第29話 【持たざる者】、希望となる

 俺は、セイファード城下町の城壁の外に出て、魔人の襲撃に備えた。


 俺の隣にはセイファード学園の学長とミミコ。


 そして、王国騎士団が隊列を組んで待機していた。


 騎士団の後方、城壁の上からは、魔道具で拡声された声が響く。


「セイファード北方・レイクサイドから通信魔法による伝令が入りました。有翼の魔人とSランク冒険者4名が交戦、冒険者は全員瀕死ひんし状態とのことです! 魔人本体は引き続きセイファードに飛行・接近を再開とのこと……!」


 騎士団の隊列からどよめきが起こる。


「Sランク冒険者が4人も……」


「超Sランクモンスター級であるのは間違いないな……」


「本当に我々で勝てるのか……」


 騎士団の不安が伝わったのか、ミミコは両手を胸に当てて、弱々しい声で話しかけてきた。


「ご主人さま、あたし、怖いです……」


「まあ、古代の邪龍相手となれば怖いのも当たり前だ。城壁の中にいたいのか?」


「いえ、空を飛べる相手でしたら、ご主人さまの近くが一番安全ですから……。でも、ご主人さま……、一度だけミミコに『怖くないよ』と言ってほしいです……」


「……ただ言えばいいのか?」


「優しめに、なだめるようにお願いしますぅ……」


「ううむ……」


 ……正直、今回の戦いではミミコの力が必要になるかもしれないからな。


 仕方ない。


 俺はミミコを抱きしめ、頭をなでてやる。


「俺が守ってやるから怖くない。俺を信じて近くにいてくれ」


「は、はいっ……。うれしいですっ……。こんなこと言ってもらえるなら、週イチで邪龍が来てほしいです……」


「それは勘弁してくれ……」


 そんな話をしていると、城門の方角からセイファード学園の連絡係が駆け込んできた。


「学長、報告ですっ!」


「ご苦労だったな。して……結果は?」


「セイファード学園の禁書庫内にある『邪龍の書』は紛失! また、バイド氏の自宅から、セイファード印のある禁書数冊が発見されましたが、『邪龍の書』は発見されず!」


「ふむ……現物はやつが持っておるのだろう。セイファード学園は内部のセキュリティを強化する必要があるな……」


「……盗んだのは学園のカネだけじゃなかったんだな」


 確かに、盗んだものの洗い出しまではしなかったが……。


「カネだけだと思い込んだわしの落ち度だの……。禁書の盗み出しは死罪にもなりうる……。だから、あのバカモノはあのとき見苦しく隠していたのか……」


「真実の迷宮のときですね……」


 教師のバイドは、公金20万ガルド着服の罪でセイファード牢獄塔に幽閉されたが、つい2日前、国庫に100万ガルドを納付し、釈放されたばかりだという。


「して……やつの家には、ほかに何の禁書があった?」


「『魔剣・妖刀目録』と『対城魔術の書』、『生命・魔力転換』の3冊でした!」


「なるほど……。力におぼれた者の行き着く先といったところか……。よし、承知した。騎士団に、敵は邪龍化したバイドであると伝えてくれ。おぬしは、そのあと壁の内へ避難せい」


「はっ!!」


 連絡係は騎士団へ向けて走っていった。


「学長、聞いていいか? 『邪龍の書』とは何なんだ? そのほかの禁書もバイドが使えるのか?」


「ふむ……アストくんには伝えた方がいいのだろうな……。まず『邪龍の書』だが、太古の英雄たちが、自ら封印した龍を将来的に戦争に利用することまで想定して記した本だ」


「ご主人さま、昔の人は怖いことを考えるのですね……」


「いまよりも物騒な世の中だったからな……」


「――邪龍の力は一国を陥落かんらくできるほどだ。太古の時代も、20人の英雄と一国の軍隊がなんとか龍を封じたという。勝てば英雄であるが、負ければ破滅……そのような戦いになるだろう」


