第33話 【持たざる者】たち、邪龍を封じる

「グ、グウゥ……」


 邪龍は虫の息だが、まだ生きていた。


「あれでも耐えられるんだな。ん……?」


 よく見ると、スケルトンやゾンビから紫色の炎が飛び出し、邪龍に吸い込まれている。


 アンデッドたちは勝手に灰になっていく。


 周囲のアンデッドから回復用の魂を吸収しているらしい。


「……打ち止めというわけか」


 アンデッドも残すは100体程度。


 あと2回も殴れば完全に滅せるのだろうが……。


「ヒ、ヒィィィィィィ………! ウェッ、ウェェェェ……」


 手を振りかぶると、邪龍は情けない声を上げた。


 ここまでビビっている相手を攻撃するのも気が進まないな……。


 ――社会貢献のチャンスをやるか。


「学長、封印はできそうか?」


「もうひと押しといったところかの……」


「……よし」


 俺は倒れている邪龍の胸元に立ち、その顔を見下ろした。


「負けを認めろ。そして学長の従魔として一生貢献するんだな」


「い、イヤだ……。オレ様はまだ自由に……」


 俺は一瞬で邪龍のひたいに移動し、デコピンをくらわした。


 バチコォォォォン!!


「ヒ、ヒャアアアアッ!」


 再び、アンデット30体程度の魂が回復にまわされる。


「もう一度言うぞ。学長のもとで罪をつぐなえ」


「だ、だって、あんなところに封印されたら、一生どこにも行けなくて……」


 バチコォォォォン!!


「ヒャウウウウウウウウウンッッッ!!」


 再度のデコピン。


 アンデッドの集団が消えていく。


「あ、あ、ああああぁぁぁ……。痛いぃぃ、さっきより痛いぃぃぃ!!」


 騎士団による討伐も続けられていたため、アンデッドのストックは、これで完全にゼロになった。


「あ、あ、もう再生できない……! 力が無くなっちゃったよぉぉぉぉぉぉ!! どうじでぇぇぇぇぇ!! 邪龍は最強なのにぃぃぃぃ!!!」


 まったく、こいつは自分のことばかりだな。


「……なあ。ほんらい禁書の盗み出しは死罪になってもおかしくない。学長が更生のチャンスを与えてくれることを喜べよ」


「う、う……オレ様は、オレ様はァァァァ……!! 自由でいたいのォォォ……」


「はぁ……。しょうがない……。ミミコ! 真理の振り子を持ってきてくれ」


「は、はい!」


 ミミコは邪龍の横まで走ってきて、アイテムボックスから真理の振り子を取り出した。


 真理の振り子は古代のマジックアイテムであり、ウソを見抜くことができる。


「ご主人さま、出しました!」


「よし。じゃあ、質問だ。――お前は禁書の盗み出しが死罪相当だと知っていたろ?」


「そ、それは……」


「ま、お前のことだからバレなきゃなんとかなると思ってたんだろうがな」


「そ、そんなことはないッ!」


 ブラブラブラブラ。


 真理の振り子はウソを検知した。


「う、うぅぅぅ……」


「ほらな。もっとも今は見つかってしまったわけだが。じゃあ、聞くぞ。お前は王族ごとセイファードを消し炭にしようとした。そうだろ?」


「ち、ちがう……。ちょっとおどかそうとしただけ……」


 ブラブラブラブラ!


 振り子は激しく揺れた。


「ちがうぅぅぅ!! 本気じゃなかったのにぃぃぃぃぃ!!」


 ブラブラ!


「ふむ……。禁書の盗み出しに加えて、王族の殺害未遂か……。この場合はどうなるんだっけな……」


 すると、騎士団長が剣を抜きながら前に出た。


「は! 僭越せんえつながら申し上げます! 今回のケースは王族の殺害未遂および国家転覆罪にあたります! こいつを人間として扱うなら、裁判抜きで即時処刑することが騎士団には求められます! アスト様、いかがなさいますか?」


