第31話 徳の玉探し

 徳の玉が無い……。


 私が心の中で考えていることに対して、なにかと小言を言ってきた、あの徳の玉が無い。あれのせいで、悪口なんていうものも考えられなかったのに。


 ……って、文句を言うつもりもないけれども、あれが無いと大変だよね?

 徳を溜めることができないし、時間が来たら暴発して、この世界ごと取り込まれちゃう。


 無駄にきょろきょろと辺りを見回ってしまう。

 ソファーに置いてもらった少年のカバンへと近づく。

 持ってみると、意外に重い。よくこんなのを小さい身体で運べたね。

 感心する気持ちもわいてくるけれども、早く探さないと。


 カバンを置いて、中に手を突っ込んで、探ってみる。けれども、徳の玉のつるつるした感触は手に当たらなかった。

 やっぱりここには入っていないんだよね。


 次は、少年へと近づいて、少年の服の中をまさぐってみる。少年の胸ポケット、ズボンのポケット、ズボンの後ろのポケット。どこにも入っているわけないし。

 そもそも、ポケットに入る大きさじゃないけれども。



 そうだとしたら、そもそも少年が持っているわけないか。うー……。


 グランちゃんと目が合う。

 一応グランちゃんも探してみないとかな。

 グランちゃんのモフモフした毛の中を、さわさわと探す。

 ただ単に手触りが気持ちいいだけで、こんなところにあるわけないか。ふう……。


 ちょっと落ち着いて考えよう。最後に使ったのはどこだっけ。

 森を抜けて、グランちゃんを中くらいの大きさにしたりしたね。そこまではあって。

 確か、この宿への道でも話していた気がするな。その時どこにあったかというと、私の力バンの中だよね。


 うん。嫌な予感しかしないけれども。

 それで、この宿の門のところでホワイトウルフにあったあたりでも。それもカバンの中だね。

 じゃあやっぱり、私のカバンの中にあったんだよ。それが、ホワイトウルフにぐちゃぐちゃにされちゃって。

 おじいさんの手紙のことばかりに気を取られちゃったけれども、徳の玉が無いと大変だ。


 どうしようっていっても始まらない。探しに行かないと。あの玉が無いと、世界が滅んじゃうかもしれない。

 きっと先輩のことだから、徳の玉を無くした時用の仕組みも作っていると思うんだよね。

 良くあるのが、自動でロックをかけたりする機能。


 先輩だったら、絶対やりそうだし。

 それで、持ち主じゃない人が拾ったりして、それを使おうとすると、使えないように自動的に壊れたりするかもしれない。


 そうしたら、私は一生元も世界に帰れないし。

 そもそも、徳ポイントがマイナスの状態で徳の玉が壊れたりしたら。どうなるか分かったものじゃない。



 グランちゃんのモフモフした毛の中から手を出して、身体の前へと持ってくる。

 ここは、頑張らねば。


 私に、この世界の命運がかかっていると言っても過言ではない。……私のせいでもあるのは、知っているけれども。



「グランちゃんたちは、ここにいてね。私探してくるね」


「ぐるるー」


 部屋を出て、案内された道の逆を辿っていき、中庭の方へと進む。



 ◇



 中庭は、依然として月夜で噴水が輝いていた。

 ここの景色は、綺麗なんだよね。

 徳の玉が手元に戻ってきたら、徳の玉さんとそんなお話をしたいな。


 中庭を後にして、門の付近まで行く。

 門まで来たが、先ほどまで散らばっていたカバンの中身が全然見当たらなかった。


 おばあさんのくれたスカーフが大量に散らばっていたはずなんだけれども……。そんなすぐに、風に流されるわけもないし……

 ホワイトウルフが持って行ってしまったのかな?

 どこに行ったんだろう。



 門に手をかけてみたが、鍵がかかっているようで開けられなかった。

 こういう時は、やっぱり宿の主人さんを頼るしかないのかな。荷物は諦めてって、言われてたのに、しつこい奴って思われちゃうかな。


 うー……。

 どうしようもないけれども。

 宿の主人さんに話しても、結局同じようにあしらわれるだけだろうな。とても頭が良さそうだったし。探すにしても、明るくなってから探そうとかきっと言われちゃいそうだよね。


 やっぱり私がなんとか頑張らねば。

 せめて、門が開けられれば。門にすがりついて、途方に暮れていると、森の方から歩いてくる影が見えた。

 段々と近づいてくるので、目を凝らしてみると、今の状況を作り出した張本人のホワイトウルフだった。


 平原を走ってこちらへと向かってくる。

 ホワイトウルフの白い毛が月夜に照らされて、なびいて。

 平原にいるのに、水面に揺れる波を思わせた。

 綺麗な毛並みであった。


 ホワイトウルフは、平原を抜けて門の前までやってきた。


「グルルルーー!」


 何だか威嚇しているように見える。

 門を出るのがいけないことなのかな?頭のいい子だから、もしかすると宿代を払わないで逃げ出そうとする人を止めに来ているのかもしれない。

 そもそも、門が開かないからどうしようもないけれども。


 けど、今回の場合は、逃げ出そうとしているわけでもないし。どちらかというと、この子が悪さをしたことが原因な訳だもんね。私がビビる必要は無いのよ。



「ホワイトウルフちゃん、さっき散らかした私のカバンを返してちょうだい?」


「グルルルルーー!!」

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