第2話 旅に出よう
晩ごはんも適当に食べたし、歯磨きも終わったし、もちろんお風呂も済ませた。
ほくほくしながら、ベッドに倒れこんだ。
もこもこ、もふもふとした毛布が、体を包み込む。
近くにあった抱き枕を抱き寄せ、顔をうずめた。
…普段は、もうぐっすり眠れるところだというのに。
(…なんか、眠くない)
目が冴えてしまったのか、なぜか全く眠くなかった。
ごろんと寝返りを打って、仰向けになる。
少し古いけれど、真っ白な天井が見えた。
(いつもなら、風呂入ってベッドダイブしたら、即寝なんだけど)
しばらく心を無にしていると。
なぜか、今日のことが思い出された。
『キミの記憶は、毎日すり減ってるんじゃないか、って疑われるほどの忘れん坊だろ。なんでかなーってずっと考えてたんだ。
―きみが忘れん坊な理由。それは、きみが本気で物事を覚えようとしないからだよ』
支配人―ヒリヤードの声が、何度も頭をよぎる。
いつもなら忘れるのに、忘れられない。
(あの支配人は、バカだけど)
バカだけど、…言っていることは正しいんだと思う。
確かに、フルールは本気で物事を覚えようとしたことはない。
いちいち忘れるし、そんなことどうでもよかったからだ。
それに、フルールは本気で物事を覚えようとしない。
努力をしようとしない。しようと思わない。
中身が―「からっぽ」だから。
まだ少し濡れている髪の毛の毛先から雫が落ち、シーツにしみ込んでいく。
ごろんごろん、と抱き枕を抱えながら何度も寝返りを打った。
そして、ピタッと止まった。
「…どうしよう」
フルールは悩んでいた。
今日、ヒリヤードから言われた言葉を、頑張って思い出す。
たしか、からっぽって言われた。
うん、言われた。絶対に言われた。
今までは、よく考えていなかったけれど。
フルールは、気づいてしまった。
“からっぽ”だということが、意外と重大なことに。
そして、自分が、まさに“からっぽ”だということを。
今までフルールは、どうして自分が“からっぽエルフ”と呼ばれるのか、いまだにナゾだった。
だが、今日ヒリヤードに言われてやっとこさ気が付いた。
自分が、思い出もなにもない“からっぽ”なエルフだということを。
…ヤバいかもしれない。
(このままじゃ、本当に、なにもかも、全部忘れちゃうかも…)
それはイヤだった。
正しくは、自分が“からっぽ”だということがイヤになったのかもしれない。
(でも、どうやって物事を覚えようかな…)
フルールは考えていた。
…が、途中であきらめた。
考えること自体がめんどくさくなってしまったのだ。
努力しなければいけない、ということはもちろん分かっている。
めんどくさがり屋なフルールは、枕に突っ伏した。
数分後。
「眠れないぃ…」
ぼそりとつぶやく。
ぜんっぜん眠れない。それどころか、目がギンギンに冴えてきている。
(なんで眠れないんだ…そうだ、テレビでも見よう)
もしかしたら、聞いたり見ている途中で眠くなるかもしれない。
人間に感謝だ。
ちなみに、テレビができたのは人間が召喚されたからだ。
数百年前、人間が伝えた技術である。
少し遠くにあったリモコンを、プルプルと腕を伸ばしながらゲットした。
電源をつけて、音量を少し小さくする。
テレビの画面では、美人なエルフがニコニコしながら話していた。
『今回は、有名な旅人が集まる“カーラの宿”にて、お話しを聞いてみようと思います!』
旅人。
そのたった一つの単語で、フルールは動きを止めた。
その後も音声は流れていたが、フルールの耳には入ってこなかった。
「…これだ」
フルールは、心の中で、何かを決意した。
♢♢♢
『えぇぇぇ~っ!?旅に出る!?』
「うるさっ…ミオ、今夜中だから。声小さくして」
『あ、ご、ごめん』
画面越しでそんな大声が、耳に飛び込んでくる。
夜中だから、と注意すると、謝って声を小さくしてくれた。
ただいま、親友とビデオ通話をしている。
手に持っているスマホも、もちろん人間様が教えてくれた技術である。
本当にいいものを作り出すよなぁ、と思う。
まだ使い方は、慣れていないけれど。
ワンコールで電話に出てくれた彼女の名前は、ミオリネ・コレッタ。通称ミオ。
もちろん、ミオリネのことは忘れてはいない。
ミオリネは人間の魔法使いで、ヒリヤードの人間召喚に巻き込まれた人間の一人である。人間召喚され、町に訪れたときに道に迷って困っているとき、フルールと出会った。そこから、何らかの進展があって、二人は今や親友となっている。
メガネをかけていて、いかにもしっかり者、マジメなオーラが漂っている。
だが、結構な心配性でもある。
『旅に出るって本当!?ウソじゃないよね!?あのフルールがっ…』
「ウソじゃないよ。ミオだって、わたしが極度の忘れん坊だってこと知ってるでしょ」
『う、それはそうだけど…』
「だから、旅に出るの」
『ま、待って。要するに、フルールは自分がからっぽだから、そのからっぽを埋めるために旅に出るってこと…よね?』
「そうだよ」
『し、心配…。フルール、ちゃんとやっていける?大丈夫?わたしもついて…』
「何言ってんの、わたしもう子供じゃないんだし、旅くらい一人でなんとか行けるよ。ミオは本当に心配性だなぁ」
『だ、だって!心配なもんは心配だし!』
「あー、はいはい。相変わらずでなにより」
とりあえず、眠気が襲ってくるまで他愛のない会話を楽しんだ。
そんなこんなで、フルールは「旅に出る」という決意をしたのであった。
…ただ、ミオリネは、電話を切る最後の最後まで、心配していたけれど。
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