第21話 【持たざる者】、セイファードに招かれる

「い、いやだ……、私は悪くないッ!!」


 教師のバイドは走って、その場から逃げ去ろうとした。


「バカものッ!! 【封印魔法】ジェイルロックッ!!」


 学長が手をかざすと、光の玉がバイドの足に向かって飛んでいった。


「うげぇっ!!」


 バイドは足を光のくさりで拘束され、顔面から地面に倒れこんだ。


「殺人教唆きょうさに業務上横領……。おぬしは本物の裁判を受けることになりそうだな」


「う、あぁぁぁぁ……しくしく……。もうおしまいだぁぁ……。しくしく、うぇっ、うぇっ……」


 教師は情けなく泣き始めた。まったく、これで名門セイファードの教師をしていたというのだから、恥ずかしいものだ。


 学長は俺のそばに来て、頭を深く下げた。


「すまなかった、アストくん。迷惑をかけたね。オリヴィアもきみが守ってくれたのかね」


「まあな。だが、さっきも言ったとおり、超Sランクモンスターを倒したのは、ここにいるオリヴィアとミミコがメインだ。俺はちょっと助言をしただけだ」


「助言をしただけ、か……。ふむ……、わかった。オリヴィアくんの学園カードには超Sランクモンスターを倒したという実績を記載しよう。これで冒険者になるにしても、王国騎士団を目指すにしても、プラスの材料となるはずだ」


「あ、ありがとうございますっ!」


「そして、宝箱のお嬢さん……ミミコさんというのかね。きみの冒険者ランクは何だい?」


「え、Fランクです……。本当はDランクだったんですけど手違いで資格が抹消されてしまって……。しくしく、です……」


「ふぅむ……わかった。セイファードのギルドマスターは知り合いじゃ。ミミコくんにはCランク以上の実力が間違いなくあると伝え、昇格をうながそうではないか」


「え……、本当ですかっ!? やったーっ!! 飛び級昇格だあぁぁ!!」


「よかったな、ミミコ」


 ……本来のDからCへの昇格であれば、飛び級でも何でもないとは思ったが、口には出さないことにした。ミミコはよろこんでいるし、Bランク以上への昇格の可能性もあるからな。


「ご主人さま、ありがとうございますっ!! ご主人さまに会えなければ、こんな幸せなことはありませんでしたっ!!」


「ア、アストくん! わたしも一緒だよ! アストくんと逢えなければ、死んでいたのかもしれなかったのに! 逆にこんなに良い結果になって! アストくん、ありがとうっ!」


「俺は大したことはしていない。お前らの頑張りが実を結んだのだろうさ」


「ご主人さま、あたし、涙が……」


「本当にすごいのはアストくんなのにっ……!」


「ふむ……。やはりこれしかないかの……」


 学長は指でアゴをさわりながら言った。


「……アストくん、恥をしのんで頼みたいことがある」


「なんだ? 学長には裁判ごっこで世話になったからな。できることなら協力するぞ」


 学長は地面に転がるバイドをチラリと見ると、言った。


「頼みごとと言うのは、ほかでもない、そこのバカものの後任のことだ。バカものをクビにせざるを得なくなったため、2年生の武芸クラス担任が不在となっている」


「ま、そうだな」


 こんなカスに教わらなくて済んで、武芸クラスは間違いなく幸せだろう。


「……しかし、セイファードは限られた時間で生徒を育て上げる義務がある。先生不在の時期はあってはならぬのだ」


「……頼みごとが何か、うすうすわかってきたぞ」


「さすがアストくん、頭の回転が速い。では、率直に言おう。


 ――このバカものの代わりを見つけるまで、アストくんには2年武芸クラスの臨時教師になってもらえないかね? このとおりだ」


 学長は俺に頭を下げる。


「え、ええー!? ご主人さまが先生ですかっ!?」


「そうだ。ミミコくんはティーチング・アシスタントととして雇わせてもらおう。アストくんとペアで働いてほしい」


「え、ええええええー!? あたしが名門校セイファード学園の先生になれるんですかっ!? うれしいぃ! ご主人さま、お願いします! あたし、やりたいです! メガネも買います!」


「お前は先生じゃなくてアシスタントだし、メガネが頭いいという発想自体がアホらしいぞ」


「ふ、ふぇぇ……、それでも憧れのセイファードなんですぅぅぅ……」


「うーむ……」


 俺に教師の適正があるとは言え、新2年生は俺の元同級生だからな。


 生徒側も複雑な気持ちになるんじゃないか。


 デリケートな年頃だし、気軽に引き受けるものでもないのかもしれないな。


「せっかくのお誘いだが、やはり……」


 断りかけたところ、横からオリヴィアが割り込んできた。


「わ、わたし、アストくんに先生になってほしい! だって、真実の迷宮でわたしに戦い方を教えてくれたとき、とても上手だった! わたしは魔法クラスだけど、もぐりで武芸クラスにいきたいくらいだもの!」


「オリヴィア……」


 後ろから、留年組の声も聞こえてくる。


「ウォォォォォン……、まっとうな人間になりたいぃぃぃ」


「上級王国民へのみちはけわしいよぉぉぉぉ……」


「お前ら……、まさか俺の教育の成果を学長に示してくれているのか……?」


「ウォォォォン……」


「ぶぇぇぇぇぇぇん……」


「どうだ、アストくん。新2学年トップのオリヴィアが認めており、旧2、3学年トップのふたりもおぬしの教育に感激を受けておる……。頼むっ、引き受けてくれっ!!」


 学長は深く頭を下げ、ピクリとも動かない。


「ふぅ……、ここまで求められているとはな……」


 学長が俺に頭を下げるのも3度目だ。


 元騎士団長でもあった男にここまで頼まれて断るのも、男気がないというものだろう。


 それに、そこに転がっている元教師に引導を渡したのは俺だ。自業自得とはいえ、やはり俺にも責任の一端はあるのだろう。


「――わかった、引き受けよう。後任が見つかるまで臨時教師をさせてもらう」


「やったーっ、ご主人さま、あたし嬉しいですぅぅ!!」


「……また学園でも大好きなアストくんと一緒にいられる……しあわせ……」


 ミミコは大騒ぎし、オリヴィアはポツリと何かをつぶやいた。


「おお、引き受けてくれるか。SSランク冒険者としての活動もしたいだろうに、すまぬ。誠に感謝する」


「学長、大丈夫だ。そこの教師がクビになるのが当然のクズだったとしても、最後のひと押しは俺がしてしまった。その責任を果たす義務がある」


「アストくん……、おぬしの精神、まさに王国騎士団にふさわしいのかもしれぬ……」


「買いかぶり過ぎだ。俺はただの冒険者にすぎないんだからな」


 大陸にたったひとりしかいないSSランク冒険者ではあるのだが、たいしたことではないだろう。


「――恩に着る。では、セイファードに戻りましょうか。新任のアスト先生」


「アストくん、あ、もう先生って呼ばなくちゃいけないのかな……? アストくん先生、これからもよろしくねっ!」


 オリヴィアはにこやかな笑顔で言った。


「ご主人さま先生、あたしもよろしくお願いしますっ! ところでメガネ屋さんはご存知でしょうか……?」


 ミミコはニヤけながら言った。

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