第26話 【持たざる者】、戦わされる
「ごめんね、エリザベートさん……、誰にも言わないから……」
「ふぐっ、ふぐっ……。リースさぁん……。ぶぇぇぇぇぇぇん……約束ですからねぇぇぇ……」
「よしよし……、約束だよー」
リースとエリザベートはトイレから帰ってきたら仲良くなっていた。
エリザベートは倒れたときに土がついたせいか、服も取り替えてきたようだ。なぜ泣きじゃくっているのかわからないが、とりあえず自分の態度を反省したようだな。
「少し遅かったな。何かあったのか?」
「な、何もない! 何もありませんですわっ!」
「アストセンセー、次いこ、次!」
「あ、ああ……」
ふたりから
「じゃ、次いくか。誰にする?」
「こっちはオレが出るヨ」
そう言うと、【神速】のミシェルが木剣を握って前に出た。
「じゃ、じゃあ、こちらからは私が……」
【心眼】のメイが前に出ようとすると、ミシェルは手のひらをこちらに向けて、それを止めた。
「ノンノン、キミは待っていてくれヨ。オレはネ、これまでのマヌケどもと違い、アンタたちの弱点を見抜いたんだ」
「弱点……ですか……?」
メイがおずおずと問う。
「ああ、それはそいつさ」
ミシェルは俺を指さした。
「アストせんせいが……弱点……?」
「そ。そいつさ、弱いだろ? だって、スキルがないんだもんネ。そいつはキミたちのような才能がある人間に寄生してデカい顔をしているダニなのサ。
「え、え? 意味がわからない……」
メイは俺の方を見て助けを求めるが、俺も首をふるだけで答えようがなかった。自分をかしこいと思っているバカにつける薬はない。
メイはおずおずと訂正する。
「せんせいは、とても優れた人間ですけど……」
「ハ、言ったネ!」
ミシェルはかぶせるように言った。
「じゃあ、キミの代わりにそのカスを戦わせなよ! 別に問題ないよねぇ、そこまで言うのなら!」
「え? え? 問題ないですが……」
メイは相変わらず困惑している。
俺は横から口を出した。
「おい、勝手に決めるな。どうせ負けてミジメな姿をさらすお前には関係ないのかもしれないが、メイにとってはギルドと騎士団にアピールする絶好の機会なんだぞ?」
「ホラぁ、ホラホラ!! 逃げてる逃げてる!! 怖いのかぁい、ザコセンセェ? 天才のオレに弱点だと見抜かれてくやしい? 社会のダニちゃん!」
「だからなぁ……」
また反論しようとすると、メイが俺の服のすそをひっぱってきた。
「せんせい……、どうかお力をお見せください……。私、あんなひとに、尊敬するせんせいをバカにされてくやしいです……」
「ううむ……」
そこまでメイに言われてしまってはな。
「……わかった、やろうか」
俺は素手のまま前に出た。
「お、キタね! 社会のダニちゃんはメイちゃんの代わりでいいんだよネ? アンタが負ければメイちゃんの負けだヨ」
「ああ、それでいい」
「問題ないですけど……」
俺は条件を付け加える。
「ただし、俺はお前を攻撃しない。お前の攻撃をよけるだけだ。お前を倒すのはメイにまかせる。お前の気が済んだらメイと交代させろ」
「ホラホラァ! 逃げる準備お疲れサマ! ま、【神速】のオレなら、逃げる間もなくアンタをぶっ倒しちゃうけどね」
「ふぅ……。俺にも【薬師】の才能があれば、こいつにつける薬を作れたのかもな」
バカは知性を【持たざる】状態なので、俺のスキルでは手の
「おくすりではむりでは……」
「ん、メイちゃん、なんか言った? そうそう、賭けをしようよ! このダニちゃんが負けたらメイちゃんを一晩だけオレのカノジョにしてあげる! 庶民としては光栄でショ?」
「え、サ、サイテーです……」
「聞こえないねェェェ! オレが負けたら、ハダカでタコおどりでもなんでもしてやるからサァァ! ホラ、バトルスタートだッッ!!」
「む……」
ミシェルは俺が開始の合図をする前に襲いかかってきた。
「ホラホラァ! 見えないでショ!!」
ミシェルはあちこち土けむりを立てながら、高速で動き回った。
「まったく……」
たしかに動きは速いが、軌道がバレバレだ。こいつのバカさ加減を加味すると、狙いは……。
「死ねぇぇぇぇ!!」
「後ろから、頭部狙いだな」
ブンッッッ!!
俺は見もせず、相手の攻撃をよけた。
「え……? 当たった? 当たったよね!?」
「当たってないぞ」
「ウ、ウソだッ! やせ我慢は反則だぞッ!」
ブンッッッ!!
