第34話 【持たざる者】、英雄になる①

 ぼんやりとした意識の中、遠くから声が聞こえる。


「…………、もう3日も…………です」


「…………、点滴だけ……………かなぁ」


「やっぱりエリクサーは…………くて、口から飲んだ方が………」


「じゃ、じゃあ、わたしがアストくんに口移しで…………」


「ダ、ダメですっ! 生徒と先生は禁断の関係です! あたしが……」


「わたしはアストくんのクラスの生徒じゃないから、セーフだよっ。さ、ミミコさん、エリクサーを貸してください!」


「ご主人さまへの口移しはあたしの役目ですっ! ただのクラスメイトだったオリヴィアさんにそこまでやってもらうわけには……」


「えー、ただのクラスメイトじゃなくて一番仲良しクラスメイトだよぉ? 口移しの言い出しっぺもわたしだし、ミミコさんも義務感だけなら……」


「あ、あたしはご主人さまを愛、愛し……!!」


 ……ううむ。


「――うるさい幻聴だ」


 ゆっくり寝かせてくれ……。


「え……!!」


「ご主人さまっ!」「アストくんっ!!」


「むげっ……」


 周囲からやわらかなものが押しつけられ、息ができない。


「むーっ、むーっ! ぶはぁ!!」


 押しのけて息をすると、そこにはミミコとオリヴィアがいた。


 なぜかふたりとも目元に涙を浮かべている。


「アストくん、気づいたんだね……!」


「ご主人さまぁぁぁぁ!!」


「どうした、ふたりそろって……。……って、ここはどこだ?」


 知らない部屋。豪華な金の装飾がついたベッド。そして、腕には点滴がつながれていた。


「アストくん、ここは王立病院の特別室だよ。アストくんはもう3日も寝てたんだよ?」


「エリクサーを30本も点滴したのに起きなかったんですよぉぉ! あと少し起きなかったら、31本目をあたしが投与できたのにぃぃ!」


「うるさいぞ。ふむ……、思い出してきた」


 邪龍を倒すために《陰》限界魔法を使って、その反動で倒れたんだったな。


 エリクサーの投与込みで3日寝込んでいたということは、肉体・魔力的な疲れではなく、精神的な疲労が強かったのだろう。


 体を起こして手を握ったり開いたりするが、特に筋肉痛などもない。


「ありがとう、ミミコ、オリヴィア。もう問題ない」


 ベッドから降りて、軽く体を動かす。


「うむ……万全だ」


 俺は点滴を引っこ抜いて、支えの棒にかけた。


「アストくん、大丈夫なの?」


「ああ、体調はむしろ良いくらいだ」


「あたし、病院のひとを呼んできますね」


 ミミコは部屋の外に出ていった。


 オリヴィアは変わらず泣きそうな顔で俺を見つめている。


「……アストくん、心配したんだよ? あの龍から呪いでも受けたんじゃないかと思って……。目覚めてくれてよかった。わたし、アストくんがいなくなっちゃったら、イヤだから……」


 オリヴィアは目元をぬぐった。


「悪かったな、心配をかけて。オリヴィアが病院まで運んでくれたのか?」


「ううん……タンカで運んでくれたのは、武芸クラスのみんな。わたしは、ケガをした騎士団の方を治療することになって……。そういえば、タンカを運ぶはじっこにはルーザンくんもいたよ。最初から戦ってたみたいに混じってた」


