第18話 【持たざる者】、わからせてあげる②

「ウォォォォォン……」


 アンバーは泣き崩れたまま動かない。


「ま、気を落とすな。一生王国騎士団には入れないだろうし、仲間を見捨てたことがあるって悪評はつきまとうだろうけどさ、頑張っていればいつかみんなに見直してもらえるって。なんてったって、セイファード学園の首席だもんな!」


「ウオォォォン……、つらいよォォ……」


「な、なにやってんだよッ! クソザコセンパイ! わたくしの、わたくしのカードはッ!?」


 ふぅ……、あいつもまだ元気だな。疲れるが、学園がサボってる教育を俺がしなくてはならないからな。


 俺は学園カードだった砂を握りしめ、レジーナの前に移動した。


「ほら、返すよ。学園カード。あっちのセンパイが不甲斐ふがいないから砂になっちゃったけどさ、もう問題ないよな? だって、お前も王国騎士団に入るのは不可能なんだからさ」


 俺の手からはサラサラと砂が落ちていく。


「キ、キィィィィィ! そ、そんなことない! わたくしは誰も見捨ててない! そのグズ女を見捨ててなんていない! まだわたくしにはチャンスがあるはずよ! あんたがデマを言いふらさなければ!」


「はぁ……、デマじゃないし、事実を公表するのはアンバー先輩との男同士の約束だからなぁ……。もうどうしようもないよ」


「ふ、ふざけんなぁ! 言うな! 言うなよ!」


「うーむ……」


 やっぱり言葉だけじゃわかってくれないのか。まだまだ俺も未熟だなぁ。


 でも、無理矢理にわからせるのもよくない。やはり教育には自主的な気づきが大切だからな。


「オリヴィア、来てくれ」


「は、はいっ」


「ちょっとさ、レジーナ先輩に幻影魔法をかけてくれるかな」


「幻影魔法?」


「そうだ。レジーナ先輩が考えるような、幸せな結末を見せる魔法、できるか?」


「うん、できるけど……。いいの?」


「ああ、頼む」


「おいおい、何グジグジ話してんだよッ!! とりあえずわたくしを罠から出しなさいよッ!!」


 オリヴィアはレジーナ先輩の近くにきて、魔法を発動した。


「失礼します。幻影魔法・スイートドリーム発動」


「何をする……、あ……」


 レジーナ先輩は幻影魔法の直撃をくらい、うつろな目でニヤニヤ笑い、ぶつぶつ何かを言い始めた。



「うふふ、わたくし、レジーナ……。セイファード学園を主席で卒業して、王国騎士団に入ったの……。


 わたくしが上級王国民になるのは当然よね。だって、こんなに優れた人間なんだから……。


 でも、【鉄壁】のスキルのせいカナ、わたくしってば、素敵なオトコノコからのお誘いがないの。スキがないと思われて、敬遠されてるのかナァ……。


 え!? うそ!?


 騎士団の先輩にこんなイケメンが!? しかも、わたくしのこと、好きですって……!?


 ええ、ほかの皆もわたくしのことが好きなのっ!? ブサイクどもは迷惑だけど、イケメンエリートのみんなもっ……!?


 いつも人を守ってばかりだった【鉄壁】のわたくしだけど、今日ばかりはガードを下げちゃおうカナ……。


 底辺のグズたち、うらやめ! これが上級王国民の恋だゾ……!


 騎士団に入れてよかったぁ……!!」



 レジーナはよだれを垂らして笑っている。


「アストくん、これでいいの……?」


「ああ、レジーナ本人に気づいてもらおう。どちらの未来が現実的か」


「えへ、えへ、げへへへ……、ブサイクは帰っていいよぉ……?」


「まったく幸せなやつだ。さて……そろそろ現実に戻ってもらうか」


 俺は《陰》幻影魔法・現実直視をレジーナにかける。


 すべての幻想を【持たざる】ようにし、ありのままの事実を認識させる魔法だ。


 ピィィィィィィ……、と透明な波動がレジーナに当たる。


「うぇへへへへ……、騎士様……。――はっ! あ、あれ、ここはどこ……。あ! あ、あああああ!!」


「効いたようだな」


 さて、甘い夢と現実、どちらを信じるのかな、この人は。


「ちゃんと気づきは口に出してくれよ。その方が早く成長できるからな」


「あ、あああ……! い、言わなきゃいけないの……」


「そうだ、それが大切なんだ。さあ、がんばれ」


 レジーナは床に這いつくばりながら、ぽつぽつと話し始めた。


「わたくし、わたくしは……オリヴィアを見捨てて逃げましたっ!!


