第12話 そのころ【セイファード学園】の様子

 学長室の机には、大陸ギルド新聞が広げられていた。その机をはさみ、二人の男が向かいあっている。


「この馬鹿者が!! このような優秀な生徒を退学処分にしただと!! 教育者としてはおろか、冒険者としての才覚も疑われるなッ!!」


「……申し訳ございません」


 叱責しっせきを受けている男の名は、バイド。セイファード学園2年生の武芸クラスの担任であり、アストに退学処分をくだした男である。


 学長はため息をつきながら、ぼやく。


「大陸唯一のSSランク冒険者に就任、か……。あのまま学園に所属させていたら、学園の名声をさらに高めることもできたであろうに……。退学させたとあっては、学園の信頼性にキズがつくだけだ……」


「し、しかし、スキルクリスタルの診断では確かにスキルは『持っていない』と……」


「だから馬鹿者だと言うのだ!! 現にアストくんはスキルを使っておるではないかッ!! スキルクリスタルは絶対に誤診をしないのか? 生徒の様子を見て感じるところはなかったのか? これ以上わしを失望させるなッ!! 貴様の目はふし穴なのかッ!!」


「は、はい……、おのれの不見識を恥じるばかりです……」


 バイドは握った手をふるわせながら、頭を下げた。


 学長は新聞をたたみ、放り投げた。


「で、どうするつもりだ?」


「ど、どうすると言いますと……?」


「アストくんを生徒として呼び戻すのは不可能だ。いまさらわしらがSSランク冒険者に何を教えられるというのか。アストくんを学園にむかえるとしたら、逆に講師として呼び戻すしかあるまい。おぬしが頭を下げるしかないぞ」


「わ、私が……ですか?」


「ほかに誰か適任者がいるのか? アストくんを追い出したおぬしが行くことに意味があるのだ」


「し、しかし……」


「聞けば、アストくんはSランク冒険者のグリンガル……彼もうちの卒業生だったな、彼を素手で圧倒したというではないか。武芸者として、おぬしより上かもしれんな」


「そ、そんなことはっ……!」


「まあ、アストくんはSSランク冒険者として出発したばかりだ。現実的には、講師に専念いただくのは難しいのかもしれぬな。クラス担任には引き続きおぬしが当たるとして……」


「はっ……おまかせくださいっ!」


「早まるでない! わしはおぬしの適性を疑っておるのだ。おぬしは何ができる? 学園の名誉を高めることはできるのか? 自分の失態を取り返すことはできるか?」


「ぐ、具体的には何を……?」


「馬鹿者ッ!! それを考えるのがおぬしの仕事だ!!」


 バイドは深く頭を下げながら、新聞に魔力印刷されたアストをにらみつけた。


「バイドよ……おぬしもSランク冒険者としての登録を持っているのだろう? わしは不可能なことは言っておらんよな? アストくんと学園の関係を修復する、学園の名誉を高める……これらがおぬしの仕事だ、わかるな?」


「はっ……」


 アスト――。


 こいつはスキルを【持っていなかった】はずだ。クリスタルは過去に間違えたことがない。


 ならば、この新聞の記事は誤報だ。あるいは意図的なデマだ。


 このガキは新聞社をだまして、売名しているのだ。


(無能のくせに許せない……。必ず真実をあばいてやる)


 ☆


(アストくん、やっぱりすごい人だったんだ)


 大陸ギルド新聞を見て、オリヴィアはついほほ笑んでしまう。


(SSランクの冒険者か……。わたしも人を見る目がある……ってことなのかな?)


 新聞をラックに戻し、図書室を後にする。


 図書室で魔法の勉強をした後は、武芸クラスの自主練習にも混ぜてもらっている。


 本来、魔法クラスの生徒が武芸クラスの生徒と真っ向から渡り合うのは不可能だ。


 だが、オリヴィアは、【聖魔法(真)】のほかに【細剣術(極)】、【幻影魔法】のスキルを持っている。


 この複合スキルのおかげで、オリヴィアではどのクラスでも通用する実力を持っているのだ。


 訓練所に入ると、さっそくひとりの女子がオリヴィアのところへ走ってきた。


「オリヴィアさん、今日も模擬戦お願いできるかな? 今日は本気でお願いしたいの」


「いいよぉ、スキル使っちゃっていいんだよね?」


「うんっ! よろしく!」


 相手の女の子は【剣闘士】スキル持ちだ。


 1対1の戦いでは、最強レベルのスキルである。剣のみではオリヴィアを上回っていた。


「今日こそオリヴィアさんに勝ってみせるよ!」


 カァン!


