第2話 【持たざる者】の真価

 俺は交通費として15万ガルドを渡され、学園の寮を追い出された。


(この後、どうしようか……)


 セイファード学園中退、か。村のみんなになんて言えばいいんだ。


(はぁ……)


 この学園の門をくぐるのも今日が最後か。いや、セイファード城の敷地には生きているうちに入れることはないだろう。


(オリヴィア、さよなら……)


 セイファード城の敷地を出た瞬間、ガラの悪い男たちに取り囲まれた。


「お前か、クソ漁港に逃げ帰るという【持たざる者】は」


「なんだ、あんたら……?」


「ちょっとこっちに来いよ。逃げられるとは思うなよ」


 俺は逃げ道をふせがれたまま、裏の路地に連れ込まれた。


 意外と男たちの連携がとれていて、逃げだすスキがなかった。


 ……たしかこっちは、ルーザンの家がある方だったか。


 男はロングソードを取り出し、俺に言い放つ。


「15万ガルドとセイファードの学園服をよこせ。そうすりゃ無傷で帰してやるよ」


「なんで15万ガルド支給されたことを知ってるんだ?」


「そ、そんなことはどうでもいいだろ。早くしろ!」


「はぁ……」


 誰がこいつらに指示を出したのかもわかった。


 ルーザンか。俺がオリヴィアに目をかけてもらっていたのが、そんなに気に食わなかったのか。


 ろくでもない1日だ。きっと一生思い出すんだろうな。


「ほらよ」


 俺はバッグを放り投げた。


「よ、よし!」

「バカが! 少し待て!」


 リーダー格のチンピラが下っ端をとめる。


「こいつもカスとは言え元セイファード生だ。むやみに飛び込むな!」


「す、すまねぇ。アニキ……」


「ほら、セイファードの制服を脱げ。そいつがありゃ詐欺に役立つんだよ」


「――ああ」


 リーダーの男もよく警戒している。


 制服の内ポケットには、煙玉などの道具がしこまれている。学園の教えだ。


 これで道具も使えない。


「これでいいか?」


 俺はバッグの上に、セイファードのブレザーを投げた。


「ついでにシャツも脱いでおけ。何を隠しているかわからないからな」


「何も入ってないぞ?」


「いいから脱げ。命令だ」


「はあ……」


 俺は上半身裸にされた。

 最悪な気分だ。


「よし、そのまま動くなよ」


 リーダー格の男はロングソードを俺に向けたまま言った。


「よし、お前ら。殺せ」


「ひゃっはー!」

「お楽しみだぜェ!」


「――っ!」


 俺の後ろにいたふたりが走り寄ってくる音が聞こえた。


 この状態でなんとかできるのかなぁ、なかば諦めのなか考えていると、頭の中に声が響いた。


『条件:武器・防具・道具を持たずに戦闘を行う、達成。スキル【持たざる者】発現』


「え……」


 その瞬間、後ろにいたふたりが倒れた。見ると、顔を青くして泡をふいている。


「な、なに!?」


 一瞬遅れて、風が吹きすさぶ。


「か、風魔法か!? い、いや、こいつらは! てめェ、何をした!?」


「いや……」


 それは俺にもわからない。


 リーダーの男は剣を俺に向け、警戒している。


(いったい何が起きたんだ……?)


 そう考えていると、再び脳内に声が響いた。



『スキル【持たざる者】の解説をします。効果は次のとおりです。


 ひとつ、素手での戦闘能力が極大向上、


 ふたつ、全属性の《陰》魔法――すなわち、特性を【持たざる】ようにできる魔法が使用可能。たとえば、風属性であれば空気を無くす効果、土属性なら風化を促進する効果、火属性であれば熱を奪う効果です』



「なるほど……?」


 わかったような、わからないような。


 ただ、確実なことは、スキル【持たざる者】は、無能ではなく、非常に凶悪な効果があるということだ。


「ま、やりながら試してみるか」


 俺は素手のまま、リーダー格の男に飛び込んだ。


「て、てめェ!」


 リーダー格の男は剣を振り下ろす。


 俺はその剣を2本の指で受け止めると、ポイとそのあたりに捨てた。


「な、なにィ!?」


「弱いな……」


 いや、俺がつよくなったのか。素手だけど、負ける気はしなかった。


「次は魔法を使ってみるか。効果が覚えきれないが、その属性のもとを奪いさる効果のようだな」


《陰》土魔法は、形を壊す魔法。

《陰》風魔法は、空気を奪う魔法。

《陰》炎魔法は、熱を奪う魔法。


「じゃあ、試しに《陰》水魔法を使ってみるかな?」


 俺は《陰》水魔法をチンピラにかけた。


「かはっ……!? な、な……に……」


 チンピラはその場に崩れ落ちた。水分が抜け、顔がミイラのようになり始めている。


「強すぎるな……。俺は人殺しにはなりたくないのに」


 俺は《陰》即死魔法をチンピラどもにかけた。


「これでもう大丈夫だな」


 だが、俺の魔法は蘇生魔法ではない。あくまでも死を奪う魔法だ。


 こいつらは、呼吸が整うまで、水を飲めるまで、死ぬより苦しい思いをし続ける。


「ま、自分のやったことを悔い改めな。あ、そうそう」


 ルーザンにも礼をしてやろう。さいわいにも、ここはルーザンの家の裏だ。


「たしか、あの離れがルーザンの家だったかな」


 ルーザンは、家族みんなが住む本宅のほかに、訓練所をかねた個人用の離れを持っていた。


 離れですら並みの家の2倍はあるので、よくクラスメイトのことをバカにしていたものだ。


 その離れが鉄柵の向こう、目の前にある。


「じゃあな、サプライズプレゼントを置いていってやるよ」


 俺は《陰》土魔法をルーザンの離れにかけた。すると、レンガ積みの立派な家は風化し、ザザザザザ!と砂の城のように崩れた。


「はは、帰ってきておどろけ」


 ……この力を見せれば、学園に戻ることもできるかもしれない。


 だが、もう戻る気はなかった。


 この力を使えば、フリーでもやっていける。


 あんな形で、俺を追い出した学園に頭を下げるのもイヤだった。


「俺は、俺の力で最強になってみせる」


 俺はシャツを身に着け、カバンを持ち、その場をあとにした。


 ――セイファードの制服は風に吹かれて飛んでいった。

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