 団長は剣に【爆烈剣】のオーラをまといながら言った。今の邪龍には十分致命傷になるだろう。


「い、いやだァァァァ!! こわい、処刑こわいぃぃぃぃ!!」


「おい、静かにしろ」


 俺は邪龍を軽く小突いた。


「ギャピィィィィィィィ!! いたいぃぃぃぃ!! どうしてこんなのが痛いのぉぉぉぉぉぉ!!」


「まったく……。団長……、悪いがこいつの意志を尊重してやりたい。少し時間をくれ」


「は、処刑が必要となりましたら騎士団にお申し付けください! 私の【爆烈剣】のほか、全属性の極大攻撃魔法など準備しておきます!」


「感謝する」


 騎士団は隊列を組み、魔法部隊は詠唱を始めた。


「あ、あ……」


「さて、邪龍よ。お前は学長のしもべになるより、死罪になる方がいいのか? もっとも今のお前は魔物だからな。騎士団ではない冒険者の俺が討伐することもできるが……」


「と、討伐も死罪もいやだぁぁぁぁぁぁ!! お慈悲、お慈悲をぉぉぉぉぉ!!」


「な、それがお前の本心だろう? じゃ、お前は学長のしもべになる以外に生き残る道があると思うのか?」


「そ、それは何かしらのお許しが……」


 ブラブラ!


 真理の振り子が揺れる。


「あ、あ……」


「ほらな、お前も自分では気づいているんだろう? 学長のしもべとなって罪をつぐなう以外の道がないことを」


「い、言わないでぇぇぇぇ!! 言葉にしないでぇぇぇぇ!! まだチャンスはあるッ!! ぜったいあるぅぅぅ!!」


 ブラブラ。


「う、う……」


「自分でも信じていないことを言うなよな。どうする? 反省の様子がないなら、時間も限られているし、俺もつらいが討伐になるが……」


「と、討伐は勘弁してくださいぃぃぃぃ! 生きたい!! 邪龍だって生きていたいぃぃぃぃ!!」


「じゃあ、どうする?」


「……なりまず……、従魔になりまずぅ……」


「なに? 聞こえないぞ」


「従魔になりまずぅぅぅぅ! それで助げでぐだざいぃぃぃぃぃ!!」


「おい」


 俺は邪龍をふたたび小突いた。


「ギャピィィィィィィィィ!! いたいぃぃ!! どうじで、従魔になるっで言っだのにぃぃぃぃ!!」


「頼み方ってものがあるだろう。学長に頭を下げろ。そして、寛大な処置をこえ。学長がよしとするなら俺もお前を討伐しない」


「う、う……」


 邪龍はその巨体の足を折りたたみ、頭を大地にこすりつけた。


 邪龍の土下座である。


「が、学長様……。この私を従魔に……従魔にじでぐだざい!! 一生……いっじょう働らぎまずぅぅぅぅぅ……」


「どうだ、学長?」


「うむ……ありがとう、アストくん。【封印魔法】従魔捕縛!!」


「あ、あ……」


 邪龍を取り囲むように、地面には巨大な魔法陣が描かれた。


 そして、沼であるかのように邪龍は地面の中に沈んでいく。


「あ、あ、オレ様の自由ぅぅぅぅぅ……」


 わけのわからないことを言いながら、邪龍は魔法陣の中に消えていった。


「……よし。封印完了じゃ」


 巨大な魔法陣は青白く輝き、消えていった。


「感謝する、学長。……失礼を承知で聞くが、学長亡きあと邪龍はどうなるんだ?」


「ほほ、わしの家系には代々【封印魔法】の使い手がおる。わしが死んだら、息子である宮廷魔術師のレノンに使役権が引き継がれる。引き継ぎ先がなければ、邪龍は永遠の異空間に封印されたままとなる……かわいそうだがの」


「なるほど……」


 もう心配ないらしい。


「ご主人さま、これでもう……」


「ああ、完全勝利だ」


「やったぁぁぁぁぁぁぁ!! ご主人さま、すごいですぅぅっ!! 教科書!! 教科書のっちゃいますぅぅぅ!!」


 騎士団からも勝利の雄叫びがあがる。


「うおおおおおおおおお、勝ったぞぉぉ!!」


「アスト様、ばんざぁぁぁぁぁぁぁい!!」


「英雄の誕生だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「……まったく、騒がしいぞ」


 太古の英雄が束になって戦った伝説の邪龍とは言え、中身はアホのバイドだったからな。


「そこまで騒ぐことでは……。……っ!」


 ――ドクン!


 心臓が大きく跳ねた。


 ――頭がフラリとし、視界がチリチリとした黒い霧に覆われる。


《陰》限界魔法の反動が来た。


 極度の魔力切れ、そして肉体の酷使のしすぎか……。


「ミミコ、後処理は、まかせた……」


「え……? ご主人さまっ!! ご主人さまっ!!」


 俺の体はゆっくりと倒れていく。


 薄れゆく意識の中で、オリヴィアや俺の生徒たちがかけよってくるのが見えた。

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