第28話 【持たざる者】への緊急指令

 オリヴィアとアニーは激しく木剣を打ち合わせる。


「でりゃああああ!!」


「えいっ!!」


 ほかの生徒も強いが、やはりアニーは頭ひとつ抜けているな。


 強敵相手でも物怖じしないメンタルがいい。



 ――あの後。


 泣きわめくルーザンたちと入れ違いに、オリヴィアが屋外訓練所にやってきた。


「アニーちゃん、いるー? って、わわ。アストくん先生、ギルドマスターや騎士団の方まで……?」


「あれ、言わなかったっけ? 今日はお客さんがいるんだよ。さ、今日も模擬戦お願いできるかな、オリヴィアさん?」


「ちょっと緊張するなぁ……。でも、いいよ。約束だもんね」


「センセに鍛えてもらった成果、見せてあげるよ」


「え、アニーはアストくん先生に教えてもらってたの? うらやましいなぁ……、転科したいなぁ……」


「えへへ、個人レッスンもあったよ」


「ずるいよぉ……」


 ……と、こうして、ふたりによる親善試合エキシビションマッチは始まったのである。



 オリヴィアは木剣を掲げて、【聖魔法】を発動する。


「ホーリーボールっ!!」


 勢いよく射出されたそれを、アニーはバク転をしながら、かわしていく。


「おお……!」


 これにはスカウトとギルドマスターも感嘆の声をあげた。


「すごいね、アニー!」


「へへ、まだまだいけるよっ!」


 俺がアニーに教えたことはふたつである。


 まずは【剣闘士】としての本分である「魅せる戦い」の習得である。


【剣闘士】が派手な戦いをすればするほど、自身を含む自軍の士気が上がり、敵軍の士気を下げることができる。


 戦闘と全体バフ・デバフを同時にこなすことができる強スキルなのである。


「てりゃーっ!」


 アニーは剣を手元で回転させながら、オリヴィアに突っ込んでいく。


「わわ……! ホ、ホーリーランスっ!!」


「――っ!」


 ガガガガガ!!


 アニーの上空から、光の槍が地面に連続して突き刺さる。


 アニーは紙一重で攻撃をすべて避けた。


「やるね、オリヴィア!」


 だが、アニーが顔を上げた瞬間、


「【幻影魔法】マジックミストっ!」


 オリヴィアは魔法の霧を生み出した。霧はホーリーランスの光を乱反射し、アニーの視界を奪う。


「わわ……見えないっ」


「【細剣術】――高速突きっ!!」


 その一瞬の後、アニーの背後から木剣が襲いかかってきた。


 不意をつく攻撃。だが、アニーは。


「――っ! 負けるかぁ!」


 ザッッッッ!!


 身体からだをひねり、オリヴィアの攻撃を避けた。バク転で距離を開けて、オリヴィアに剣を向ける。


「はぁ……はぁ……、危なかったぁ……」


「えー、今のでダメなの?」


「えへへ、センセに鍛えてもらったからね」


「やっぱりずるいよぉ……転科しなくちゃ……」


 俺がアニーに教えたもうひとつは、戦闘中の思考速度の強化である。教えたというよりは、集中的に鍛えたといったほうが正しいか。


 不意うちや、得体のしれない魔法への対処を個人レッスンで学んでもらったのだ。


 今の攻防には、スカウトとギルドマスターも興奮した様子だ。


「さすがは2年主席・3スキルのオリヴィアだっ! あの多彩な技は素晴らしい!」


「それについていける【剣闘士】のアニーもいいぞ! 戦いに華があるっ!」


「うむ……」


 ふたりとも高評価を受けているな。素直に嬉しい。


「アニーもオリヴィアもいいぞ! どちらも負けるな!」


「はーい、まかせて!」


「アストくん先生……、もう……」


 ふたりは再び木剣を向け合う。


 スカウトたちも興奮冷めやらぬといった雰囲気だ。


「いやー、最高ですな。実力が拮抗きっこうした者たちの戦いは見ごたえがあります。ところでここに蒸留酒があるのですが」


「おお、準備のよろしいことで。私はドライフルーツしかないのですが、よろしければご一緒に……」


「すみませんぬな、ハッハッハ」


 ……ロクでもない大人どもだった。


 ギルドマスターが酒瓶を開けた瞬間、屋外訓練所にふたりの男が駆け込んできた。


「ギルドマスター、非常事態です!!」


「キースさん、こちらにいらしたのですか! 今すぐ王城へお戻りください!!」


「なんだ騒がしい!! 今は大切な打ち合わせをしておるのだッ!!」


「ひっ――」


「そうだぞ、せっかくうまい酒が……ゴホン! まあ、いい。で、なんだ?」


「あ……ちょうどアストさんもいらっしゃったのですね!? SSランク冒険者としてご一緒にお聞きくださいっ!! セイファードが……この一帯が危険なのです!!」


「どういうことだ?」


 俺は前に出て、話を聞く。


「セイファード北西の山地から、有翼の魔人が出現し、こちらに飛行・接近中です! また、魔人の移動ルートには無数のアンデッドモンスターが出現……おそらく魔人の力で生み出されたものです!」


「王国騎士団も王命により城壁で応戦予定! 現在出撃準備中です!」


「ギルド登録の冒険者も防衛戦に参加するよう、王国からの緊急依頼が出ています!」


「ご主人さま……」


「うむ……」


 だいぶ大ごとだな。俺も戦わなくてはなるまい。


「住民の避難は?」


「時間的にセイファードの外部に逃がすことは不可能です! 城壁を最終防衛ラインとするしかありません……!」


「……なるほど。敵の正体について、騎士団にもギルドにも情報はないのか?」


「騎士団には交戦記録はありません」


「ギルドも同様、目撃記録すらない魔物です」


「本当に、正体不明ということか……」


「いや――推測はできる」


 俺の後ろには、いつの間にか学長が立っていた。


「来ていたのか?」


「騒がしかったからの……。で、今話していた魔人のことだが、おそらくは邪龍アビスドラゴンと一体化した人間だ」


「ご存知なのですか?」


 ギルドマスターが問いかける。


「まあの。魔人の体表は深い黒色、紫炎をまとっている。紫炎は呪いであり、地に落ちれば生けるしかばねを生み出す……こんなところか」


「ま、まさに報告のとおりですッ!」


「ふむ……。ならば間違いない。セイファード学園の禁書庫にある『邪龍の書』に記されたアビスドラゴンと同じ特徴だ。過去の英雄たちにより封印されたのだが……」


「封印されし古龍、ですか……。なぜ今そんなものが……」


「恥ずかしながら、おそらく邪龍の封印をとき、その身に取り込んだのは、セイファード内部の人間だろう。『邪龍の書』にアクセスできる人間は限られておる」


「な……!」


「そういえば、不確かな報告が……」


「不確かな報告?」


「はい、どうやらその魔人は『アストを出せ』と騒いでいるとか……」


「俺? ……なるほど」


「ご主人さま、魔人の世界でも人気なんですか?」


「バカ言うな。……相手はセイファードに所属していた人間、そして俺に恨みがある――そんなところなんだろうよ」


 ……あいつなんだろうな。

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