第23話 【持たざる者】、迷える生徒を導く

 俺たちは2学年の訓練所に場所を移した。


 自主トレを命じたのに、反対派の生徒は誰も見えない。


 見えないように努力しているのか、あるいは単にサボっているのか。たぶん後者だろうな。


「アストセンセ……」


【槍術(極)】のリースが小声で話しかけてきた。水色のショートヘアが特徴的な、本来は活発な女子である。


「やっぱりさ、向こうのメンバーに勝てる気がしないんだよね……。【滅龍槍】のエリザベートさんとか、完全にあたしの上位種でしょ……」


 上位種とは、オークとハイオークのように、同じ種族でありながら、より強力な個体のことを言う。


 リースはエリザベートにありとあらゆる点で劣っていると思い込んでいるのだろう。


【斧使い(極)】のロビンも申し訳なさそうに言う。


「ぼくも【暴風斧】のフェルナンドくんに勝てるイメージが持てないよ……。勝てるなら勝ちたいけど……」


「まったく、お前たちは……」


 ――【持たざる者】のスキルを発現してから、俺の思考方法には変化が起きていた。


 余計な偏見を【持たざる】というか、現実をありのままに見られるというか。


 スキルの効果なのか、ただ度胸がついただけなのかはわからない。


 その冷静な目からすれば、これだけは断言できる。


「――レアスキル持ちの奴らより、お前らが勝っている点は山のようにあるぞ」


「え……?」


「アストセンセ、ほんと……?」


 リースはすがるような目で俺を見た。


「ああ。自信を持ってくれ。お前らは優秀な生徒だ」


「ほんとに、ほんと? 信じちゃうよ……?」


「ああ、説明してやる。まずはリースから。


 エリザベートの【滅龍槍】はドラゴンを模したオーラ攻撃を飛ばせるほか、近接戦闘もこなせ、さらにはすべての攻撃にドラゴン特攻がつくというスキルだ。


 それに対し、リースの【槍術(極)】は槍のあつかいが非常にうまくなるスキル」


「うう、差がすごい……。あたしダメじゃん……」


「いや、槍の単純な打ち合いに限れば、お前のほうが確実に上だ。近づけば間違いなく勝てる」


「そ、そうなのかなぁ……」


「それに、社会的な価値は確実にお前の方が上だ。これは【斧使い(極)】のロビンや【剣術(極)】のジェイクにも当てはまる」


「ど、どうしてですかっ!? あたしたち、普通の人でもできることが、少し上手にできるだけですよっ!?」


「――そこがいいんだよ。お前たちのスキルは【槍術(強)、(弱)】といった通常スキルの延長線上にある。だからこそ、普通の人々の悩みがわかるし指導もできる。言い換えると、お前たちは普通の人々を戦士に引き上げる才能があるんだ。どこの城でも欲しがる人材だ」


「そ、そんな考え方があったなんて……」


「アスト先生……すごい……」


「アスト先生っ、ぼくにも価値があるの……!?」


「もちろんだ。思い上がったレアスキル持ちよりお前らの方が社会から必要とされる。それに、レアスキル相手でも戦術を間違えなければ勝てる。断言する」


「レアスキルのほうが、無条件で上じゃないの……?」


「要は適材適所だ。ドラゴン殺しの英雄になりたければ【滅龍槍】の方が有利だが、単純な槍勝負や一般兵士の指導においては【槍術(極)】が優れている」


 そう言うと、リースはしくしくと泣き出した。


「あ、あたし、ずっとつらかった……。セイファードに入ったけど、スキルは学園じゃありふれたもので、レアスキルじゃなくて……。エリザベートさんがふたりいれば、あたしはいらない子だと思ってた……。そうじゃないんだよね……?」


「もちろんだ。勝負も当然俺たちが全勝する。俺についてきてくれ」


 俺はリースの頭に手をおいてなぐさめてやる。


「アストセンセ……スキになっちゃう……」


 リースは涙声でつぶやいた。最後はぶつぶつ言ってたのでよく聞こえなかったけど。


 俺は【斧使い(極)】のロビンにも教えてやる。


「【暴風斧】相手だってそうだ。【暴風斧】は斧の一振りで風を生み出し、集団を吹き飛ばすスキル。これは対軍戦闘では強力だが、個人戦であれば対処は可能だ。まわりの仲間を気にする必要がないからな」


「ど、どういうこと? アスト先生……」


「武器で風を斬り裂けばいい。それができれば、あとは近づいて倒すだけだ」


「風を斬る……そんなことが可能なの?」


「可能だ。ロビンならできる。なんたって、【斧使い】の最上位「極」だからな。俺の言うとおり特訓すればいい」


「う、うんっ!! ありがとう、アスト先生っ! ぼく、なんだかやる気が出てきた!」


「さすが、オリヴィアが尊敬するアストくんだね。ね、聞いてもいーい?」


【剣闘士】のアニーは、両手を後ろで組んで俺に問いかけた。赤毛をポニーテールで後ろにまとめている、強気な女子だ。


「なんだ? あと、ここでは俺のことは先生と呼んでもらおうか」


「へへ、わかったよ、センセ。で、あのさ、アタシもルーザン君たちと戦わないとダメかな?」


「戦いたくないのか?」


「うん、あんまりワクワクしないからさ。アタシの今の目標はオリヴィアさんに勝つことだから。てか、相手は4人で、こっちは5人でしょ? マッチアップの案、ある?」


「そうだな……」


 せっかくだから、同系列の能力で戦ったほうが負けた方も勉強になるだろう。



「こんな感じか?


【暴風斧】のフェルナンド 対 【斧使い(極)】のロビン、


【滅龍槍】のエリザベート 対 【槍術(極)】のリース、


【神速】のミシェル 対 【心眼】のメイ、


【魔法剣士(双剣)】のルーザン 対 【剣術(極)】のジェイク、


 そして、枠外で、


 2学年トップ・3スキルのオリヴィア 対 【剣闘士】のアニー、


 どうだ?」



「へへ、アタシはオッケーだよ? センセ、本当にアタシ抜きでいい? この布陣で全勝できる?」


「無論だ」


「へへ、言ったね、センセ。すごくカッコいいよ!」


 あいつらは俺たちを見下しているからな。マッチアップについても喜々として受け入れるだろう。


 まあ、そうじゃなくても勝てるようにはきたえてやるがな。


「メイ、意見はあるか?」


 黙っていた【心眼】のメイに話しかける。茶色い髪を右サイドでちょこんとしばっている、リスみたいな印象の女子だ。


「【神速】は【心眼】で追えても、身体からだで反応できるかわからないです……。ご指南をお願いできますか……?」


「もちろんだ。見えてればなんとかなるのが【心眼】だ。場数を踏めば大丈夫だよ」


「は、はいっ……! 頼もしいおことば、うれしいです……!」


「さあ、みんな伝説の武器を持ってくれ。さっそく特訓だ!」


「はいっ!!!」


 ――残るは一週間。


 俺たちは打倒レアスキル勢に向けて、特訓を開始した。


 俺は、スキル【暴風斧】をで再現したり、スキル【滅龍槍】のオーラ攻撃を張り手で再現したりして、生徒に対スキル戦のトレーニングを行った。


 さらには、俺は素手、生徒は伝説の武器を持って模擬戦を繰り返した。


 そして、ときはあっという間に過ぎ、模擬戦の日となった。

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