第9話 【持たざる者】と地下の厄災

 木こり小屋のドアを開けたが、中には誰もいなかった。


「誰も……いませんね……」


「そうだな……」


「ちら……ちら……」


 キラーホーネットを倒してから、ラビィの調子がおかしい。


 なぜか顔を赤らめて俺の方をチラチラ見るようになってきた。記事の内容を考えているのだろうか。


 だが、肝心の小屋の取材をろくにしていない。


「おい、ラビィ。小屋は調べなくていいのか?」


「あ、ああ……。ときにアスト、いまは何月かな?」


「3月だろ?」


「そうか、3月……。ウサギの発情期なら仕方ない……。ぼくの意志のおよぶところではないな……」


「は?」


 ラビィは俺に肩をすり寄せてきた。


「発情してしまった。責任をとってくれ」


「バ、バカなのか!? 取材はどうしたっ!?」


「もうどうでもいい。小屋に入ったら頭がおかしくなった。三月うさぎマーチ・ヘアーなんだから仕方ないだろう」


「ダ、ダメですっ! ご主人さまはあたしのものですっ! 結婚弓矢ももらいました!」


「弓矢は結婚のあかしではないだろ! ラビィも落ち着け! な!?」


「じゃあ、どうするんだ? あんなに頼りになるところを見せつけてきたのはきみだぞ? さぁアスト、言ってみたまえ」


「ご主人さまっ、ミミックだったミミコのふたを開けたのは嘘だったんですかっ!?」


 あー、もう、うるさい。


「わかった、ラビィの頭をなでてやる。それで我慢してくれ」


「頭を……?」


 ラビィは満足そうにほほ笑んだ。


「ふふ、いい提案だね。うさ耳も頼むよ」


「ご主人さまっ、あたしも、あたしも!!」


「何がそんなにいいんだ? なでるだけだぞ?」


「お願いしますぅぅぅ……ぐす、ぐす……」


 ミミコは半泣きになってしまった。


「わかったよ、ラビィの次になでてやるから待ってろ」


「あ……」


 ミミコの顔は急に明るくなり、


「やったぁーっ!」


 飛び上がってよろこんだ。まったく何がうれしいのやら。頭についたミニ宝箱のふたもカパカパ動いてる。


「ふふ、じゃあぼくから……」


 ラビィは俺の正面に来ると、くるりと背中を向けた。


「アスト、わがままを聞いてくれてありがとう……よろしくね」


 俺はラビィの頭に手をおいて、優しくなでた。まずはうさ耳をよけて、つやつやの白い髪の毛をなでてやる。


「ふぅ……、んっ……、幸せ……」


 本当に、満ち足りたような声を出す。


 続いて、うさ耳をなでる。


「はぁ……、んっ……」


 耳の形にそって手を当てていく。


「とろけてしまいそうだよ……。もっと、もっとぉ……」


「だ、だめですっ!! よくない感じがしますっ!!」


 ミミコがラビィを引きはがすと、ラビィはまだ夢見心地な様子で俺を見上げた。


「……ふぅ」


 自分の両手で、うさ耳を一度だけさする。


「ありがとう、アスト。すっきりした」


「取材はできるか?」


「ああ、さっそく調べるとしよう」


「ま、まってください! あたし! ミミコちゃんの順番を忘れていますよぉっ!」


 ミミコはラビィを押しのけて、俺に頭を差し出した。


「さ、さ! お願いします!」


「まったく……」


 まぁ、約束したからな。俺はミミコの頭をなでてやった。


「気持ちいいですぅ……幸せですぅ……。ん、ん……」


 特にふざけなければ、ミミコもかわいいんだよな。従順な犬のようだ。


「ご主人さまぁ……ありがとうございますぅ……」


 俺はそっと頭から手を離した。


「これでいいな?」


「はいっ……」


 ミミコは目をうるませて俺を見上げる。よし、これでみんな満足したな。


「さぁ、取材だ。俺が受けた初依頼だ。何か成果を上げたい」


「ふむ……」


