第30話 【持たざる者】、邪龍を殴る

「アストォォォォ……、殺してやる……」


「ご、ご主人さま……」


「ふむ……」


 改めて、相手を確認する。


 目の前にいるのは、直立した黒龍だ。バイド本人の面影はいっさいない。


 高さ15メートル程度、尻尾も入れれば体長は20メートルは超えるだろう。巨大な翼と体中にまとわれた紫の炎が特徴的だ。


 手足には鋭い爪がついており、並の武器ではたちうちできそうにない。


 龍の背後には先ほど生み出したアンデッドが数体。紫の炎は、おそらく人間の霊体由来の呪詛じゅそかなにかだろう。


 アンデッド共々、あまり素手では触りたくはないな。


「さて、まずは魔法かな……」


「待ちなさい、アストくん」


 学長が俺を呼び止めた。


「アスト様、まずは私たちが仕掛けてみます」


 騎士団長は魔力を込めた剣を構えながら前に出る。


「いいのか? あいつの狙いは俺だぞ?」


「うむ、アストくんを頼りにしてしまい申し訳ないが、本来であれば奴の上司であるわしが責任をとるべき案件だ」


「騎士団もこういうときのために組織されております。何かあれば後を頼みます」


「……わかった。すまないが、頼む」


 やはり組織の長ともなると、立派な人間が多いのだな。


「任せてくれ。行きますよ――学長!」


「うむ! 【封印魔法】従魔ベヒーモス・解放!」


 学長の正面には大きな魔法陣が展開され、そこから体長7メートルはあろうかという、巨大な獣が現れた。


 獣は赤黒い体表をしており、闘牛のような角を持っていた。


「おお……!」


「行けっ――!!」


 グルルルルルッ!とうなりながら、ベヒーモスは邪龍に向けて突撃した。


 そして、ドゴォン!という激しい音とともに、ふたつの角が邪龍の右足に突き刺さった。


「ガアァァァァァァァ!!」


 邪龍は苦しみの声を上げて、紫色の炎をあたりにまきちらした。


「行くぞ、邪龍! 【爆烈剣】エクスプロード・インパクトッ!」


 騎士団長はベヒーモスの背をつたって上空へ飛び、魔力を込めた剣を邪龍の右ヒザに叩き込んだ。


 ズドォォォン!と剣を当てた場所が大爆発する。


 団長は、爆発の反動を利用し、学長の隣へ着地した。


「会心の一撃ではありましたが……」


「これで倒せれば楽なのだがな……」


 邪龍は右膝を地面につき、苦しみの声をあげている。


 爆風の黒煙が晴れると、邪龍の右足がえぐれていることがわかった。


「よし! 我々の攻撃も効果ありだ! これなら……」


「ま、待て!」


 すると、邪龍の傷跡がボコボコと沸騰するがごとき様相を見せていた。


「あれは……」


「『邪龍の書』にあるとおりだ……。邪龍アビスドラゴンは自らが命を奪った生物の魂を体内に取り込み、利用するという。あれは魂の生命力を利用した自己再生だ」


 邪龍の右足はあっという間に完治してしまった。


「が、学長! ヤツの体内にある魂の数は!?」


「わからん。太古からの蓄積であれば、100や200ではないのだろう。ゆえに深淵アビスの名を冠されておるのだ。あの自己再生もほぼ無限にできると考えるべきだ……!」


「なら、どうすれば……」


「古代の英雄たちの答えは『封印』だったのだろう……。だが、わしや現在の騎士団のレベルではこの邪龍を封じることなど……」


 そのとき、邪龍がその場に立ち上がった。


 騎士団長は再び剣をかまえ、ベヒーモスは学長の前に立ちふさがった。


 邪龍は学長をにらみつけて言う。


学長ジジイが……、キサマとアストのせいでオレ様は学園を追放された……! キサマらさえいなければ、オレ様は今でも学園で楽しめたんだッ……! 最高だったぜ……、教育の名のもとにガキどもをいたぶり、ガキどもからアタマを下げられるのはッッ!!」


「……ふむ、やはりおぬしには教育者の資質はなかったようだの」


「黙れッッッ! オレ様に逆らったことを悔いながら、引き裂かれろッ!」


 黒龍は大きく腕をふるい、学長に襲いかかる。


「ベヒーモスッッ!!」


 ベヒーモスはグルルルとうなりながら前に出て、空中に魔法陣を展開した。


「ご主人さま、あの魔物、高度な魔法を……!」


「ああ、しかし……」


 ベヒーモスの展開した防御魔法は一瞬だけ邪龍の爪を受け止めた。


 しかし、バチバチという音とともに紫色の炎が飛び散り、ベヒーモスの防御魔法はガラスのように粉々に破られた。


「グォォッ!?」


 そのまま邪龍の爪はベヒーモスを横なぎにする。


 ズガァァァァァァァァァンッッッッ!!


