第25話 【持たざる者】チームの下剋上

「よくやった、ロビン!」


「スカッとしたよ~」


「えへへ、ぜんぶアスト先生のおかげだけどね」


 俺のチームのみんなは頑張ったロビンをたたえている。仲良きことは美しきかな。


 一方、ルーザンたちのチームは正反対だ。


「なに負けてんだよっ! カス!」


「ええ、ええ。みじめですね」


「恥ずかしっ!」


 敗北したフェルナンドは仲間からも罵倒ばとうを受けることになった。


「グゥ……」


 フェルナンドはうずくまったままよだれを垂らし、動くことができない。高貴な生まれとは思えない姿だ。


 それにしても、あいつらには仲間意識がないのか? そして、それをスカウトの前で擬装ぎそうする気すらないのか?


 哀れなやつらだ。


 俺はフェルナンドに近寄り、しゃがんでよだれにまみれた顔をのぞき込んだ。


「俺の生徒は強かったろ?」


「クッ……アスト……!」


「わかったろ? 頭からっぽのままブンブン斧を振ったところで、たいした戦いはできない。なぜなら、お前は人をバカにできるほど優秀ではないし、自分で思っているよりも無能だからだ」


「グ、グウウウウ……」


 つらいが、生徒に現実を教えるのも教師のつとめだからな。これで立ち直ってほしいものだ。


「そのよだれを垂らしたみっともない姿がいまのお前の実力だ。覚えておけよ、ひとをバカにするな。ほら、わかったならダメージを回復させてやるよ」


 俺は《陰》時魔法・時間逆行でダメージを受けた事実をなかったことにした。


「お前ももっと強くしてやるから、こっち来いよ」


「ぐ……戦いはまだ終わってはおらぬ……。一敗でもしたらお前は講師を辞めるんだぞ……!?」


「ま、――勝つさ」


「クッ……」


 フェルナンドは自力で立ち上がると、仲間から罵声を浴びせられながらルーザンチームのところへ帰っていった。


 素直になれないやつだな。


「さて、次だ。誰がいく?」


「はいっ、アストセンセ! あたし、いきたいっ!!」


【槍術(極)】のリースが手を上げた。迷いが吹っ切れ、本来の明るさが戻ってきたようだ。


「えへへ、アストセンセ、見ててね。誰が相手でもかっこよく勝ってみせるから」


「――頼むぞ、リース」


「うんっ!!」


「――あらあら。庶民が調子にのるのを見るのは実にイヤなものですわね」


 反対派からは、予想どおり【滅龍槍】のエリザベートが前に出てきた。


「同じ槍使いでも、わたくしと貴方では格が違いますの。リースさん、貴方の出身は農村でしたわね。あなたの槍は肥溜こえだめでもかき混ぜるのに使ったらいかがかしら? ご両親と一緒にね」


「……なんて言ったの?」


「聞こえませんでしたか? 貴方は下賎げせんなご両親と肥溜めをかき混ぜているのがお似合いなのではないかしら、と言いましたのよ。漁村生まれの先生と騎士ごっこに興じるのはおやめなさい」


 リースは木の槍を持つ手をプルプルと震わせた。


「あたしはまだいい……、だけど、パパとママ、アストセンセをばかにしたことは許せないっ!」


「あらあら、身分の差をわきまえてくださいまし。わたくしたちに謁見えっけんできたことを一生の記念とするくらいでよろしいのですわ」


 まったく……。

 俺はふたりの間に入る。


「リース、あとは実戦で成果を見せろ。相手のペースにのせられるな」


「アストセンセ……。でも……」


「無能な犬ほどよく吠えるというだろう? 生まれがどうであれ、俺たちのように精神が気高いものは人々を導く必要がある。相手の理解能力が低くてもな。それが本当の強者の義務ノブレス・オブリージュだ」


「うん……わかった。ありがとうアストセンセ。ワンちゃんをしつけてくるね」


「ああ、いってこい!」


 俺はリースの頭をポンと叩き、戦いに送り出した。


 エリザベートは憤怒の表情を浮かべ、木製の槍をリースに突きつけた。


「ハァ!? 誰がイヌだ、この排泄物がァァァ! ブチ殺してやるッッ!!」


 エリザベートはすでに言葉遣いから乱れていた。煽り耐性ゼロなんだな。


「わわ、怖い。ホントだ、アストセンセの言うとおり、しつけが必要なんだ」


「アアンッッ!?」


 ふたりが定位置についたので、俺は手を上げて宣言する。


「では、いくぞ。第2戦スタートだっ!」


「アアアアッッッ!!」


 開始と同時にエリザベートはリースに突っ込んできた。


「わわ、どうしてこっち来るの……?」


「死ねぇぇぇぇ!! 肥溜め女ァァァ!!」


 エリザベートの槍がリースに向けて激しく放たれる。


 しかし。


 リースは初撃をカン!と弾き飛ばした。


「な、なにぃぃぃ!? 肥溜め女がァァァ!?」


「だから、なんでこっちに来るの……? 近距離戦は不利なのに……」


「な、なめんなァァァ!!」


 カン! カン! カァァァンッ!!