 そして、それをアスト様に見られました……アスト様は事実を公表するつもりです……っ!


 わたくしが……わたくしが王国騎士団に入れることは一生ありませんっ!!


 う、う、ぶぇぇぇぇぇん……っ!!


 わ、わたくしが最低の人間だから、こんな結末になってしまったのですっ!!


 わたくしは『仲間を見捨てた防御役タンク』という、最悪の評判を得ることが確定していますっ!!


 イケメンの騎士からも愛されることは、もうない……ないでしょうっ!


 上級王国民には、なれませんっ……!


 うう、いつもみんなから好かれるのはオリヴィアのような子なんです……。


 わたくしは、オリヴィアに嫉妬して、いびってしまいました……。


 わたくしは、最低です……。


 わたくしは、王国騎士団には入れない……。


 イケメンの騎士からも愛されない……。


 上級王国民にはなれない……。


 ぶぇぇぇぇぇぇん、夢と現実が離れていくぅぅぅぅ!! わたくしもイケメンの騎士に愛されたいよぉぉぉぉ!! だけど、ゲス女だから誰も好きになってくれないぃぃぃぃ!」


 おお、理想と現実の落差で真人間に戻れたようだな。


「やっと気づいてくれたか。俺はうれしいぞ。お前はゲス女だし、オリヴィアをいじめるような行動を改めないかぎりは誰にも好かれない。わかったな?」


「はいぃぃぃ! もうしませぇぇぇぇん!!」


「よし! これが成長だ! 覚えておけよ!」


 俺は《陰》重力魔法・浮遊でシビレ罠からレジーナを救い出した。


 レジーナは安全な床に着地するやいなや、うずくまって騒ぎだした。


「ぶぇぇぇぇん!! どうしてわたくしはぁぁぁぁ!」


「コラ! 人に助けてもらったらありがとうだろ! そういうところから直さないと、誰にも好かれないぞ!!」


「ご、ごめんなさぁぁぁいっ!! ありがとうございます、ありがとうございますぅぅっ!!」


「よし! その気持ちを忘れるな! さ、次にすることはなんだ! 謝る相手がいるんじゃないか!?」


「はいぃぃぃ! オリヴィア様、わたくしはあなたに嫉妬して嫌がらせばかりしてしまいましたぁぁぁ! お許しくださいぃぃぃ!」


「どうする、オリヴィア?」


「うーん……わたしのことはいいんだけど、アストくんのことをできそこないのハイエナって言ってたのは、許せないかな……?」


「ありがとな、オリヴィア。よし、レジーナ、どう思う?」


「ア、アスト様は天才ですぅぅ! 学年トップのわたくしや、アンバーでは足元にもおよびませぇぇぇんっっ!! 学園の生徒とは次元がちがいますぅぅぅ!」


 オリヴィアはそれを聞いて、満足そうな様子で言った。


「――わかってくれたのなら、いいかな」


「そうです! ご主人さまは天才なんです! もう一度言ってください」


「はいぃぃぃ! アスト様は天才っ! グズ女のわたくしでは勝てませんでしたぁぁ……」


 ……ずっと黙っていたのにミミコまで参戦してきたぞ。


 収集がつかなくなる前にまとめるか。


「よし! 反省したな! お前がオリヴィアを見捨てたことは取り返しがつかないから、王国騎士団への道は絶望的になったけどさ、お前はまだやり直せるよ! ちがう道を選んでもがんばれよ!」


「ぶ、ぶぇぇぇぇぇぇん……!」


「心を入れ替えれば、お前を好きになってくれるやつだって出てくるさ! 騎士とは接点がないから、つきあうのはムリだと思うけどな! 新しい道を歩き始めたお前の未来は明るいぞ!」

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