第3話 【持たざる者】の迷宮

 まず俺が思い出したのは、「持たざる者の迷宮」のことだ。


 王都セイファードの近く、草原の町フィールズの外れに、「持たざる者の迷宮」というダンジョンがある。


 このダンジョンは、外から武器や道具を持ちこもうとしても、結界により弾かれてしまう。


 そのため、素手で挑まなくてはならないが、中にいるモンスターはどれも魔法耐性が高いほか、ファイアエレメンタルのように実態がないものも多いため、攻略は困難をきわめる。


 世界最難関ダンジョンのひとつとの呼び声も高い。


 しかし。


(ここは、【持たざる者】スキルを持つ、俺のために作られたダンジョンじゃないのか?)


 ――俺ならクリアできる。


 そんな風に確信して、俺はダンジョンの入り口に向かった。


「ギルドカードのご提示をお願いします」


「はいよ」


 ――町のギルドカウンターに行ったら、意外にもカードはすぐ作ってもらえた。


 中退とはいえ、セイファード学園に在籍していたことを考慮されたようだ。


 もう学園を捨てた身だが、使えるものは使っておく。


「じゃあ、入らせてもうか」


「あ……」


 俺が洞窟に入ろうとすると、バチン!という音がして、俺はしりもちをついてしまった。


「なんだ……?」


「アスト様、こちらのダンジョンはギルドカードも含めて道具を持ち込むことはできません。ほかのお荷物と同様、ギルドでお預かりさせていただきます」


「カードもダメなのか」


「はい。繰り返しになりますが、このダンジョンはたいへん危険です。無理だと思ったら、すぐにお引き返しください。ギルドは責任を持ちません。また、1か月間もどらなかった場合は、死亡扱いとし、お荷物は処分いたします」


