第4話 【持たざる者】の本

「さて、もうひとつの宝箱を開けてみるか」


「ご主人さまっ! きっともうひとつは、いいものが入っていますよっ! 確定です!」


「頭に宝箱をのっけたやつに言われてもなぁ……」


 念のため、ミミックではないか警戒しながら宝箱を開けた。


 すると。


「……本、か?」


 宝箱の中には、一冊の本が入っていた。魔導書という感じでもない。


「ほぇぇぇ、古い本ですね。表紙は古代文字じゃないですか?」


「『【持たざる者】の同志へ』と書いてあるな」


「ご、ご主人さまは古代文字が読めるんですかっ!?」


「まあ、学園でならったし」


 筆記の成績は悪くなかった。武器をつかった実技が徹底的にダメだったせいで、成績は学年最下位だったが。


「すごすぎますぅぅぅ! 賢者ですぅぅぅ!」


「うるさいぞ、たいしたことじゃない。それに賢者というなら、この本の書き手だな」


「え……?」


「メルキオール、だとさ。知ってるか?」


「え……、数々の災厄をしりぞけ、無数のダンジョンを踏破したけど、自分では伝説の武器も防具も使わなかったという《持たざる大賢者》……?」


「たぶんそうなんだろうな……」


 伝説上の話かと思っていた。


 俺と同じスキルを持った、実在の人物だったとはな。


「じ、じゃあ、ご主人さまは伝説の大賢者クラスのちからを持っているのですか!?」


「それはわからんが、少しこの本を読んでみるか」


「ご主人さまがご主人さまでよかったですぅ!」


「ちょっと静かにしような?」


 本を開くと、


 ――この部屋に入ることができたということは、お主もわしと同じ、【持たざる者】スキルの所有者ということだろう。


 と、あった。


 やはりこのダンジョンは、【持たざる者】スキル所持者を選別するために作られたらしい。


 もっとも、幸運なのか逃げ足なのか、地下3階まで来れたミミコのような例外はいたのだが……。


 続きを読む。


「ふむふむ」


「な、なんて書いてあるのですか?」


「まあ、こういうことだ」


 俺は簡単に説明する。


 ・【持たざる者】スキルは強力だが、武器・防具・道具を身に着けた状態では発動しないこと。


 ・【持たざる者】が旅をする場合は、信頼できる【アイテムボックス】スキル所持者と旅をし、道具をすべて預けるのが望ましい。


 ・【アイテムボックス】はレアスキルのため、人材がいない場合は、体内が異空間になっているミミックを飼いならすといい。(そのためにわざわざミミックを配置したらしい。)


「え、え? それじゃあ、ミミコはご主人さまと添いとげることを、大賢者さまに予言されていたってことですか!?」


「たぶん違う。てか、お前【アイテムボックス】使えるのか?」


「使えません! でも、ほら、似たようなことが……」


 ミミコは頭にくっついた宝箱のフタを持ち上げ、近くにあったレンガブロックを収納した。


 あきらかに宝箱の大きさよりも大きいレンガだったのに。


「あたしの頭はからっぽだから、なんでもつめこめます!」


「ちょっと表現がおかしいが、たしかに役に立つのかもな。あとは大賢者がいうとおり、信頼に値するかどうかだが」


「服従します! お腹見せます! だから信じてくださいっ!」


「……まあ、とにかく一緒にいくか。どうせひとりじゃ帰れないんだろ」


「はいっ! ご主人さまっ、ありがとうございますぅ!」


 ――本には、そのほかにも、ためになることがたくさん書いてあった。


 たとえば。


「さっきのレンガブロックをくれ」


「は、はいっ! ミミコとご主人さまの最初の共同作業ですっ!」


 俺は受け取ったレンガブロックを宙に投げると、手刀でふたつに切り裂いた。


「ああああ! ミミコとご主人さまの愛の結晶がぁ!」


「……意味のわからないことを言うな。だが、悲しむことはない」


「ぐす、ぐす、どうしてですか……?」


「見てろ」


 俺は《陰》時魔法を使った。すると、


「え……!?」


 レンガブロックは、誰も触れてはいないのにゆっくりと動き出し、やがて宙に浮かび、ふたつに割れた場所に戻っていった。


「え、え!?」


 そして、元通りのかたちになると、宙から地面にカツン!と落ちた。


「ど、どういうことですかっ!?」


「過ごした時間を【持たざる】ようにすることで、壊れたものを治せるらしい。時間制限はあるらしいがな。回復魔法のかわりになるから、まず覚えろと書いてあった」


「す、すごい、ミミコは伝説の誕生に立ち会っているのですね!」


「ま、伝説という意味では地下5階に……。いや

 、いい。直接行って確かめよう。ミミコも来てくれるか?」


「もちろんですっ! ご主人さまのお役に立てれば幸せですっ!」


 ――地下4階。


 ここも、地下1階と同じく、広い空間が広がっていた。


 その中央にはライオンがいる。ただし、ライオンのまわりには、炎、雷、氷の三属性魔法がランダムで放たれていた。


 火の海になったかと思えば、雷の嵐になり、今度はダイヤモンドダストが舞うほど寒くなる。


 順序と切り替え時間に規則性は見えない。


 三属性を駆使する獅子のモンスターか。


「こ、これは無理ですぅぅ! 神話級の三属性トライエレメントモンスターですぅ! 死にますぅ!」


 ミミコは取り乱していた。


「ご主人さまぁ、あきらめましょう! これは熟練の聖騎士でも勝てませぇん!!」


「やってみるか」


「ご主人さまぁぁぁ!」


 すがりつくミミコをはらい、さきほど本で読んだことを思い出す。


 大賢者は教育上手だ。どうすれば後進が強くなれるかちゃんと考えてくれている。


「これでいいんだよな? 《陰》魔力フィールド!」


 俺のまわりには、半透明の白いドームが形成された。


 そのままライオンに近づくと、三属性の攻撃がピタリとやんだ。


「え、え……?」


「魔力そのものを否定する空間をつくった。ここなら魔法は使えない」


「え、しくみはわからないけど、すごいですぅ!」


 ライオンはグルグルとうなりながら、俺に近寄ってくる。


「そして、魔法がないのであれば――」


 ライオンはガァッ!と声を上げて飛びかかってきた。


「――敵は、素手でなんとかなる」


 バチィィィィィン!!!


 俺がパンチを繰り出すと、ライオンは激しく吹き飛ばされ、壁に激突した。


 地面に落ちると、黒い灰のようになって体が崩れた。


「ご、ご主人さまぁ、信じていましたぁ!」


 ミミコが宝箱フォルムでぴょこんぴょこん跳ねてきたかと思うと、人間フォルムに戻り、俺に抱きついてきた。


「信じてなさそうじゃないか、てか、宝箱から人に戻れるんだな」


「ミミコはできる子ですぅ!」


 ……大賢者、ありがとう。


 俺は自分のスキルを完全にマスターできた。


 今なら誰にも負ける気はしない。


 さて、地下5階、本に書いてあったお宝フロアへ行くか。

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