第7話 【持たざる者】の慈悲

「うぉぉぉぉん、うぉぉぉぉん、すまねェ、クズ人間ですまねェ……偉大なアストさんにケンカなんか売ってしまってすまねェ……」


「ちょ、ちょっとやめてくれ」


 土下座の姿勢のまま、Sランク冒険者のグリンガルは泣き続けた。


 あまりにその姿が哀れで、これ以上ムチを打つつもりにはなれなかった。


 やりすぎたかな。俺はグリンガルの肩に手をおいた。


「俺もやりすぎたよ。さっきはさ、三千万ガルドだと言ったけど、半分の一千五百万ガルドにしてやるよ。全財産は酷だろうしな」


「うぉぉぉぉん、それはいけねェ、ギルドの前で誓ったことを破れば、冒険者として失格だァ、オレはよくても、アストさん、あんたもウソつきになっちまうゥゥ……。もらってくれェ、三千万ガルドォォォ……」


「そんなオキテがあったのか……」


 明文化されていない、暗黙の了解というやつだろう。


「ウ、ウ……アストさんを失ったら、全世界のギルドの損失だァァァ……、ウ、ウ……」


 まあ、三千万もらってもいいんだけど。


「なぁ、俺はそのオキテを知らなかった。グリンガルが教えてくれなければ、俺の冒険者人生は登録2日目で終わっていたかもしれない。だからさ、その勉強代として一千五百万ガルド払うよ。グリンガルは残額の一千五百万ガルドをくれればいい」


「そ、そんなことが……! オ……オオオオオオン……! アストさん、優しすぎるよォォ! すまねェ……すまねェ……」


 グリンガルは、土下座で何度も地面に頭をこすりつけた。


「ご主人さま、なんてお優しい……」


 ミミコやほかの群衆も目をうるませながら俺たちを見ていた。


「これからギルドでアストさんを悪く言うやつがいたら、オレが止める……、アストさんによからぬことをたくらむやつがいたら、オレが止める……ウ、ウ……」


「頼むぞ。あ、そうそう。金はニライカナイという漁村に送ってくれないか。貧しい、俺の故郷なんだ。俺を信じて、なけなしの金を集めて送り出してくれた。そのお礼がしたいんだ」


「うぉぉぉぉん、オレみたいなカスがモンスターを殺して得た金がこんな美しいことに使われるなんてェェ……。約束する、ギルドのみんなに誓うよォ、アストさんの故郷に金は送るゥゥ……」


「ご主人さま……」


 ミミコは涙を流して俺たちを見ていた。てか、頭についたミニ宝箱からも涙が流れていた。え、ミミック部分、まだ生きてんの?


 ☆


「さて、これからどうするかな」


 学園からもらった15万ガルドも、今は9万ガルドほどになってしまっている。


「ご主人さま、お金ないんですか? 先ほどのお金、もらっておけばよかったんじゃないですか?」


「そのとおりではあるが、どうも気が進まなくてな……」


 弱者から全財産を巻き上げちゃいかんだろ。


「まったく……ご主人さまは優しすぎます」


「ちなみに、直近で一番お金を使ったのは、ミミコの食費だからな」


「え、えへへ……そうでしたか?」


 ミミック体内の異空間で1年間過ごしたから、久しぶりに山盛りの食事が食べたかったとのことである。


 なお、ミミック異空間内は時が止まっているらしく、お腹は空かないのだとか。


「あんだけ揉め事を起こしておいて恥ずかしいが、ギルドに依頼を受けにいくか」


 ☆


「あ、アストさん、ちょうどいいところに……」


 ギルドに戻ると、受付嬢が俺のところへやってきた。


 さっきの揉め事が問題になってるとか……?


「さっきは迷惑を……」


「え? ああ、違いますよ。アストさんに御用がある方がいらっしゃってます」


「俺に用が?」


 そんなやつ、まったく心当たりがないが……。


「あちらの方です」


 そう言って、受付嬢が指し示したのは、酒場コーナーのテーブルだった。


 そこには、白くて長いうさぎの耳を頭に持つ女性がいた。肩まで伸びた髪は白色で、うさぎの毛並みを思わせる。


 うさぎの獣人の知り合いはいないはずだが……。


「アストだ。何か俺に用か?」


 声をかけると、女性は耳をぴょこんと動かして振り返った。


「やあ、アスト。はじめまして。話に聞くとおり、素敵な顔立ちをしているね。ぼくの名前はラビィだ」


「はじめまして、ラビィ。褒めても何もでないぞ」


 ラビィは立ち上がり、俺と握手をした。かなりの美人だ。


「おや、そちらにいるのはミミコさんかな? 前情報のとおり、ミステリアスな魅力があるね。頭に物が入るというのは本当かい?」


「えへ、えへへ、本当です。褒められると嬉しくなりますね。頭の宝物庫から何か出そうです」


「出すな! で……ラビィは俺に何か用なのか?」


「まあね。ぼくの記事は読んでくれたかい?」


「記事? もしかして新聞の……?」


「ああ。大陸ギルド新聞の記者、通称【聞き耳】のラビィとはぼくのことさ」


「あの記事のせいでとんでもない目にあったんだぞ」


 Sランク冒険者にケンカまで売られて……。


「だいぶ反響があったみたいだね。すごくうれしかったよ」


「お前なぁ……」


「きみについての記事は過去最高の反響を得られた。おもいだすだけで……ゾクゾクッ」


 ラビィは胸を抱えるように自分を抱きしめ、身を震わせた。美人ではあるが、なんかヤバいやつなのかも……。


「ちなみに明日の見出しはこれを考えている」


「どれどれ……」


『冒険者Sランク? それってSAITEI最低ランクですかぁ? 期待の新星アスト、ギルドの重鎮を一蹴』


あおりはやめろ! ギルドに嫌われたら、今後ギルドの仕事を受けられなくなるだろ!」


「ふむ、それもそうか。きみの活躍を今後も見たいからね。修正しよう」


 そう言って、ラビィは『SAITEIランクですかぁ?』までのくだりに赤線を引き、『Fランクの快挙!』に修正した。


「……で、お前の用事は記事の事前確認だけなのか?」


「いやいや、こちらはおまけだよ。では、本題に入ろう」


「でもぉ、記事は元のほうがいいですよぉ? ほら、こうして……あいたっ!」


 記事を青ペンで再修正しようというミミコを軽くはたき、ラビィの話を聞く。


「ぼくら大陸ギルド新聞社として、きみ指名で依頼を出したいんだ。報酬は20万ガルド出そう」


 20万あれば、当面の生活費にはなるな。


「ご主人さまっ、20万あればお肉食べ放題ですよっ……」


「浪費するなよ……。で、依頼内容はなんだ?」


「シンプルに護衛さ。魔の森を取材したいので、ぼくを守ってほしい。『怪奇! どこからか聞こえるすすり泣き……その正体は!?』という記事を書きたいんだ」


「すすり泣き、ですか……?」


 ミミコは少しおびえた様子だ。


「本当なのか?」


「さあ? ただのうわさだけどね。ま、何もなかったとしても、記事的にはきみの強さを書ければオールオッケーなんだよ。モンスターが来れば取材はそこで成功さ」


 なんともゆるい企画である。

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