第10話 【持たざる者】と醜い花

「ア、アストっ! きみだけでも逃げたまえ! きみだけなら逃げる方法もあるんだろう!? いくらきみでも、ひとりでは厄災級モンスターには勝てないっ!!」


「ご主人さまぁっ、こわい、こわいですぅぅ!!」


「わらわが逃すと思うのか? 頭がお花畑だのォ」


 ラフレシア・アルラウネは俺に向かってつるを伸ばしてきた。ミミコの足を吊り下げているものと一緒だ。


 スキルに覚醒する前の俺なら、目にもとまらぬスピードだと思うのだろう。


 だが、今の俺にはナメクジ同然の遅さだ。俺は手刀でつるを斬り裂いた。


「な、なにッ!!」


「うわっ、きったねぇの触っちゃったな」


 つるからは汁がこぼれ出てきた。俺は自分の判断ミスを悔やんだ。


「き、きたないだと……! キサマは植物の女王たるわらわを愚弄ぐろうするのかッ……!?」


「あの、言いにくいんだけどさ、あんたの花、臭いんだよね。腐った魚みたいな臭いっていうかさ。花の匂いとは思えないんだよ。それと同じ汁だろ? ほんと最悪な気分だよ」


「ご、ご主人さまぁ、ほんとにバカなんですかぁ!?」


 ミミコはつるに揺られながら俺に失礼なことを言う。あとで説教だな。


「キ、キサマのような学のない人間には、わらわの美しさなどわかるまい!!」


「だからさ、美しさの話はしてないんだよ。あんたが臭いって話をしてんの。バカなの? それにここにいるミミコやラビィの方があんたより何倍も魅力的だと思うぞ? だって俺、腐った魚のにおいがするやつ、嫌だもん」


「な、なんだ……と……」


「ご主人さまぁ、あたしも大好きですぅぅ!!」


「ふ、まだ3月……発情期は終わらないな……」


「わらわを愚弄ぐろうするなァ!!」


 ラフレシア・アルラウネは無数のつたを伸ばしてきた。


 攻撃速度は塩をかけられたナメクジみたいに遅いが、不用意に切り落とすと臭い汁が飛び散ることになる。ほんとうに人の嫌がることをするのが上手だよ。


「《陰》水魔法。枯渇!」


 俺は水分を【持たざる】ようにする魔法で攻撃した。ラフレシア・アルラウネのつたは水を失い、干からびたミミズのような様相になった。


「があぁぁぁっ!!」


 ラフレシア・アルラウネのつたの何本かは、二度と動かせなくなった。


「ご、ご主人さまぁ、最高ですぅ!!」


「信じられない……。超Sランクモンスターと単独で戦える人間がいるなんて……!」


「わ、わらわのつるが……。女王たるわらわの一部が……」


 まったく、モンスターとはいえ愚かすぎる。


「何が女王だよ。どこにあんたの国民がいるんだ? たったひとりで王を名のるなら、狂人とどこがちがうっていうんだ?」


「ぐ……、このれ者め!! 自らの言葉を悔いよッ!!」


 すると、ラフレシア・アルラウネは、つるの先に咲いた小さな花から、黒い種をいくつも地面に撃ち込んだ。


 すぐに、地面からは歩く人喰い花が生えてくる。赤い花の中心には牙の生えた口がついていて、パクパクと動いていた。


「ぎゃああああ、ご主人さまぁ!!」


「アスト、これは……200はいるぞっ!」


「わらわの力を見たか。わらわは軍を所有しているのと同じ武力を持っておるのじゃ。1輪1輪が猛毒の花じゃ。種はまだまだある。厄災の名をあなどるでない!」


「はぁ……、けっきょくお前をしたう仲間はなく、自分で用意した兵隊しかいないじゃねーか。アホらし。俺にはふたり仲間がいるから、俺の方が上か。ごめんな、恥ずかしい思いさせて」