 激しく木刀がぶつかり合う。


「強いね、アニー」


「へへ、武芸クラス、なめないでよねっ!」


「じゃあ、わたしも魔法クラスにもどっちゃおうかなぁ」


 木剣を押し込む反動で距離をあける。


「聖なる光よ、球体となり敵を討て! ホーリーボール!」


 オリヴィアの左手からは、複数の光の玉が放たれ、アニーに飛んでいく。


「へへ、負けないよっ!」


 アニーは光の球を弾きながらオリヴィアの元にもぐりこむ。


「もらったっ!」


 アニーの木剣がオリヴィアを捉えたと思った瞬間、オリヴィアの姿がゆらりと消えていった。


「え、え……?」


 わけもわからないまま、頭をコツンと叩かれる。


「えへへ、一本だよぉ」


 オリヴィアはアニーの背後に回っていた。


「【幻影魔法】なの……!?」


「そうだよ。ごめんね、使っちゃったぁ」


「オリヴィア、強すぎるよ……」


「ううん、わたしなんて、アストくんから見れば弱いから……」


(アストくんの隣で冒険者をする夢、遠くなっちゃったなぁ……。せめてわたしはSランクにはならないと……)


 そんなことを考えていると。


「オリヴィア、オリヴィアはいるか? バイド先生が呼んでいるぞ!」


「はぁい!」


(なんだろう……? わたしは魔法クラスだから、武芸クラス担任のバイド先生からお話があるなんてめずらしいな)


 ☆


 オリヴィアが大教室に入ると、見たことがある生徒が集められていた。


 武芸クラス3年主席、【暗黒剣士】のアンバー。退学の日にアストにごろつきを差し向けたルーザンの兄である。


 支援クラス2年主席、【鉄壁】のレジーナ。盾使いであり、上級防御魔法も使いこなす女子生徒。


「よく来た、魔法クラス1年主席、【聖魔法(真)】のオリヴィア。一番前の席に座ってくれ」


「はい……」


 うながされるまま、席に座る。


 武芸クラス2年担任、攻撃も回復もこなす【パラディン】のバイド先生は言う。


「よく来た、学園の精鋭たちよ。今回、学園ではトップ層のさらなる育成のため、新たなプログラムを導入することにした」


「新たなプログラムゥ? まためんどくせェやつじゃねェよなァ。ザコに付き合うのは面倒なんだよ」


 武芸クラス3年アンバーは言う。


「同感です。わたくしが守る価値のある人間は少ないですから」


 支援クラス2年レジーナも続く。


「まあ、そういうな。今回のプログラムはふだん力がふるえないお前たちのものだ」


「と、言いますと……」


 おずおずとオリヴィアが聞く。


 バイド先生はニヤリと笑い、言った。


「ここにいるメンバーで難関ダンジョン探索演習を行う。行き先はS級ダンジョン、真実の迷宮だ」


「真実の迷宮……? 古代の地下裁判所あとと言われる、あのダンジョンですか……?」


 オリヴィアの胸に不安がよぎる。たしか自律駆動の鎧騎士よろいきしばかりのダンジョンだったはずだ。


 バイド先生は言う。


「目標物は『真理の振り子』。文献によれば、過去に罪人の嘘をあばくために使われていた古代の遺物アーティファクトが最深部にあるはずだ」


「アーティファクト……」


 いわゆる、最上位のレアアイテムである。


「ここは難易度のわりに金目の財宝が少ないため、前人未到のダンジョンとなっている。学生のうちに未開のダンジョンクリア実績があれば、王宮へのアピールにもなるだろう。これは君たちがさらに上を狙うために必要なことなのだ!!」


 バイドは熱く黒板を叩いた。


「ふ、ふん、いいじゃねェか!」


 生徒たちも乗り気になってきている。


 バイドは思う。


(見てろよ、アストのクソガキ……。学生どもによるダンジョンクリアの実績とともに、キサマの嘘をあばく道具を手に入れる……。これで俺の地位も安泰だ……っ!)

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