 ベヒーモスは邪龍の腕により、騎士団の隊列の前に吹き飛ばされた。


 巨体が地面をはね、激しい土けむりが起きる。


「う、うわあああああああっ!」


 騎士団には被害はなかったが、スケルトン数体が巻き込まれて粉々になった。


「も、もしあれに巻き込まれていたら……!」


「だ、団長と言えども勝てるのか……!?」


「むう……、ベヒーモスでも歯が立たんのか……」


 ベヒーモスは足先から青い光の粒子に変わり、地面に描かれた光の魔法陣の中に消えていった。


「フハハハハ!! ジジイ、えらそうにしてたわりにはこんなものか!! 実に気持ちがいいなァ!! 身の程をわきまえないザコを蹴散らすのは!!」


「むう……。次点の従魔はレッドワイバーンか……」


「まだ私がいるぞっ!! 【爆烈剣】奥義・ワールドエンドッッ!!」


 騎士団長は最大魔力を込めた剣を振りかぶり、邪龍の足を斬りつけた。


 ズドォォォンッッッ!!


 指向性を持たせた爆発が邪龍を襲う。


 ――しかし。


「騎士団長と言えどもこのレベルなのかァ? ザコの大将よォォ! お前の卑怯な技はもうタネが割れてんだよォォォ!!」


 邪龍の前には透明な紫色の障壁があらわれ、すべての攻撃を防いでいた。


「死ねッッッ!」


「くっ――!」


 騎士団長は足元を爆発させ、その衝撃を利用して邪龍の蹴りから逃れた。


 団長はゴロゴロと転がり、剣を杖にして、立ち上がる。


「わ、私の最強の技でも破れない障壁だと……!」


「むぅ……。これが太古の邪龍の力か……」


「フハハハハハッッ!! 騎士団長ともあろうものがゴロゴロと虫ケラのように!! 情けないなァァァ!!」


「なんて強さだ……」


「む……アストくん、わしらでは倒せそうにない。君にも無理だろう……。君には将来がある。逃げられるようなら逃げてくれ……」


「私たちで時間を稼いでみせる。君はセイファードの精神を語り継いでくれ……」


「ご、ご主人さま……」


 ミミコは俺の服のすそを引っ張っている。


 まあ、そこまで言われたら……。


「一度試してみたくなるな」


 俺は、《陰》重力魔法で重力を【持たざる】状態にし、邪龍の鼻先に浮かび上がった。


「ご、ご主人さまっ、せっかくおじいさんたちが逃げてくれって言ったのに! バカなんですか!? バカなんですかぁぁ!?」


 またミミコが失礼なことを言ってるな。


「ア、アストォォォォ!! 殺す!! 殺してやる!!」


「――《陰》呪魔法・解呪」


 俺は呪いを【持たざる】ようにする魔法を展開しつつ、拳を握りしめた。これで呪詛じゅそによる防壁は発動できない。


 そして――。


「せーのっ……」


 ズガァァァァァァァンッッッッ!!


 邪龍を右手で思い切りぶん殴った。


「ギャアアアアアアアアア!!」


 邪龍は悲鳴を上げながら、後方に10メートルほど吹き飛んだ。


 着地の地響きと同時に、紫色の炎があたりにき散らかされ、スケルトンやゾンビが新たに20体は生成された。


「な、な……」


 着地すると、騎士団長と学長は大口を開けながら俺のことを指差していた。


「ありがとう、学長、団長。ふたりのおかげでやつが呪いの力を攻守に使っていることがわかった。力がわかれば対処ができる」


「ア、アスト様はそこまでの力をお持ちなのですか……!?」


「いや、まだまだこれからだ。やつを倒すには本気を出さねばいけないだろう。学長、確認だが、やつを倒すには再生できなくなるまでボコボコにするしかないんだな?」


「あ、ああ……。あるいは、やつの心を折り敗北を認めさせられれば、わしの【封印魔法】従魔捕縛が使えるかもしれぬ……」


「承知した。悪いが、団長ほか騎士団は生成されるアンデッドの対処に努めてくれ。かなりの数になるだろう。学長は騎士団をサポートしつつ、封印魔法の準備をしていてくれ」


「ア、アスト様はどうされるのですか……!?」


「――決まっている」


 俺は、立ち上がりつつある邪龍を注視しながら言った。


「あのアホがため込んだものをスッカラカンにして負けを認めるまで、ボコボコにぶん殴るんだよ。もっとも、すでに頭の中はスッカラカンのようだがな」

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