明日になった。


今日は、必要な物の買い出し、といってもいいだろう。

水助には家の留守番を頼んで、フルールは家を出た。


フルールの家は二階にある。


一階は飲食店として、毎日たくさんの人間が訪れる。

支配人が、たくさんの人間を召喚したからだ。

朝から夜まで、毎日人が押し寄せてくる。

飲食店のおばちゃんも、困ってるだろうな、なんて思ったりもする。


しかも、タバコのにおいや酒のにおいが二階までくるし、深夜でもうるさい。


こんなんだからか、フルールの住んでいる場所は家賃が安かった。

あまりお金のないフルールにとってはまだマシな環境だったが―そろそろ、本当にベツの場所に引っ越したい。

金貨を何枚かポケットにいれて、一階に降りる。

そして、人間に見つからないうちに、そーっと、建物を出た。


♢♢♢


とりあえず、たくさんの店が立ち並ぶ、「アビアロード」に行ってみた。

その名の通り、道を挟んで、たくさんのお店が立ち並んでいる。

洋服、食べ物、雑貨など、日常に必要なものは、大体この店で手に入る。

この町は小さいから、場所は覚えている。

今日も、アビアロードはたくさんの人で賑わっていた。

フルールはメモ帳を取り出す。

どうせ忘れるだろうから、メモをとってきたのだ。


〈買い物リスト〉

・バッグ

・テント

・寝袋

・ランプ


と、手書きで書かれたメモを見ながら、フルールはバッグやリュックサックが売っているお店に向かった。

バッグの店に入ると、いろいろな種類があった。

革のバッグ、ワイバーンの皮で作ったリュックサックなど、たくさんのバッグが並んでいる。

一番下のタナの方を見ていると。

「エルフの姉ちゃん。バッグを探しているのかい?」

店主のおじちゃんに話しかけられて、フルールはハッとした。

「えっと…まあ、そんなとこです」

「旅に出るなら大き目。ピクニックに行くなら小さめがおススメだよ」

大き目、かぁ。

フルールは立ち上がって、大き目なバッグが並んでいるタナに移動した。

確かに、旅に出るならこれくらい大きいほうが便利かもしれない。

じっくりと眺めながら、一番ピンときたのを選んだ。

革のリュックサックで、大き目だ。

しかも、重すぎず、軽すぎず、ちょうどいい重さ。

革のリュックサックを持って、会計をしようとしたら。


目に飛び込んできたのは、小さなショルダーバッグだった。


(あ)

あれ…水助にピッタリかも。

思わずジーッと見入っていたからか、店主のおじちゃんが声をかけてきた。

「あの小さなバッグが気になるのかね?」

「え?…ええ、まあ」

「あのバッグは、スライム用のバッグでねぇ。わたしが作ったんだ。でも、なかなか買い手がいなくて、あれももう何年か置いてあるよ」

切なそうにそう言ったおじちゃんは、しょんぼりと肩を下げた。

フルールはそれを見て、再びあのショルダーバッグに目を向けた。

「そうなんですか…じゃあ、買います」

水助用に買ってやろう。絶対、ピッタリだ。

小さなショルダーバッグも、一緒にお会計した。



テント、寝袋、ランプ。

野宿に必要そうなものは、全て買いそろえた。

あとは…、と、考える。

一応、メモにかいたのは全部買っておいた。

(荷物、重い…)

肩にずっしりと乗っかった荷物たちは、もちろん重かった。


これ以上荷物が増えたら、肩が千切れる。


そう考えたフルールは、家に帰ることにした。



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