第17話 【持たざる者】、わからせてあげる①

 アンバーは剣を抜いて俺に向ける。


「剣つかうぞ? 事故があっても知らねェからな」


「はいはい、どうぞ」


「死ねェェェェェ! 暗黒剣ダークブレードッ!!」


 アンバーは最初から大技を撃ってきた。「死ねェ」って本気かよ。


 はぁ、こんなやつが騎士団に入ったらお終いだよなぁ。


「《陰》時魔法――時間逆行」


 俺はアンバーの肉体時間を2分前に戻した。シビレ罠にかかっていた頃だ。


「あばば……ッ」


 ゴツン!


 アンバーは顔面から地面に倒れた。


 セイファードの外野たちが騒ぐ。


「ハァ? 何コケてんだよ、センパイ!」


「しっかりしてくれ、アンバーくん! アストくんとの勝負に勝ってわたしの濡れ衣をはらしてくれ!」


「う、うるせェ! まだ調子が出ていないだけだ!」


 アンバーはふらふらと立ち上がり、黒いオーラをまとった剣を振りかぶる。


「今度こそ死ねェェッ!」


「今度は尻だけ時間逆行してみよう」


 俺は再度アンバーの尻をシビレ罠のときに戻した。


「ヒャウン!」


 アンバーは腰を前に突き出して、下半身から前に倒れた。


「あ、あ……」


「面白い倒れ方したな」


 アンバーは剣を持ったまま床でもだえている。


「何ふざけてんだよ! マヌケなセンパイ! わたくしの学園カードを取り返せよ!」


「う、うるせェ! な、なんか変なんだよッ! アガッ!」


 再度魔法で時間を戻して、シビレ罠を全身にかける。


「グ……グゥ……、な、なんで麻痺にかかるんだ……?」


 俺はアンバーのそばにしゃがみこんだ。


「あと2分だな。どうする? とりあえず俺とオリヴィアに謝ってくれないかな?」


「だ、誰がキサマらなんかに……」


 アンバーはふらふらと立ち上がり、剣を握りしめる。


「殺してやる、殺してやるッ!! 混沌剣ケイオスソードッ!!」


 アンバーの剣には黒いオーラが渦巻くようにまとわれた。


「これは触れただけで、猛毒、麻痺、混乱、封印、盲目の状態異常を引きおこす奥義だッ! キサマのようなクズがおがめただけでも感謝しろ!」


「おー、こわ」


「死んでから後悔しやがれェェェェ!」


 アンバーは剣を突き刺すように俺に突っ込んでくる。


「はぁ……」


 俺は《陰》時魔法で、アンバーの右腕だけ時間を逆行させ、シビレ罠状態にした。


「え、あれ……な、なんで……!」


 アンバーの足が止まる。


 少しずつ、麻痺の範囲を調整して、ケイオスソードの切っ先をアンバーのアゴのあたりに変えていく。


「な、なんで勝手に腕が動くんだよ……ッ!」


「そろそろ俺たちに謝る気になったか?」


 じわじわと剣先をアンバーに近づけていく。


「なんでッ! なんでッ! 俺の腕ちゃんと動いてッ! やだ、やだ、オレの剣怖いッ!」


 おお、自信過剰なだけあって、自分の技を何より恐れているのか。


「おい、クソザコ先輩! いい加減にしろよォォォ! わたくしの未来がかかってんだよォォォ」


「おい、アンバァァァァァ! スキルも使ってない相手に何してんだよぉぉ! 私の名誉がうしなわれるだろうがァァァァァ!」


 外野が騒いでいる。あいつらも俺が何をしてるのかわからないんだろうな。


「だ、だって、オレの身体 からだがおかしいんだよぉぉぉ……」


「とりあえず、謝ってくれ。な?」


「やだ、やだ、ケイオスソードは最強なんだ……。学園で1位なんだ……。こんなのくらったらァ……」


「はぁ……、俺の話を聞いてくれよ」


 さらに俺の魔法を強くすると、アンバーの腕はねじれ、自らの身体からだにケイオスソードを当てた。


「ウギャアアアアアアアア……!」


 アンバーはその場に倒れ込んだ。複合状態異常にかかり、ピクピク痙攣けいれんしている。


「このままほっといても終わりなんだろうが……」


 まだ謝ってもらってないからな。


「《陰》時魔法――時間逆行・回復」


 俺はアンバーの時間を、ケイオスソードをくらう直前まで戻してやる。これで状態異常は回復したはずだ。


「ハァッ……、ハァッ……」


「ひとの痛みがわかったか? 暴力は論外だが、悪口も言っちゃだめなんだからな?」


