第32話 【持たざる者】、邪龍を制圧する

「ご主人さまの最強魔法……? そんなものがあったんですか?」


「まあな。ミミコ、念のためエリクサーを1本くれないか? ベストコンディションで仕掛けたいからな」


「は、はい!」


 ミミコはストローをさした瓶を俺に差し出した。


 スキルの制約上、戦闘中に俺がアイテムを【持つ】ことができないので、このような形での回復となる。


「悪いな。ありがとう、ミミコ」


「い、いえ! ご主人さま……、どうかお願いします!」


「ああ」


 空を見上げると、邪龍はニタリと笑っているところだった。


「フハハハ、ザコのアストめ!! またオレ様はキサマの弱点を見つけたぞォォォ!!」


「またその話か……、で、なんだ?」


「ククク、ガアアアアァァァァァッッッ!!」


「む……!」


 邪龍が大地に巨大な紫炎を落とす。


 すると、生けるしかばねやスケルトンが次々と地面からい出てくる。


 かなりの数だ。500はいるだろう。


「キサマの弱点……、それは、その運び手ポーターの女だッ!!」


「あ、あたしですかっ!?」


「そいつがエリクサーを隠し持ってるんだろう……! そいつを殺して、キサマの魔力回復源を断つ……! そして、再度の対城魔法ですべて終わりだッッッ!!」


「ふむ……」


 今度の弱点はあながち間違いではない。


 騎士団は、既存のアンデッドの対処に追われている。


 ミミコの戦闘能力はそこまで高くないし、俺がアンデッドの対処をすると、邪龍に極大魔法の詠唱時間を与えてしまう。


 やつにはエリクサーの存在も知られているため、対城魔法で素直に俺だけを狙ってくるとは限らない。


「ミミコ、俺が邪龍を倒すまでの間、耐えきれるか?」


「おじいさん先生、どうですか……?」


 学長に振りやがった。


「……もちろんわしも戦うが、あの数をひとりでは制圧できん。全力は尽くそう」


「ううう〜……、怖いけど、あたしもやるしかないんですね……。矢が300本しかないから、早めにお願いしますぅぅ……」


「……ああ」


 危険な賭けだが、仕掛けるしかないか……。


 ミミコ、頼む。生き残ってくれ。


「グガアアア!! 行けェェェ!! 亡者どもッ!!」


 邪龍の号令とともに、500体のアンデッドがミミコに向かってくる。


「きゃああああああっ!! やっぱムリですぅぅぅぅ!!」


「心折れるの早いな」


「フハハハ! さあ、始めるぞ……! ――生命の輝きよ、力の奔流ほんりゅうとなりて敵を滅する刃と化せ。禁術生命・魔力転換ライフコンバートッ!」


「む……」


 邪龍は死者の魂を魔力に変換し始める。詠唱付加により先ほどより魔力規模が増している。


「フハハハ、改めてすべてをちりにしてやる!」


「【封印魔法】従魔レッドワイバーン・3体解放! さらには【封印魔法】パニッシュメントプリズン!」


 学長はワイバーンを召喚したり、100体程度のアンデッドを結界の中で浄化するなどして応戦するが、数に押されている状況だ。


 ワイバーンは足をつかまれたりして、本来の機動力を殺されている。


 亡者の群れは止まらず、ミミコに向かう。


「ご、ご主人さまぁ! ど、どうしましょう!?」


 ミミコはあわてて宝箱ミミックフォームになり、魔弓フェイルノートを隙間から出す。


 ププププププ……と果実の種のように矢を連射するが、横に広がったアンデッドすべてをカバーできるものではなかった。


「ぎょえええええ!」


 じわじわと距離を詰められる。


「む……」


 ――邪龍による対城魔法の発動だけは止めなくてはならない。


 やつの気が変わり、街に撃ち込まれたらすべて終わりだ。


 ――だが、ミミコひとりでは残りのアンデッドに対処しきれないだろう。


 どちらかを選ばなければならないのか……。


 ――そう考えていると。


「ホーリーランス!!」


 ズガガガガガガガガガ!!!


