第8話 【持たざる者】とゆかいな仲間たち
魔の森に向かう草原を歩きながら、うさ耳記者のラビィは言った。
「ぼくたち大陸ギルド新聞の影響力は大きい。きっとこのあと、アストはいろんな地方のギルドから引っ張りだこになる。独占取材ができるのも今回が最後だろうね」
「ご主人さまの実力は大賢者さまクラスですからね……」
「ぼくらの依頼料はたった20万ぽっちだが、宣伝費込みということで
「それはぼったくりすぎだろ……」
「ふふ、ためしにふっかけてみるといい。アストの力を知るものなら割安だと思うはずだ」
「Sランク10人分と考えれば激安なのかもしれませんね……。じゃ、じゃあ! あたしはいかがですかっ!? 元の冒険者ランクならあたしはDランクでした!」
ミミコも負けじとラビィに訪ねた。……なぜ?
「そうだね……。ミミコくんは、頭の中に物を保管するサービスをはじめれば、ひとりあたり1か月5千ガルドはとれるんじゃないかな?」
「え? そ、そんな考え方が……。10人で5万ガルド……!? えへ、えへへ、お肉が山盛りに……」
「……ミミコは俺専属のアイテムボックスになってくれるんだろ? 肉なら食わせてやるから、余計なことはしなくていい」
「え……! ご、ご主人さまぁ……うれしいお言葉ですぅ……。あたしのなかはご主人さま専用スペースですぅぅ……」
「アホっぽいことを言うのはやめろ。そろそろ着くぞ」
そんなことを話していると、魔の森の入り口についた。
魔の森は、ポーションの原料となる薬草や魔力キノコが豊富に採れるため、
一方、ブラッドウルフやファングボアといった魔獣系モンスターが多いため、かけだし冒険者では危険な場所である。
「で、どこを取材するんだ?」
「少し先に、いまはつかわれていない木こりの小屋がある。その周辺ですすり泣きの声を聞いたものが複数いるらしい」
「ご、ご主人さまぁ……、なんだか怖くなってきましたぁ……。森はくらいし、おばけじゃなくてもモンスターが出そうだし……」
「とりあえず、魔弓フェイルノートでも持っとけ。お守りがわりになるだろ」
「は、はい……」
ミミコは頭の宝箱――ミミック異空間からフェイルノートを取り出した。そして、ぎゅっと握りしめる。
「落ち着いてきました……。さすがご主人さま、的確なアドバイスです。落ち着いたら、なんだか試し撃ちをしたくなってきました……!」
「危険なやつだな」
弓を持たせてはいけなかったのかもしれない。
「ふむふむ、それが必中の魔弓フェイルノート……大賢者メルキオール様の秘宝か。この目で拝見できてうれしいよ」
「昨日の今日でよく調べているな」
「まあ、それが仕事だからね。これですでに記事が1本は書けるな。『魔弓フェイルノート――きみはその姿を見たことがあるか!? ま、ぼくはありますけどねぇ』」
「なぜいちいち
「反響があるからさ」
たぶん、よくない反響だろう。
「ご主人さま、見てくださいっ! フェイルノートを装備できましたっ!」
ミミコは、宝箱の姿――ミミックフォームになって、宝箱の隙間からフェイルノートをちらちら出している。
「なんで、人間の姿で持たないんだ?」
「この方がしっくり来たんです!」
開けたら伝説の弓矢が飛んでくるのか。恐ろしすぎるミミックだ。
「試してみますね? あたし、目がいいんです。あのリンゴを落としてみせます」
「リンゴ? どこにあるんだ?」
「えへへ、あそこですよっ!」
プシュッ!!
宝箱の隙間から矢が放たれ、木の上の方に飛んでいった。
矢は、果実というには大きすぎる黄色いツボのようなものを撃ち落とした。地面にドカッと転がる。
「あれ、これ、リンゴじゃありませんね?」
「アホッ! これは……」
黄色いツボからは、ブンブンと羽音を鳴らしながらネズミくらいの大きさの虫が数十匹飛び出してきた。
殺人バチ――キラーホーネットである。
「ぎいゃあああああああああ!!」
ミミコは宝箱の中に閉じこもってしまった。
「こ、これは……ぼくにも手に負えない……。キラーホーネットの群れはAランク冒険者パーティも全滅させることがある……。もう終わりだ……」
ラビィは紙を出して遺書を書き始めた。
「ぎゃああああああ!」
「ぼくのお墓はにんじん畑のまんなかにつくってください……」
……まったく。
どうしようもないやつらだ。
「俺がいるのに虫くらいでガタガタ騒がないでくれ」
俺は騒がしい虫どもに手のひらを向けた。
「――《陰》風魔法。真空空間」
俺のスキルで空気を【持たざる】空間をつくると、ハチどもは地面にポトポト落ちていった。空気がなければ、羽ばたくことはできないのだ。
「さて、トドメといくか。オーソドックスに、《陰》炎魔法でいいだろう」
魔法で、キラーホーネットが持つすべての熱を【持たざる】ようにうばった。ハチどもは、見た目はほぼそのままに、体を凍りつかせて死んだ。
「……おい」
俺は宝箱化したミミコを蹴っ飛ばした。
「ぎいえええええええええええ!! お願い! 助けてええええええ!!」
「……はぁ」
俺は力づくでミミコのフタを開けた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!! ミミコの大事なフタ開けないでぇぇぇぇぇ!! ……って、ご主人さまっ!?」
「終わったぞ、まず謝れ」
「終わったって……え? え?」
「……ぼくの命日には、にんじんのグラッセを備えてください。ただし、調理にはハチミツは使わないでください。使った場合には呪います」
「おい」
俺はラビィから紙を取り上げた。
「な、何を……!?」
「終わったっての」
「え……!?」
ミミコとラビィは、信じられないといった様子でキラーホーネットの死骸を見つめた。
「ア、アスト……本当にぜんぶたおしたのかい? 巣の中には……?」
「いたとしても死んでる。凍らせたからな」
そう言って、俺はキラーホーネットの巣を蹴飛ばす。
「ぎいゃあああああああっ!!」
ミミコは宝箱フォームに変形して閉じこもった。
「おい、大丈夫だって言ってるだろ。出てこい。あととりあえず謝れ」
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ!! あと、むりやりあたしを開けないでぇぇぇ!! 壊れちゃうぅぅぅぅ!!」
「……はぁ」
まぁ、謝ったから許してやるか。
ミミックフォームを解除したミミコは意味もなく俺に抱きついてきた。
「ご主人さまぁっ……こわかったですぅ……、ありがとうございますぅ……」
「……次からは気をつけろよ」
「アスト……、これはすごいぞ」
ラビィはキラーホーネットの巣を確かめている。
「何がだ?」
「キラーホーネットのハチミツはたいへん希少だ。というより、危険すぎて採取できないんだ。この巣をマーケットに出せば、50万ガルドにはなるぞ……!!」
「これが……?」
ミミコの失敗案件かと思ったが、案外ラッキーだったのかもしれない。
「よし、ミミコ。あとで肉を食わせてやるから頭に収納しろ」
「こ、こわいですぅぅぅぅ!! ご主人さま、持ってくださいぃぃぃ!!」
「ダメだ。ミミック異空間にしまえ」
「ふ、ふぇぇぇぇん…………」
こうして、俺たちはキラーホーネットの巣を手に入れると、ラビィが話していた木こりの小屋にむかって歩いていった。
「もうすぐだ」
そして、確かに。
木こりの小屋の近くまで来ると、どこからともなく「オォォォォォン……」という声が聞こえたのである。
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