「了解だ」


「では、行ってらっしゃいませ」


「行ってくる」


 俺はダンジョンの階段をくだった。


 ☆


 ――地下1階はだだっ広い空間だった。


 そして、その中央部には。


「ストーンゴーレムか……」


 石造りの巨人が立っていた。


 武器も防具もなく戦うのはきついだろう。石だから、火や雷にも耐性がありそうだ。


 だが、俺は。


「《陰》土魔法、風化!」


 土の性質を「持たざる」ことにする魔法で、ストーンゴーレムをあっという間に砂に変えてしまえた。


「楽勝だな」


 階段を降りる。


 ――地下2階。


 ここは炎が生命を得て動いているような、ファイアエレメンタルの巣窟だった。


 てか、これくらいなら。


「せいっ!」


 俺の正拳突きで、ろうそくの火のようにかき消すことができる。


「やっ! せいっ! ……ん?」


 てか、デコピンでも消えるじゃねーか。


 俺は火の化け物をデコピンやシッシッと手をはらってかき消しながら、下のフロアへ降りる。


「楽勝すぎる……」

 世界最難関が聞いてあきれる。


 ――地下3階。


 ここは、動く雪だるまが配置されていた。ゴーレムの一種なのだろうか。


「うわっ!」


 口から冷凍ビームを放ってくる。


 よけたが、ビームが触れた地面は白い霜がおりていた。当たったら凍死しそうだ。


「さて、どうするかな……」


 地下2階までで俺は確信していた。


 このダンジョンは、俺と同じスキル【持たざる者】を発現した人間がかつてつくったものだと。


 そして、同じスキルを持つものに、何かを伝えるためにつくったのではないか。


 つまり、【持たざる者】スキルであれば、各階とも簡単に攻略できるようになっているはずだ。


「使ったことはないが……《陰》氷魔法でどうだ?」


 俺は氷の性質を「持たざる」ことにする魔法を雪だるまにかけた。


 すると。


「うおっ!」


 雪だるまはビチャリという音とともに、ただの水にもどった。てか、頭にかぶっていた赤いバケツすら、赤い水になっている。


「――固体を液体にする魔法かぁ。人間には使いたくないな」


 魔法は手加減には向かなそうだ。対人戦は素手に限るのかもしれない。


 地下3階を歩いていると、壁に装飾されたとびらがあった。


「お、これは!」


 ドアを開くと、なかは小さな部屋となっており、宝箱がふたつ並んで置いてあった。


「宝の部屋か。興奮するな……」


 俺の冒険者人生、最初の宝箱だ。


 誰も攻略したことのない、難関ダンジョン。いったいどんなアイテムが隠してあるのだろう。


 ふたつ宝箱が並んでいるのが、少し怪しいが……。


 部屋に入ると、カツンと足音が響いた。


 すると。


「キャアアア、に、人間!? ね、ね、人間の方ですよねっ!?」


 左側の宝箱から、女の子の声がした。てか、ぴょこぴょこ宝箱が飛び跳ねている。


「――ハズレか、片方はミミックじゃねーかよ」


 ミミック、宝箱に擬態し、人間を食い殺す凶悪な魔物である。


 学園で習ったことが役に立った。


 だが、宝箱は。


「ち、ちがいますぅぅぅぅ! に、人間です! あたしはミミコですぅぅぅぅ! ふぇぇぇん、倒さないでぇぇぇ! 開けてぇぇ、出してぇぇぇ!」


 と情けない声を上げた。


「てか、自分でミミックって名乗ってるじゃねーか」


「ミミックじゃありませんっ! ミミコちゃんですぅぅぅ!」


「はぁ……、なんで人間がこんなところにいるんだよ」


「聞いてくださいぃぃ! むかしむかし、このダンジョンに挑戦して、敵から逃げ回って、やっとこの部屋を見つけたのに、宝箱を開けたらミミックだったんですぅぅ! 口の中の異空間に取り込まれちゃったんだけど、がんばって抵抗してたら、いつの間にか自分が宝箱になってたんですぅぅぅ!」


 アホらし。

「人間が宝箱になることがあるかよ」


「信じてぇ、助けてぇ、ふぇぇぇん! あたしねぇ、【テイマー】スキルがあったの、たぶんその関係でミミックを取り込めたのぉぉ」


「意味がわからん。まあ、いい。開けてやるよ。ただし、ウソだったら《陰》氷魔法で液体にしてやる」


「開けてくださいお願いしますぅぅぅ! もう暗いのはいやなんですぅぅ! うぐっ、うぐっ。うえええん」


「はぁ……」


 まったく、とんだ「初」宝箱だ。


 学園のことといい、俺は運が悪いのかもしれないな。


「じゃあ、開けるぞ?」


「うぐ、うぐ、うぐ……」


 なにかあったらすぐ倒せる用意をしてから、俺は宝箱の止め金を開けた。


 すると。


「あ、あ、あ…………!」


 ボワンと煙が起こり、その中から人間の女の子が現れた。


 見た目は俺と同い年くらい。


 頭には小さくなった宝箱の上半分がついている。


 髪は金髪、瞳は垂れ目で、丸くかわいらしい顔立ち。


 体は緑の服を着ていて、おお、けっこう胸にふくらみがある。


 キレイに伸びた両足の先には、靴のように宝箱の下半分がついている。


「ご、ご主人さまぁぁぁぁ!」


 そして、俺に抱きついてきた。


「へ……?」


「ご主人さまっ、ご主人さまっ、大好きですぅぅぅ!」


 敵意がないのはわかった。だから、反撃もしなかった。


 だが……。


「な、なんでご主人さまなんだよっ!?」


 すると、ミミコは。


「こ、これは初めて箱を開けたひとにお使えするミミックの習性ですぅぅぅ! そして大好きなのはあたしの気持ちですぅぅぅ!」


「はあ……」


 冒険者人生のはじまり。


 俺はとんでもない宝箱を開けてしまったようだ。

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