第6話 【持たざる者】の実力

「ご主人さま、これ……」


「すごい持ち上げようだな……」


 宿屋からギルドにくると、俺のことを褒めちぎった新聞が掲示版に貼られていた。


『期待の新星アスト! セイファード学園なんか不要! 中退して、即! 3つの伝説の武器を手に入れる!』


 振り返る。


 町のギルドの半分は依頼の受付カウンター、もう半分は食堂兼酒場となっている。


 朝メシを食べている冒険者グループが俺たちを見てひそひそと何かを話している。


「これはよくないよなぁ……」


「え? いいことばかり書いてあるじゃないですか? あたしも鼻たかだかです!」


「いや、書いてあることじゃなくてな……」


「ふぇ? 有名になれたんですよ? うれしいじゃないですか?」


「のんきでいいな」


 ミミコと新聞の前で話していたら、後ろから声をかけられた。


「――貴様がアストか?」


「……誰だ、あんたは?」


 かなりの大男だ。腕や顔にいくつも傷あとが残っている。


「オレはSランク冒険者、大剣のグリンガルだ。貴様もギルドランクも含めて名乗れ」


「Fランク冒険者のアスト。ギルドには昨日登録したばかりだ」


「あ、あたしはDランク……だったけど、死亡扱いで取り消されてFランクになった、ミミコです!」


 大男はミミコを無視して言った。


「オレはセイファード学園・第32期次席卒業生だ。中退のガキが……。セイファードは不要だぁ? 運がよかっただけでデカイ口を叩きやがって」


「俺はセイファード不要とは言ってない。記者が勝手に書いたことだ」


 ほらな、こういうやつが出てくるに決まってるんだ。あとで記者に文句言ってやる。


「貴様のスキルはなんだ? 進振しんぶりで退学になるくらいだから、戦闘スキルじゃねェんだろ?」


「お前に言う必要はない」


「恥ずかしくて言えねェ、の間違いじゃねェのか? オレはな、【剛剣】だ。俺の剣はすべてを叩き斬る。たとえそれが岩であろうと、はがねであろうと」


「そうか、すごいなぁ。……これで満足か?」


「ふざけるなッ!」


 ビリビリとガラスが震える大声。

 朝メシを食べていた冒険者グループのひとりが「ひいっ」と情けない声をあげた。


「アスト、表に出ろ。オレと戦え。貴様が負けたらオレに神剣ラグナロクをよこせ。戦闘スキルを持たない貴様には過ぎた宝だ」


「まったく……、メルキオールのじじいに言えよ」


 あのじじいだぞ、使えもしない武器を集めたのは。


「何?」


「……はぁ。まぁ、いい。戦ってやるよ。で、お前が負けたらどうすんの?」


「オレが……負ける?」


「そうだよ、ラグナロクにつり合うものあるの? 言っとくが、その剣はいらないぞ。バカみたいにデカすぎるし」


「バカ……だと?」


「そのバカみたいな反応だと、何ももってないみたいだな。じゃあ、金でいいよ。3000万ガルドくらいかな。ある?」


「ク、クハハハ! 3000万か、オレの全財産だ。まあ、いい。のってやるさ! 聞いたな、ギルドのヤロウども! 条件成立だ!」


「おおー!」


 俺とグリンガルは、ギルドの建物の外に出た。


 グリンガルは大剣を片手でやすやすと振り回した。ブンブンと激しい音がなる。


「泣いてあやまって剣を差し出せば、いまなら許してやるぞ」


「はいはい……」


 どうするかな、《陰》魔法は強すぎるからなぁ。魔法禁止でいくかな。


「ほら、武器を出せ」


「必要ない」


「は……? ナメんじゃねェぞ? 俺はな、Sランク冒険者だぞ? 王国騎士団なら分団長くらいなら楽になれるレベルだぞ?」


「だから、いらないんだって……」


 武器を持つと弱くなるという、因果なスキルのせいでな。


「てめェ、なめやがって……。まあ、いい。てめェが意識を失っているうちに、神剣ラグナロクはもらっといてやるよォ!!」


 グリンガルは大剣を振り上げ、俺に斬りかかってくる。たしかに速い。


 でもさ。


 キンッッ!!