「まったく、あいつは……」


「ご、ご主人さまっ!」


 そんな話をしていると、ミミコが帰ってきた。


 その横には騎士団長がいる。


「団長? どうして……」


「アスト様、私はまいにち貴方の容態を確認するよう王命を受けているのです。体調はいかがですか? もう普段どおりと聞きましたが……」


「ああ。そのとおりだが……王命?」


「はっ! そのとおりです。もしアスト様がこのまま退院を望まれるのであれば、まず私とともに王の御前へ来ていただけないでしょうか?」


「ご主人さま、王様は街を救った英雄とお話したいようですよ?」


「そのとおりです。そして、その場にはミミコ様、オリヴィア様も同席させるようにと仰せつかっております」


「ええー! ご主人さまだけじゃなくて、あたしもですかっ!! やったぁぁぁぁぁぁ!! 王様に会ったことないんですぅぅ!!」


「わ、わたしも、ですか……。うう、緊張する……」


 ……ふむ。


 正直めんどうではあるが、団長、ミミコ、オリヴィアの立場もあるしな。


「わかった。団長、悪いが案内を頼む」


「はっ!!」



 ☆



 ――そして、俺たちは王の御前にいる。


 正面には玉座に座った王と、王妃。


 ふかふかの赤い絨毯じゅうたんの横には、片側に騎士団、片側に宮廷魔術師が並んでいる。


 俺の横には、水色のドレスを着たオリヴィアと、エメラルドグリーンのドレスを着たミミコ。


 ふたりとも胸元が開いていて、普段とは違う雰囲気だ。


 俺自身も、金の装飾がついた黒い正装を着せられている。


 俺たち3人は、団長に教えてもらったとおり片膝をつき、王に挨拶をした。


「この度はお招きいただき感謝する。冒険者であり、現在はセイファードで臨時講師をしている……」


「よいよい、堅苦しい挨拶は不要じゃ。わしやここにいるシャーロット、国民の命を助けた英雄に頭を下げさせたとなっては、わしの評判も危ういわい。の、団長?」


「そ、そんなことは……」


「まあ、よい。さて、わしからアストくんに渡したいものがある。侍従じじゅうよ、あれを持てい」


「はっ!」


「……?」


 そのとき、俺のわきに来た騎士団長がこそっと言う。


「……アスト様。おそらく陛下はアスト様に叙勲じょくんをなさるおつもりです。アスト様はご不要とお考えかもしれませんが、今回の騒動の最大の功績者が辞退したとなっては、私の部下など、それ以下の功績者の叙勲もなくなるでしょう。失礼を承知でお願いします。どうかお受けいただけないでしょうか。それに、アスト様の顕彰けんしょうはセイファード全国民が望んでいることです」


「ううむ……」


 俺の横ではミミコがそわそわしている。


「どきどき、わくわく……」


 もしかしたら、ミミコとオリヴィアにも何かが予定されているのかもな。


 そう考えると、無碍むげに断れない。


「……わかった、受けよう」


「ありがとうございます。準備もできたようです。さあ、こちらへ……」


 俺は王の前に案内される。


「さて、アストくん。この度の邪龍の制圧、誠に感謝する。この偉大な功績をたたえ、セイファード王家として勲章を授ける」


 王が木箱を開けると、赤い宝石をあしらった白銀のワシのメダルに、赤いリボンがつけられた勲章が入っていた。


「おお……!」


「あれは……!」


 騎士団からどよめきが漏れる。


「セイファード王家の最上位勲章、特等鷲紋陽綬章とくとうしゅうもんようじゅしょうじゃ。これは過去英雄と呼ばれたもののみが授かった勲章……、さらには王族ではない者の受章じゅしょうは歴史上初めてじゃ」


「す、すごいですぅぅぅ! ご主人さまっ、これは歴史的快挙ですよぉぉぉぉ!!」


「うるさいぞ、ミミコ」


「だって、だって……。ふぇぇぇぇん、うれしいですぅぅぅ」


「まったく、王の前だというのに……」


「ほほ、よいよい。さ、アストくん。かけてやろう」


「陛下、感謝する」


 王は俺の首にリボンをかけた。白銀製のメダルの重さを感じる。


「見よ、ここに邪龍を屈服させし英雄・アストがセイファードの歴史に刻まれた! 祝福せよ!」


「うおおおおおお!」


「す、すごいですぅぅ!」


「アストくん……かっこいいよ……」


「さて……」


 王は側近に何かを命じた。


「ミミコさん、オリヴィアさん。君たちふたりも前に来なさい。渡すものがある」


「え、え……!? あたしですかっ!?」


「わたしも……?」


 ふたりは王の前に出た。


「ミミコさんは、最前線において邪龍と戦うアストくんの補助をした。オリヴィアさんは学園の生徒の先陣をきってアンデッドの軍勢に立ち向かったほか、献身的に騎士団の治療にあたった。ふたりには、それぞれ水精褒章すいせいほうしょうを授ける」


「え、え! キレイな青色のリボンに銀のメダル……素敵ですぅぅぅ!!」


「あ、ありがとうございます! 光栄です!」


「これは功労者の補助をしたものにあたえられる、勲章に次ぐ名誉じゃ。素晴らしい活躍、見事だった。王妃の侍女たちよ、ふたりに褒章をつけてやれ」


「ありがとうございますぅぅぅ! 家宝にしますぅぅ!!


「ほほ、ちなみにアストくんのクラスの生徒には、全員水精褒章すいせいほうしょうとはいかないが、1名を除き、何かしらの恩賜おんし……記念の品を送る予定じゃ」


「それはよかった」


 戦闘に来なかったルーザンがもらえないのも順当だな……。


「さて……アストくんよ。国民もお主を待ちわびておる。その姿のまま顔を見せてやるといい」


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