「神話レベルの戦いとなるということか……」


「ご主人さまが歴史に刻まれたら、あたしもいっしょに刻んでもらえるかも……」


「まずそういうのは役に立ってから考えてくれ……」


「その他の禁書についてはバイドには使いこなせん。気にする必要もないだろう。特に魔剣の類については、いずれも海の彼方だ。やつにそんな時間はなかったからの」


 そのとき、マントつきのよろいを着込んだ男が俺たちに近づいてきた。


「失礼、貴方がアスト様ですね。私は王国騎士団長、【爆烈剣】のジークです。お噂はかねがね」


「アストだ。今はセイファード学園の教師をしている。本業はSSランク冒険者だ」


 握手をかわすと、団長はそのまま俺の手を両手で包み込むように握った。


「……アスト様。情けないことですが、騎士団には単独で超Sランクモンスターを撃破できる者はおりません。アスト様の規格外のお力、ぜひお貸しくださいっ!」


 天才級の団員を無数従えている、天才のなかの天才とも言うべき騎士団長が俺にふかく頭を下げた。


「やめてくれ。ほかの団員に示しがつかないだろう。それに敵はセイファード学園の身内だ。俺と入れ違いに退職したやつではあるが、俺に責任がないわけではない」


「ありがたいお言葉、感謝します……! ラフレシア・アルラウネを単独で倒したほか、真実の迷宮を踏破したという、アスト様が最後の希望です……!」


 確かに、臭いだけで大したことないモンスターやら、ただデカイだけの動くよろいなんかを倒したが、そこまで持ち上げられてもな。


「わかった、まかせてくれ。バイドも俺をご指名だしな。騎士団はアンデッドモンスターの迎撃などに協力してほしい。俺ひとりですべてを守りきれるかわからないからな」


「はっ!! ……学長も避難されてもよいのですが……」


「ほほ、わしも【封印魔術】の使い手。それに身内の恥は、トップであるわしに対処させてくれ」


「はっ! それではご武運を!」


 騎士団長は隊列の戦闘に戻り、団員に号令をかける。


「魔人バイドは、私と、ここにおられるSSランク冒険者アスト様とそのパートナー・ミミコ様、かつて騎士団長であったセイファード学長で応戦する! 各部隊は基本的にはアンデッドモンスターの対処にあたってくれ!」


「了解!」


「うおおおおおお、アスト様がいれば勝てるかもしれない!」


「アスト様、ありがとうございます!」


「あなたは希望の星ですッ!!」


「……知らないうちに有名になっているんだな」


 最近見ていなかったが、新聞のおかげなのかもしれないな。


「ご主人さま、不肖ふしょうパートナーのミミコも頑張ります!」


「頼むぞ。必要なときは指示するからな」


「は、はいっ!」


 そのとき、魔法で拡声された声が響く。


「――北西部上空より、黒色の飛行物体が接近!! おそらくは魔人かと思われます!!」


「む……」


 セイファード北西部・ルートブラン山地の方角から、紫の灯りをまとった黒い何かが飛翔してくる。


「ご主人さま……」


 ミミコは俺の服をつかみ、不安げに空をうかがっている。


 俺はミミコの頭に手をのせ、


「大丈夫だ」


 と言ってやる。


「ご主人さま……、どうかみんなをお救いください……」


 徐々に影は近づき、セイファードの前で高度を落としてくる。


 敵影がはっきりするにつれて、騎士団からどよめきが起きる。


「デカい……! 20メートルはあるぞ……!」


「魔人化した邪龍……!」


 バサバサと黒い翼を羽ばたかせながら、黒色の魔人は地面に降りたった。


「グガアオオオオオオオオオオオッッ!! アストォォ、アストはどこだァァァァ!!」


 大地をふるわせる咆哮ほうこうとともに、魔人の体からは紫色の炎が放たれた。


 炎が着弾した地点には、ゾンビやスケルトンなどのアンデッドモンスターが生成された。


「ひっ――!」


 騎士団から悲鳴が起きる。


「こ、こんなやつに勝てるのか……!?」


「身体の震えが止まらない……!」


「俺たちも最強と言われたエリートなのに……!」


 ……ふむ、やはり一般団員には荷が重いようだな。


「アストォォォォッ! 殺してやるゥゥゥ!」


 再度の咆哮ほうこうとともに、アンデッドが数体生み出される。


「ひぃっ……」


「み、みんな武器をかまえて……ガタガタ」


 ……ふう。


 ――俺は《陰》土魔法・風化でアンデッドどもを砂に還しながら、騎士団の横を歩いていく。


 サラサラとした砂が風にのって草原に消えていった。


「ご、ご主人さまっ……」


「ア、アストさん……!」


 そして、魔人と化したバイドの前にゆっくりと歩み出た。


「おい、バイド。俺に用か? 俺はここにいるぞ」


「アストォォォォ!! 殺す……殺してやるッッ!!」


「……まったく、魔人化しても知能のほどは変わらないようだな。感謝しろ、相手をしてやろう」

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