からっぽエルフのほのぼの旅

佐倉彩乃

第一章 地方巡りの旅 ~inアルマ~

第1話 最強のエルフ




(増えた…)

目の前の光景を前にし、思わずミケンにシワを寄せた。


彼女の名前は、フルール・マリア。


フルールは一級魔法使いのエルフである。

ピンととがった耳に、サラサラのロングヘア。

白髪をゆるくハーフアップにしており、前髪はぱっつん。

1000年以上生きた彼女は、昔、ドラニアという最強のドラゴンを、たった一撃で倒したとう功績がある。

そんなこんなで、「最強のエルフ」と呼ばれ続けていた。

だが、そんな最強の彼女でも、欠点が一つあった。


それは、極度の忘れん坊だということ。


毎日毎日、記憶がすり減ってるんじゃないか、と疑われるほどの忘れん坊なのだ。

自分の名前も忘れるときもあった。それくらい、とにかく忘れる。

表では「最強のエルフ」と呼ばれ、裏では「からっぽエルフ」と呼ばれる、評判がいいのか悪いのか分からないエルフだ。

忘れん坊のフルールだが、外見だけ見ると美人だ。


―が、どうしてこんなにしかめっつらになっているのかというと。


目の前に、ぽんぽんと人間が次々に現れていく。

なにが起こったんだ、というようにあたりを見回し、酷く焦った様子を見せる。

そして、ずっとフルールの横にいる人物は、その様子を見てケラケラと愉快そうに笑っている。


フルールの隣にいる人物の名前は、ヒリヤード・ポアロ。


この世界の支配人である。

見た目は結構カッコいいが、中身は本当にダメダメ。

それは、忘れん坊のフルールにでも分かることであった。

趣味はコロコロと変わるし、マイペースだし、バカだし、毎日のように人間を勇者や魔法使いとして召喚していく。


(この世界が人間だらけになってしまう…)


フルールは、目の前の光景を見て、思わずため息をついた。

もちろん、フルールがここにきたのは、ただこの光景をボーッと眺めるだけではない。


このダメッダメな支配人を、注意するためだ。


♢♢♢


忘れん坊で、毎日その日の記憶がすり抜けているようなフルールでも、これ以上人間が増えたらまずい、と思った。

これは説教が必要だ、と考えたフルールは、昨日支配人の名前と、住んでいる場所をメモしておいた。

支配人の名前はヒリヤード・ポアロ。そして、住んでいる場所は、南の塔だ。

毎日記憶がすり減っていくくらいの忘れん坊だから一日経てば支配人の名前と住んでいる場所なんて頭から抜け落ちているに決まっている。


だから、フルールは、今ヒリヤードの近くにいるのだった。


(メモしといてよかった…)

と、心からしみじみ思うフルールであった。


とりあえず。

このダメダメ支配人を説教しなければ。

もう、町が人間であふれかえっているのだ。

勇者だとか魔法使いだとか。

フルールの住んでいる町は小さくて、静かな町だった。


これからもずっと人間召喚が続いたら、もう…土地がない。


深刻な問題である。

このダメダメ支配人は一人で、しかもこんなデッカイ塔に住んでいるんだから、フルールたちのことなんかどうでもいいのだろう。

…まあ、とにかくこれ以上人間が増えたら、本当に迷惑だ。


「ねえ、…ええと、あ、ヒリヤード。人間召喚やめよう」


「えぇ~、ヤダ。人間召喚以外、することないし」


視線は、新たに召喚された人間たちから外さず、説明をし始めた。

もちろん、勇者としての役目…とかなんだとか。

まあ、魔法使いのフルールにとっては、そんなことどうでもいい。

ヒリヤードの説明に、新たな勇者はうなずいた。

そして、ヒリヤードがパチンと指を鳴らした途端、瞬間移動であとかたもなく消えていった。

空間には、フルールと、ヒリヤードしかいなくなった。


「…人間召喚って、意外と大切なんだよ。人との出会いは大切にしなきゃ。ほら、一期一会とか言うじゃない?どうせ僕はここから出られないし」


ヒリヤードがそう言う。

なんだかしんみりした雰囲気になったなぁ、と思いながら、フルールは視線をさまよわせた。

そのスキに、ヒリヤードが新たな人間を召喚しようと杖を振る。

フルールはすぐに反応して、すぐにその腕を掴んだ。


「ねえ、ヒリヤード。人間召喚やめよう」

「きみはぼくの話聞いてた?ショックなんだけど…」


ヒリヤードはため息をついて、腕をつかんでいたフルールの手を軽く振り払った。

そして、再び深いため息をつく。

「きみはねぇ、中身がからっぽすぎるんだよ」

「からっぽ?」

フルールがそう尋ねると、ヒリヤードは「そうそう」とうなずいた。


「キミの記憶は、毎日すり減ってるんじゃないか、って疑われるほどの忘れん坊だろ。なんでかなーってずっと考えてたんだ。


―きみが忘れん坊な理由。それは、きみが本気で物事を覚えようとしないからだよ」


(…たしかに)


フルールはそう思った。

確かに、フルールは本気で物事を覚えようとしたことはなかった。

人に感謝されても、褒められても、覚えようと思わないし、いちいちそんなことを気にしてもいない。


ヒリヤードの言った、「きみが本気で物事を覚えようとしないからだよ」と言う言葉は、思いやりなのか、思いやりじゃないのか、それとも適当に言った言葉なのか。


どちらにしろ、すぐ忘れるはずだったのに、今日の夜までそれは覚えていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る