第22話 【持たざる者】、教壇に立つ

「――新任のアストだ。しばらく、臨時講師として2年武芸クラスを受け持つことになった。しばらくよろしくな」


「キャアアアーッ!! 有名人のアストくんじゃん!! なんで、なんで帰ってきたのっ!?」


「サインしてよっ!!」


「超Sランクモンスターってどんな感じなんだっ!? オレもいつか討伐したいんだよ」


 セイファード学園新2年生26名(うち1名は留年)。


 そのうち、9名が武芸クラス所属生徒。


 俺は武芸クラスの生徒からおおむね好意的に受け入れてもらえた。


 一部の生徒を除いて、だが。


「チッ……ボクは認めないぞ。てめーみたいなスキル無しが、ボクたちエリートを指導するなんてできるわけがないんだ!」


「ええ、ええ。それに、漁村の出でいらっしゃいましたよね。少し不安ですわね」


「えー、なに言ってんの? アスト先生はオリヴィアさんを助けてくれたんだよ? かっこいいじゃん。誰かのおにーさんは見捨てちゃったみたいだけど」


「ア、アニー! ボクにケンカを売っているのかッ!?」


「先生にケンカを売ってたのは、ルーザンくんだと思うけど?」


「そうよ、そうよ! サイテー!」


「くっ……」


「はいはい、静かにしてくれ。いろいろ思うところがあるやつもいるだろうが、俺も教師として呼ばれた身。ここでは先生として扱ってくれ。必ずみんなを今よりも強くしてやる」


「はーいっ」


「チッ……」


 なるほど。クラス内でも意見の相違があるようだ。


 まとめると、次のような感じだな。



 ★反対派

【魔法剣士(双剣)】のルーザン(男)

【滅龍槍】のエリザベート(女)

【暴風斧】のフェルナンド(男)

【神速】のミシェル(男)


 ★賛成派

【剣闘士】のアニー(女・オリヴィアの友達)

【剣術(極)】のジェイク(男)

【槍術(極)】のリース(女)

【斧使い(極)】のロビン(男)

【心眼】のメイ(女)