 光の槍が空から降り注ぎ、先頭にいたアンデッドたちを串刺しにした。


 それだけではない。


「【暴風斧】奥義・テンペストウォールッ!!」


「【滅龍槍】奥義・双龍の舞ッ!」」


 荒れ狂う風がアンデッドの集団を吹き飛ばし、空中に浮いたそれらを2頭の龍が喰いあさった。


 後ろを見ると。


「アストくん! わたしたちも戦うよ!」


 ――オリヴィアと、俺が担任をしていた2年武芸クラスの生徒たちが並んで武器を構えていた。


「なぜここに……」


「えへへ、アストセンセに教えてもらったあたしたちって、騎士団の次には最強かなって思ってさ」


「ボクたちも騎士団を目指すなら、ここで戦わなくちゃいけないと思って……!」


「アスト先生、悪いけど、伝説の武器を借りてるよ。役に立ってみせるから、許してよ」


 俺のチームだった生徒ばかりではない。


「俺の就任に反対していた皆も来てくれたんだな……」


「……我の名誉を挽回するチャンスだからな」


「か、勘違いしないでくださる! わたくしはお友達のリースさんが来るっていうから、ついてきただけなんですからねっ!」


「ルーザンくんはお腹が痛いってサ。オレらだけでも頼りになるデショ」


「お前ら……」


 俺の追放をかけた戦いの中で、こいつらも何かを感じてくれたんだろう。


 素直にうれしい。


【剣闘士】のアニーが俺の前に出る。


「さ、センセ、思いっきりやっちゃってよ! 後ろはアタシたちに任せてさ」


「ああ」


「アストくん……」


 オリヴィアは祈るように言う。


「どうか、わたしたちを……、セイファードの街を守ってください……」


「――ああ、まかせておけ」


 もう不安はない。


 俺は切り札となる魔法の発動準備に入る。極大攻撃魔法ではなく、俺を最大まで強化する魔法だ。


「――《陰》限界魔法、発動」


 俺の全身に魔力を張り巡らせる。


 目を閉じて、体の感覚を研ぎ澄ます。


《陰》限界魔法は大賢者メルキオールが生み出した大技である。


 しかしながら、効果は非常にシンプル。


 この魔法が【持たざる】ものにするのは、自らの限界――自己の能力を制限するリミッターを外すことができるのだ。


「フハハハ! 何をしているッ! もう終わりだッ!!」


 目を開けて空を見る。


 上空30メートル、邪龍は詠唱を終え、対城魔法の魔法陣を展開している。


 発動まで後7秒というところか。


《陰》限界魔法のせいか、頭が非常に冴えわたっている。


「フハハハ、アストめ!! 運び手ポーターの女が箱に入っているぞォォ!! それじゃ回復もできないねェェェ!!」


 邪龍の両手が白く輝く。対城魔法発動まで間もなくだろう。


「もういい、消えろ!! アスト、そしてオレ様をコケにしたセイファードの人間どもォォォォ!! 禁術!! カタストロフィ・ジャッジメ……」


「――やめとけ」


 俺は一瞬で邪龍の頭上に移動した。


「え……!?」


 邪龍は、限界を超えた俺の速度を追いきれなかったようだ。


 そして。


「――そらよ」


 ズガァァァァァァァンッッッ!!


 全身全霊を込めた拳で、邪龍の顔を殴りつけた。


「グギャアアアアアアアッ!!!」


 邪龍は流星のような速度で地面に落ちていく。対城魔法は行き先を変え、光の柱となり空に伸びていった。


 ズドォォォン!!


「グハアアァッッッ!!」


 邪龍は激しく地上に叩きつけられ、火山の噴火口がごときくぼみを形成した。


「――まだだ」


 俺は地中から跳ね返った邪龍の体を、拳で下に叩きつけた。


 ズガァァァァン!!


「アアアアアアアアアッッ!!」


 くぼみはさらに大きくなる。


「ガ、ガァァァ……」


「――まだだ」


 拳を振り抜く。


 ズガァァァァン!!


「アアアアアアアアアッッ!!」


 邪龍はさらに土にめり込む。


「――まだだ」


「や、やめ……」


 俺は両手を握りしめ、邪龍を乱打した。


「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら!!」


「グ、グギャアアアアアアアッ!!!」


「そらよっ!」


「ガアッ……!」


 一発一発が大地を割るこぶし。


 邪龍はそれを数えられないほど浴びることとなった。


「グ、グウウゥゥゥゥ……」


 邪龍の背中からはジュウジュウという音とともに黒い煙が出ている。おそらく再生しているのだろう。


 もうひと押しだ。


 このまま殴り続けるのもよいが、俺は戦術を変えることにした。


 俺は倒れた邪龍の腹の上に乗り、問いかけた。


「なあ、お前は禁書を4冊盗んだんだろ? 邪龍の書、生命・魔力転換の書、対城魔法の書、そして――魔剣の資料だったな。なぜお前は魔剣だけ使っていないんだ?」


「グ、グウゥ……。そ、それは、魔剣があるダンジョンが他の大陸ばかりで行く時間がなかったから……」


「いいや、それは違うな。なぜなら、古代文字の解読をする必要もあるから、お前はかなり前から本を盗んでいたに違いない。セイファードの休業期間もそれなりにあったはずだ。時間がないわけではない。では、なぜ?」


「や、やめろ……」


「俺が断言してやる。お前には一緒にダンジョンに行ってくれる仲間がいなかったんだ。真実の迷宮のときにわかった。お前はダンジョンに入った経験が浅い。仲間がいないんだから、仕方ないよな」


「やめろ!!」


「俺は【持たざる者】だが、仲間には恵まれている。お前が弱点よばわりしたミミコ、オリヴィア、セイファードの生徒たち……。じゃあ、お前は? 誰か一人でも仲間はいるのか?」


「やめろォォォォォッ!!」


 邪龍は、特大の紫炎をまとったツメで俺を斬り殺そうとした。


 ――しかし。


「あれ……!?」


 邪龍のツメは空を切った。なぜなら、俺が空高く飛び上がっていたからだ。


「じゃあな、嫌われ者」


 俺は空から急降下し、邪龍の腹に思い切り拳を叩き込んだ。


「ウギャアアアアアアアアッッッ!!!」

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