 リースは相手の攻撃をやすやすとさばききった。


 俺が教えたとおり、近距離戦ならリースに分がある。


「クソ、クソ!!」


 エリザベートの猛攻を防ぎきると、リースは槍を一回転させた。


「肥溜めがァァァ!!」


「やぁっ!!」


「っ!!」


 カァン!という音とともに、エリザベートの槍が横に弾かれる。


 そして。


「ヒッ、ヒィィィ……」


 ――リースはエリザベートの眼前に槍を突きつけた。エリザベートは動くことができず、固まっている。


「うーむ……」


 完勝ではあるが、俺は悩んでいた。


 それはリースも同じのようだった。


「アストセンセ……」


 不完全燃焼といった顔でこちらを見ている。俺のクビがかかっているから遠慮しているんだろう。


 まったく、素直に言えばいいものを。


「リース、今のままでは勝ちを認めん。距離をとって再戦しろ」


「う、うんっ! ありがとう、センセ!」


リースは嬉しそうに笑って、訓練所の奥に駆けていった。


「バ、バカなんですか、ご主人さまっ!?」


 おお、ミミコのこのセリフも久しぶりに聞いたな。


「せっかくお客さんが来ているんだ。リースの力を十分に見せてやったほうがいい」


 リースはエリザベートから10メートルほど距離をとると、大声で言った。


「エリザベートさん、今度は本気でやっていいよー。あたし、負けないから」


「こ、肥溜め女が……後悔するなァァァ!!」


 エリザベートは遠距離で槍をかまえ、闘気を槍先やりさきに集中させた。


「【滅龍槍】奥義・双龍の舞ッ!」


 エリザベートの槍からは、細長い龍を模したオーラが2連続で放たれた。


「これは自動追跡のオーラ攻撃! 喰われろ、肥溜め女ァァァァ!!」


 左右からリースに攻撃がせまる。


 しかし。


「――なぁんだ、アストセンセの張り手の方が速いじゃん」


 リースは槍を地面に突き刺し、空中にジャンプした。2匹の龍はぶつかり合って消滅する。


「え――」


 リースは一気にエリザベートまで駆け寄り、槍を突いた。


「必殺・七連槍っ!!」


 ダダタダダダダッッ!!


「ギ、ギャアアアアアッッッ!」


 目にもとまらぬスピードで槍が7回突き出され、エリザベートは背後に倒れた。


「う、う……」


 リースはエリザベートを見下ろし、言った。


「エリザベートさん、ありがとうございましたっ! あのさ、あたしの最後の攻撃は、ただのツボ押しだから。リラックスのツボとか、デトックスのツボとか押しただけだから、少ししたら動けるようになるし、カラダももっと元気になるよっ」


「うむ……」


 敵への配慮まで……、見事だな。


 俺はうなずき、リースの腕を空にあげた。


「第2戦、リースの勝利だっ!!」


 キャアアア!と歓声があがる。


 ギルドマスターやスカウトにも高評価だったようだ。


「……見事な騎士道精神だ。プラス55点だ」


「新人冒険者の槍指導もできそうだな……。プラス60点だ」


 よかった、よかった。


 エリザベートを見ると、倒れたまま何かをつぶやいている。


「からだが動かない……これがリラックス……? じゃ、じゃあ、デトックスは……?」


 そのとき、グルルルルルッ!と大きな音が鳴った。エリザベートのお腹から聞こえたような気がする。


「ハッ…………」


 エリザベートは冷や汗をかきながら、青い顔をしている。


「リ、リースさん、その、ご不浄に……」


「なぁに、エリザベートさん? 何か言った?」


「ご不浄に……」


「ゴフジョー? なぁに、それ? あたし田舎者だからわからないのかも……」


「ハ、ハウッッッ!」


 そのとき、再度グルルルと音がした。


「アストセンセー、ゴフジョーって何ー?」


「それはだな……」


 たぶんリースは本当に知らないのだろう。俺が教えようとすると、その前にエリザベートが叫んだ。


「う○こしたいからトイレに連れてけって言ってるのォォォォォ……!」


 エリザベートはリースに肩を借りながら内股で校舎の方に消えていった。少し泣いていたように思えるが、ま、かわいいリースを肥溜め女あつかいした罰なんだろうな。


 これで2勝だ。


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