「ご、ご主人さまぁっ! うれしいお言葉ですが、やめてあげてくださぁいっ! あのお花さん、泣いちゃいますよっ!」


「アスト……きみはぼくを仲間と言ってくれるのか……。また胸がキュンキュンしたよ……」


「キ、キサマ……それ以上口を開くなッッ!! 殺せッッ!!」


 無数の人喰い花が俺に向かって襲いかかってくる。


「ご、ご主人さまっ!!」


 ふぅ、とりあえず無力化するか。


「――《陰》硬化魔法、軟弱化」


 俺は支援魔法の逆、硬さを【持たざる】ようにする魔法を人喰い花どもにかけた。人喰い花は、茎でみずからの花をささえられなくなり、その場に倒れこんだ。


「な、なんだ、と……」


 人喰い花は葉と赤い花をぴくぴくと動かしている。きたないお花畑だな。


「メルキオールのじいさんはさすがだよ。非攻撃スキルでも、反転すれば戦いに使えることをよく調べてた」


「わ、わらわの軍が……」


 トドメの方法は決めている。


「あのさぁ、あんたがそこまで大きくなったのは、森の栄養を奪っているからだよな? きっと根っこをいろんなところに伸ばして、吸収してるんだろ? 税金みたいに。その過程で地面に亀裂が生まれた……」


「だ、だったら何だと言うのじゃ! 女王たるわらわのかてとなり、この地を支配する一助いちじょとなれるのじゃ! わらわに喰われた魔獣どもも、枯れた大木も、誇りに思うべきなのじゃぁッ!」


「はぁ……だからさ、あんたは女王じゃないんだって。税金みたいなのを集める権利もないんだって。ただの臭い花なんだって。どうしてわかってくれないんだ?」


「キ、キィィィィィィィーッ!! わらわは臭くない!! 臭くない! 偉大な女王なのだァ!! 許さん、許さんぞォォ!!」


 はぁ、俺が教えてあげるのが下手なのかなぁ。どうしたらわかってもらえるんだ? さっきから何度も言ってるのに……。


「ご主人さま、そろそろあたしも臭くなっちゃいますぅぅ。助けてくださいっ……」


「キサマも調子に乗るなッ!!」


 ラフレシア・アルラウネはミミコを壁に向けて投げつけた。


「キャアアアァァァっ!!」


「ミミコ、助けてやるから宝箱フォームになれ!」


「は、はいぃぃぃっ!!」


 ミミコは壁に激突したが、ポヨンポヨンとはね、無傷だった。


「《陰》硬化魔法・軟弱化、その2だ」


「あ、ありがとうございますっ! ご主人さまっ!」


「な、なぜだッ!? なぜ殺せんのじゃッ!」


「……さてと、ミミコも助けたし仕上げといくかね。貯め込んだもん返せよな、女王気取りの臭い花」


「キィィィィィィィ!! わらわは臭くない! ぜったい臭くない! くせになるいい匂い! いい匂いなんじゃァァァァッ!」


 ラフレシア・アルラウネは無数のつたを俺に向けて伸ばしてきた。


「アホらし……」


 ―ー俺は右手をかざし、魔力の照準を定める。


「《陰》農業魔法――栄養還元」


 ――本来の農業魔法は、ささやかな効果である。太陽光を模した光を放って植物の病気を直したり、育ちの悪い作物に地面から栄養を与えるくらいだ。


 しかし、俺の《陰》農業魔法はその反転。


 対象の植物がいっさいの栄養を【持たざる】状態にできる。


 すなわち。


「わ、わらわの体がしおれて、アアアァァ……」


 すべての大地による永続的ドレイン――植物特攻の確定死亡魔法である。


「ああ、そうだ。ついでに《陰》毒魔法で毒素も【持たざる】ようにしておこう。安心して大地に帰りな」


「美しい花がァァァ…………」


 ラフレシア・アルラウネは干からびて死んでいった。種から生まれた人喰い花どもも同じ運命をたどった。


 最後はカスすら残らず、地面に分解されていった。

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