「か、回復……? ア、アスト……、まさか全部お前が……」


「さ、あと1分。がんばろうか。もう魔法は使わないでやるから、全力で来ていいぞ」


「あ、あ……」


 俺は右手の人差し指を伸ばして、剣を受ける準備をした。


「ほら、ザコ! 立ち上がれよォ! わたくしのカード拾ってこいぃ! 時間がないんだからなァ!」


「アンバー、君ならできる! がんばれ!」


「や、やだ……うわああああああ!」


 アンバーは剣を持って俺に突っ込んでくる。今度は魔法で邪魔はしない。


 振り下ろされた剣を、俺は指先一つで受け流した。


 カコン!


 迷宮の床に剣があたり、間抜けな音がする。


「オリヴィアの剣のほうが強そうだな。動きが単純すぎる」


「ア、ア、アアアアアッ!」


 アンバーは剣をむちゃくちゃに振り回す。俺はそのすべてを指先一本でさばききった。


「ほら、ちゃんと狙えよ」


「何やってる、アンバァァァァッ! ケイオスソードを使わんかッッ!! 殺してでも勝てェェ!」


 それが教師の言うことかよ、最低なやつだ。


「だ、だって、ケイオスソードは怖い……、怖いんだよぉぉぉ……。でも、でも、それより怖いのはあやつられることでぇぇぇ……」


 こいつの方は俺の教育の効果が出てきたようだな。


「あ、あ……当たらない……。剣が当たらないよぉぉぉ……」


 アンバーの太刀筋はだんだん弱くなってきている。もう諦めたのかな?


「ザコセンパイッ! 早くしろ!」


「――あと30秒かなぁ……」


「う、うわああああ!!」


 アンバーは剣を投げ捨て、その場に土下座した。


「ご、ごめんなさいぃぃぃ! 許してくださいぃぃぃぃ! わたしはザコでしたぁぁぁぁ! アスト様には勝てませぇぇぇん……」


 おお、やっとわかってくれたか。


「な、なにあきらめてんだよ、ザコセンパイ!」


 はぁ……。セイファード学園は戦いの教育にかたよりすぎてるんだよなぁ。だから、こういう少し強いだけでバカなやつが出てくるんだ。


 オリヴィアの言ったとおり、俺のほうが教えるのがうまいなら、ひと肌脱がなくちゃいけないのかもな。


「よし、よく謝れたな。えらいぞ、アンバー。だが、謝る相手がもうひとりいるんじゃないか?」


「は、はいぃぃぃ!」


 俺は褒めて伸ばす方針だからな。こうやって、生徒の気づきをうながすんだ。


「オ、オリヴィア様ッ!! わたしがザコなばかりにあなたをモンスターの前に置き去りにしてしまいましたぁぁ! お許しくださいぃぃ! また、連日にわたる暴言、たいへん失礼しましたぁぁぁ! わたしこそザコムシなのに、あなたを責めるようなことばかりぃぃ……」


 アンバーは何度も頭を床にこすりつける。


「どうする、オリヴィア?」


 オリヴィアは笑って。


「――もう気にしていないですから。頭を上げてください」


「優しいな、オリヴィアは」


 アンバーは土下座の角度を俺の方に変えた。


「アスト様っ、どうかお許しくださいぃぃぃ! 反省しましたぁぁぁぁぁ! もう二度と横暴はしませんっ! だから、わたしをお助けくださいぃぃぃぃっ!」


「うむ……」


 こいつは反省しているようだからな。


「よし、許してやる。これからはまっとうに生きるんだぞ」


「は、はいぃぃぃぃ! そ、それで、わたしの学園カードは……」


「カード?」


 後ろを見ると、俺の風化魔法で、レンガブロックともども砂になっていた。


「――3分経ってたみたいだな。約束だからな、仕方ない。お前たちのカードは砂になった、それがルールだったからな。もちろんオリヴィアを見捨てたことも公表するぞ」


「い、いま、許すって……」


「謝るのは当たり前で、ゲームはゲームだろ? 何言ってるんだ? まさかカード欲しさに反省したふりをしただけだったのか?」


「あ、あ……」


「まあ、もういい。お前らは一生王国騎士団には入れない。教師のやつはクビだろう。それが当たり前の結果だ。国にとってもそれが最善だろうな」


「ウ、ウオオオオオオオオオン…………」


 アンバーは土下座しながら、泣いた。

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