7:因縁のある政略結婚

 父を葬った時に、固く心に誓ったことがある。


 そのために、サイオンの王女は絶対に自分の元に置く必要がある。ルカの理想が実現するまで、決して手放すことができないが、仕方ない。

 目的を果たした暁には、彼女も自由になれるのだ。


 帝国とサイオンの契約も白紙に戻る。

 再び雄大な自然に囲まれた故郷で、帝国と関わらず過ごせる日がくるだろう。


「殿下の気遣いは功を奏しているのではないですか? 私には完全に恋する少女の目に見えました。あんなにキラキラした目はなかなかお目にかかれません」


「たしかに赤い眼は神秘的だな」


「そういう意味ではないのですが」


 ガウスが再び思いだし笑いをしている。ルカには的外れな邪推に思えた。


「おそらく帝都の趣が物珍しくて心が躍っているのだろう。女性の好みそうな部屋を用意させた甲斐がある。彼女が憂鬱でないなら、私には好都合だ。絶対に敵に回すことができない姫君だからな」


「変に頭を固くせず、妻として愛して差し上げれば解決するのではないですかな? 良いものですよ、傍に自分を大切に思ってくれる伴侶がいるのは」


 ガウスは軍内でもおしどり夫婦で有名だった。ルカも彼の妻であるネルバ夫人には幼い頃から世話になっている。物心がついてからは、父よりもガウスを信頼してきた。


「まぁ、美しいのは認めるが、彼女はいずれサイオンに帰すべき姫君だ。私を含め、帝国がサイオンの王女を迎えることは二度とない」


「もし王女が殿下を愛しても?」


 ガウスの顔に、まるで息子を危惧するような複雑な色が浮かんでいた。彼の心配に気づきながら、ルカはあり得ないと笑い飛ばす。


「因縁のある政略結婚だぞ。その時点で何かが歪んでいる。それに、王女は何も知らない。私の目的も、本性もーー」


 王女は目的を果たすための駒でもあるのだ。


 古にサイオンが築いた超科学技術。帝国クラウディアの礎となった古代兵器は、どんなに手を尽くしても構造や技術が解明できないのだ。現代においては、まるで魔法に近い。


「サイオンの王も、ああ見えてなかなかの策略家だ。下手に動けない」


「それと恋愛は別に考えてもよろしいのでは? 美男美女でお似合いですぞ? 青春は謳歌しなければ!」


 大げさにけしかけるガウスに苦笑しながら、ルカはチラリと壁面に埋め込まれた時計に目を向けた。

 時を見計らったかのように、執務室を訪れる者があった。


「殿下、お時間です」


 皇太子としてのルカの予定を管理しているルキアが顔を出した。ベリウス大公の次男で、ルカより二つ年上の従兄弟にあたる。ガウスと対照的な線の細さがあり美形だった。


 アシンメトリーにそろえられた銀髪と紫の眼が、知的な趣を漂わせてルカを見つめている。

 彼は皇太子の傍に在る者として、外見のもたらす印象について拘りがあるらしい。自身は畏まった印象を演出するため、視力に問題がないのに意匠の細やかな眼鏡をかけている。


 ルカの身なりにも口を出し、皇太子としての華やかさを損なわないように、癖のある金髪を伸ばすようにと、指示してくる。長髪など軍人としてはあり得ないが、ルカの特殊な立場を知らしめる効果を狙っているようだ。

 正直なところ、ルカは長髪でいることが煩わしい。それでも、確たる理由があるのなら仕方がない。

 ルキアが切れ者であることは理解しているので、不平を唱えず大人しく従っている。


「ルキア、着替えた方が良いのか?」

「いいえ、本日はそのままで結構です」


 この後は元帥としてではなく、皇太子として第三都に視察に赴く予定になっている。


「では、ガウス。行ってくる」


「はい、殿下。お気をつけて」


 ルカは執務室を出ると、ルキアと肩を並べて通路を歩きだす。


「ガウス殿は、ご機嫌のようでしたが? 何か良い知らせでも?」


 何事にも敏いルキアは、さっそく何かをかぎつけているのか、知的な顔に笑みを浮かべた。


「別に何も面白い話はない」


 ルカにとって幼馴染と言ってもいいルキアは、慣れた調子で訝しそうに眉を動かす。


「とても怪しいですね」


「いい加減にしろ」


「なんとなく心当たりはありますが……。お迎えになった王女あたりでしょうか?」


「――違う」


 ルカの脳裏に、屈託なく笑う王女――スーの顔が浮かんだ。

 クラウディアの叡智ではたどり着くことのできない、古代王朝サイオンの科学技術。


 身の丈に合わない力は、いずれ破滅を呼ぶ。

 帝国を蝕み、世界を暗黒に染める可能性。ルカはその片鱗を父の中に見たのだ。


 サイオンが失われた王朝となったのも、同じような理由なのかもしれない。

 王女への罪悪感を頭から追いやり、ルカは腕に抱えていた上着を羽織った。

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