 はからずも、名家出身と庶民出身にわかれてしまっているようだ。


 スキルの傾向も、反対派の方がレアスキルが多い。


 俺はかまわず全体に話しかける。


「セイファード2年は個人技を伸ばす時期だと聞いている。まずは実戦形式の訓練で、各自スキルを使いこなせるようになってほしい」


「はーいっ」


「チッ……、スキルを持ってんだか持ってないんだか分かんねぇやつにボクたちを教えられるのかねぇ……」


「ええ、ええ。なげかわしいことです」


 いちいち茶々を入れてくる。


「ご主人さま……」


 いっちょ前にメガネをかけたミミコも俺を心配しているようだ。


「うーむ……」


 反対派を力でねじ伏せることは簡単なんだが、それをすると暴力教師になるからな。なかなか難儀な仕事を引き受けてしまったな。


「ボクたちはエリートだぞ。最低でもセイファード卒業生じゃなきゃ先生はヤダね」


「……そもそも我らに指導は不要。レアスキルを授かった時点で勝利は確定している」


「ザコスキルの庶民ごとき、いつでも蹴散らせちゃうのサ。下級王国民たちはセコセコ頑張ったらいいんじゃナイかな?」


「ふぅ……」


 まったく、どうしてどいつもこいつも増長するんだ。


 セイファード学園が世間でエリート校と言われていることの弊害なんだろう。


 ただの冒険者だったら、こういうアホどもはほっとけばいいのだが、教育者となった以上、全員を導かないといけない。


 つらいところだな。


「アスト、お前に教えてもらうことなんてなにもないのさ。ボクたちの好きにやらせてくれよ。くだらない指導なんて勘弁してくれ」


「そうか……」


 俺はルーザンをまっすぐに見据え、言った。


「――お前たちの言い分はわかった。じゃあ、本当にそのやり方で成長できるのか、模擬戦で確かめようじゃないか?」


「模擬戦だってぇ?」


 ルーザンはバカにしたように言う。


「ああ、そうだ。一週間後、俺の指導を受けた生徒のチームと、自主トレをした生徒のチームで勝負をしよう。俺に不満があるやつは自主トレチームに入ってくれ」


「まあ、いいけどさぁ、お前が負けたら学園をやめろよ。はは、2回目の学園追放なんて笑えるじゃん」


【魔法剣士(双剣)】のルーザンは俺を挑発した。


「ええ、ええ。田舎の漁村にお帰りくださいな」


【滅龍槍】のエリザベートも同調する。


 こいつらは前からこうだったな。出自で人間を差別してばかり。そこにスキル差別が加わったから、救いようがない状態だ。


 でも、俺はこいつらも育てなくちゃいけないんだ。先生だからな。


 そして、先生も本気にならなきゃ、生徒も本気にならない。


「――まあ、いいだろう。俺が負けたら学園をやめよう。約束する」


「ご、ご主人さまっ、それは……」


「ハハ、ボクに勝てるわけないじゃん。アストはやっぱりバカだね」


「……いさぎよし。しかして、勝負の形式は? 勝ち星の数を競えばいいのか?」


【暴風斧】のフェルナンドは俺に問いかける。


「下級王国民に勝ち星なんてあると思う? ひとつ拾えるだけでもキセキじゃないカナ?」


【神速】のミシェルは、ヘラヘラと笑いながら言った。


「で、どうなんだよ? 1週間かぎりのアストセンセ?」


「はぁ……」


 まったく、どうしようもない4人だな。


「――1勝だ」


「は……?」


「お前らのうち、誰かひとりでも勝てたら、お前らの勝ちでいい。俺は学園を辞める」


「バ、バカなんですか、ご主人さまっ! あたし、メガネ買ったばかりなんですけどっ!!」


「問題ない。ただ、ダテメガネはアホらしいからやめてほしい」


 ルーザンは怒りのあまり声を震わせて言った。


「ふ、ふんっ! 自分で言ったんだからな。後悔してもおせぇぞ! 田舎者っ!!」


「ええ、ええ。わたくしたちを軽く見られては困りますわ。お国でおさかな釣りの先生でもなさったらいかがかしら?」


 そのまま反対派の4人は教室を出ていった。


 教室はしんと静まりかえる。


「ま、いい教育機会だな。アンバーみたいになる前に矯正きょうせいしてやらないといけないからな」


「ご主人さまっ! なんて約束をするんですかっ!? 本当に勝てるんですかっ!? ミミコの計算では、勝率1パーセントですよっ!! あたしの計算はくるいませんよっ!!」


「メガネをかけたからと言ってデータキャラぶるな。小物臭がすごいぞ」


 そんな話をしていると、残った生徒たちがおずおずと近づいてきた。


「ごめん、アスト先生……」


「どうして謝るんだ?」


「残ったオレたち……強スキルとは言え、あいつらのスキルよりも格が落ちるよ。オレたちは勝てないよ。……どうしてもひっくり返せない、生まれつきの差があるから……」


「アニーの剣闘士くらいかも。あのひとたちと渡り合えるのは……」


「アストセンセの経歴にキズをつけちゃうね……。ゴメンね」


「がんばろうとは思うんだけど……」


「まったく……そう卑屈になるな」


 俺は生徒たちを見渡して言った。


「――スキルや個性に貴賤きせんはなく、使う場所と使い方次第では誰もが活躍しうる。それが、一度この学園を追放された俺の教育哲学だ。絶対にお前らを勝たせてみせる」


「でも、どうやって……」


「ミミコ、準備したものをぜんぶ出してくれ」


「あ――は、はいっ!」


 ミミコが頭のアイテムボックスから棒状のものを次々に出す。そのたびに生徒からは驚きの声が上がった。


 神剣ラグナロク、神槍グングニル、雷鎚トールハンマー、神刀クサナギ、世界樹の杖、アステリオスの斧……。


 それは、セイファード就任直前に、再度「持たざる者の迷宮」に入って持ち出した、メルキオールコレクション――伝説の武器の数々である。


「教育といえば、やはり一流のものに触れさせることが大切だ。伝説の武器は過去の達人たちが使っていただけあって、達人のクセに合わせて重量バランスなどが最適化されている。言い換えれば、伝説の武器の使用感を掴めば、達人の動きに近づけるということだ」


 俺は残ってくれた生徒5人に宣言した。


「――さぁ、実戦形式で訓練といこうか。最高の武器を使ってな」

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