 俺は蹴りで大剣をはじき飛ばした。大剣はクルクル回転したあと、地面に突き刺さった。


「え……?」


 グリンガルは何が起きたか理解ができなかったようだ。


 はあ、これでSランクか。


「素手なら、あんた程度には負けないんだよね」


 群衆からうぉぉぉぉぉ!と歓声があがる。

 ミミコも「わああああ!」と叫んでいた。


「ぐ……」


 群衆からは「情けないぞ、グリンガル!」「Fランクにやられるのか!?」と声がかけられる。


 グリンガルはプルプルと震えたあと、吠えた。


「オオオオッ! まだだ、まだ負けてねェ!! いまのはマグレだ!! このSランク冒険者、【剛剣】のグリンガルが退学野郎なんかに負けるかァァァ!!」


「はぁ……」


 俺さ、「持たざる者の迷宮」でメルキオールのじいさんの本読んだじゃん。あれに書いてあったんだよね。


 ――強すぎると言うことは、誰にも理解されないことだ。


 今ならじいさんの気持ち、わかるわ。願わくば、直接話したかったな。


 世界最高のセイファード学園ですら、俺を認めてくれなかったんだからな。


 まあ、仕方ない。

 皆にも、わかりやすくしてやるか。


「ミミコ、ラグナロクを出してくれ」


「え……、ご主人さまが使うんですか?」


「いいから」


 ミミコが頭についた宝箱からラグナロクを出すと、群衆はまたざわめいた。


「あれが……神剣?」

「すごいオーラだ……」

「てか、どこから出てきたの……?」


「クハハハ!! ちょうどいいハンデだ!! ほら使え、Fランク! これで貴様が負ければ、ラグナロクを本当は誰が使うべきかみんなわかるだろう!!!」


「ま、俺もそう思ったんだよ」


 俺はミミコからラグナロクを受け取ると、グリンガルの足元に投げつけた。


 刃は地面にささり、そのグリップはグリンガルの方に向いている。


「記念につかわせてやるよ。思い出料として、三千万ガルドは安いかな?」


 グリンガルはラグナロクを見ると、その後俺の方をにらみつけた。


「貴様……貴様ァ!! このオレをなめんじゃねぇ!! 死んで償えッ!!」


「ば、バカなんですか、ご主人さまぁぁ!!」


 ミミコの失礼な声が聞こえた。あとで怒ってやろう。


 グリンガルはラグナロクを引き抜くと、大きく剣を振りかぶった。


 刃に魔力が溜まっているようだ。風がラグナロクに向けて集まっていく。


「これは貴様が望んだことだ、ラグナロクも貴様が差し出した……! どうなろうと、俺の責任はないッ!!!」


 脚に力を込め、グリンガルは高く飛び上がり俺に斬りかかる。


「死ねェェェェェェッ!!!」


「はぁ……」


 俺は2本の指でラグナロクを挟んだ。ピタリと動きが止まる。


「な……」


「楽しかったかい? センパイ。出来の悪い後輩ですみませんでしたね」


 俺はラグナロクをつかんだまま、グリンガルを地面に叩きつけた。


「ガハッ!!」


 グリンガルはラグナロクから手を離し、地面をはねて転がっていく。


 俺はラグナロクをいったん地面に捨てる。


「ひとりで持ってると装備扱いになるみたいだからな」


「グ、グ…………」


 グリンガルはふらふらと立ち上がる。まだ闘争心は残っているようだ。さすがS級と言うべきか、バカと言うべきか。


「さてと」


 最後は魔法で決めますか。

 いちばん弱いやつで。


「ガ、ガァァァァァァ!!」


 グリンガルは素手で俺に殴りかかってきた。闘牛のような印象を受ける。


「メルキオールじいさんの本を読んだときには使いみちがない魔法かと思ったが、こういうときに使えるんだな」


 俺は右手を前に出し、魔法を念じた。


「――《陰》幻影魔法」


 手から透明な波が発せられる。グリンガルは避けようがなく、直撃を受けた。


 幻影魔法は、この世界に存在しない幻を見せる魔法。


 その逆、《陰》幻影魔法は。

 ――現実を直視させる、精神魔法。


 グリンガルは急に立ち止まると、その場にうずくまった。


「え、え……?」

「どうしたんだ……?」


 誰もが理解できない中、グリンガルだけが状況をつかんでいた。


「……うぉぉぉん、こんなクソザコなのに調子にのって申し訳ありませェん……、アスト様、あなたの実力はオレの何百倍かわからねェです……いのちは、いのちだけは助けてください……」


 土下座である。

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