横なぎの剣を最小限の動きでかわす。
「当たったァァァ!」
「だからさ、感触でわからないのか? 当たってないっつの」
「お、おおおおおお!!」
ミシェルは一度下がってダッシュして斬りつけ、ダッシュして斬りつけを繰り返した。
その度に「当たったァ!」と喜んでおり、ぜんぶ最小限の動きで避けられていたことにすら気づいていなかった。
「なんで!? 当たってる! 当たってるのに!」
「お前……、自分のスピードを自分の目で追いきれてないんだな? 大丈夫か? 動きも単調だし……」
「オレをバカにするなァァァァ!!」
「よっ……」
「当た……、あっ……」
ズザアアアアア!!
直前で攻撃をかわしたところ、ミシェルは勢いを止めきれず、ひとりで顔面から地面に滑り込んでいった。
「痛いぃぃぃぃぃぃ!! どうしてぇぇぇぇぇ!! 当たってるのにぃぃぃぃぃ!!」
「はぁ……、しょうもないな……」
ギルドマスターと騎士団のスカウトはブツブツ話している。
「……ザコだが速いな……伝令としてなら使えるか? でもバカだからなぁ……ムリか」
「速いけどザコだな……バカだし、マイナス30点だな……」
「ムキィィィィィ!! わかったぞ、アストォ! アンタはそうやってズルばかりしてきたんだな!! 何してるかわからないけど、ズルはやめろォォ!!」
「ズルはしていないが……どうせわかってはくれないのだろうな。はぁ……もうそろそろいいか? メイに替わってやりたい」
「く、くそぉぉぉぉ! アンタのズルを指摘できなくてくやしいぃぃぃ! でも、アンタはもういい! 替われぇぇぇぇ、ズルもできないドンクサ女の方をいたぶってやるぅぅぅぅ!」
「だ、そうだ。いけるか、メイ?」
「はい。でも、私は相手をいたぶりません……。【心眼】らしく、一撃で決めちゃいます」
「頼もしいな。いってこい!」
俺はメイの小さな背中をたたいて、前に送り出した。
「おい、ドンクサ女ぁ、まだ賭けは生きてるからなぁぁ! 覚えてるよなァ、オレが勝ったら一晩付き合えよぉぉ!! ご自慢の【心眼】で、オレの夜の弱点を探してくれよなァァ!!」
「サイテーです……しかも、勝手に決めて……」
「は? ナマイキな口をきくんじゃネェ!! このドンクサ女ァァァ!!」
ミシェルは高速で訓練所を動き回る。腐っても【神速】というところか、並みの人間では残像を見ることも難しいだろう。
一方、メイは開始から一歩も動かず、木剣を握っている。
メイの【心眼】は見切りのスキルである。
敵の動きを未来予知めいた観察眼で先読みできるほか、正確に敵の弱点を見つけて攻撃することができる。
「ホラホラァ、見ても反応できるかナ!! その細い
「……っ!」
身体能力が追いつけば、先手を打って攻め入ることもできるだろう。
だが、メイはまだ発展途上。
この戦いに間に合ったのは、カウンター戦術だけだった――。
「死ねぇぇぇぇ!!」
ミシェルはメイの背後から【神速】で斬りかかってきた。
「【心眼】――行動予測」
メイは、手に持っていた木剣の角度をほんの少しだけ変えた。
その結果。
「ハ、ハウッッッ……!」
木剣の先端がミシェルの股間にめり込んだ。ミシェル は【神速】の勢いのすべてを股間で受け止めることになった。
「うわー……」
男の俺にはわかる。まごうことなきクリティカルダメージである。
「あが、あ、あ、あ、あぐぁ……」
ミシェルは股間を押さえながら、土にまみれてゴロゴロ転がっている。もはや名家の生まれとか関係なく、ただミジメな人間としか見えなかった。
メイはミシェルに近づくと、ミシェルの両足の間にドカッッッ!と木剣を突きつけた。
「ひ、ひぇ、ヒャアアア……!」
あわや股間を潰されるといった目にあい、ミシェルは恐怖の声を上げることしかできなかった。
小動物みたいにかわいいハズのメイは、冷たいドSの目でミシェルを見下していた。
「夜の弱点? そんなものは知りませんが、昼の弱点ならいつでも潰してあげますよ? 二度と私に関わらないでくださいね?」
「は、はひっ…………」
スカウトとギルドマスターは、自分の身のようにそれぞれ股間を押さえながら話していた。
「末恐ろしい……。アストはなんて生徒を育てたのだ……」
「間違いない……、将来性ならプラス80点だ……」
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