 ラビィはうさ耳をぴくぴくと動かした。


「今なら耳の感度がいいから聞こえるな。小屋の中ではない。北東の方角からオオオオと声がする。すすり泣きと言っても、男の声なのかな?」


「こ、こわいですぅぅ!」


「本当に人間の声なのか?」


「わからない。とりあえず現場に行ってみようか。最強の護衛もいることだしね」


 ☆


 小屋から北東の木々の中を抜けていく。


 やがて岩でできた壁のような地形に行き当たった。


「行き止まりか……?」


「ちょっといいかい?」


 ラビィはうさ耳をぴくぴくさせ、音を拾った。


「……聞こえないな。このあたりのはずなのに」


「や、やっぱりおばけですぅ!!」


「いや、これはおそらく……」


 そのとき、一陣の風が吹いた。


「きゃつ!!」


 あわせて、「オオオオオオオ……」と声がする。


「ぎゃああああああああ!!」


 ミミコは宝箱フォームになり、閉じこもった。


「やはり幽霊なのか……?」


「違うぞ」


「え……」


「ここを見てみろ。地面に亀裂きれつができているだろう。この隙間に風が当たると音がするんだ」


「ご、ご主人さま、おばけは……?」


「いない」


「よくわかったね、アスト。きみは強いだけではなく、頭もいいのか……」


「セイファードで教えてもらった知識というのがしゃくだがな」


「いや、その知識を現場で使えるというのが素晴らしいんだ。きみは間違いなく優秀だよ」


「ご主人さまぁっ、すごいです!」


 ミミコは人間フォームに戻って俺に抱きついてきた。


「一件落着、謎とき完了! 気持ちいいですね!」


「こら、離れろ。ここからが本番だ」


「え………?」


「どういうことだい? ぼくたちは答えを見つけたんだろう?」


「この亀裂の下には、大きな空洞が空いている。だから音がするんだ。だが、なぜこんな森の下に空洞があるんだ?」


「え、え……?」


「記者としては惹かれる問いだね。答えはなんだい?」


「――開けてみてのお楽しみだ。確かめてみるか」


 宝石の新鉱脈か、はたまた、ただの地底湖か。


 俺は《陰》土魔法で、亀裂周辺の土を砂に変えた。

 そして、《陰》反射魔法で、あたりの太陽光を集めて、空洞の中を照らした。


「どれどれ……」


 中をのぞく。


「ご主人さまっ! あたしも見たいですっ……きゃっ!!」


「ミミコっ!?」


 そのとき、空洞の中から触手のようなものが伸び、ミミコを中に引きずり込んだ。


「きゃああああああああ!!」


「待てっ!」


 俺はミミコを追って、地下に飛び降りた。

 地下は思いのほか広く、セイファード城下町の闘技場くらいはある。


「アスト!」


 すたっ、とラビィが俺に遅れて着地した。


「バカっ! なんで追ってきた!?」


「取材のチャンスだ、逃すわけにはいかない」


「……後悔するなよ」


「ご主人さまぁっ、助けてくださぁいっ!!」


 前を向く。

 すると、そこには。


「わらわの寝室をのぞくとは……。下賤げせんな人間どもは礼儀を知らぬなァ……。まあ、養分ごときに品をもとめるのもこくかのォ」


 花弁のひとつひとつが10メートルはあろうかという巨大な赤い花があり、その中心には緑色の肌をした女のモンスターが立っていた。


「あ、あれは……!?」


 ラビィは震えながら指を指した。


「アルラウネの最上位種、ラフレシア・アルラウネだっ!! 1体が出現するだけで一国が滅び荒地になるという……! こ、こんなやつが森にいたなんて……。Sランク冒険者クラスを50人……いや、王国騎士団を呼ばないと勝てるわけがないっ!!」

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