第21話 睨み合い

 茂みから出てきたのは、大きなクマ。グランドベアーと呼ばれているらしい。

 周りは、すっかり暗くなってきている。グランドベアーの姿は、はっきりと見えないけれども、赤く光る瞳が見える。

 こちらを睨んできている。


「お姉ちゃん、目をそらしちゃダメだよ。グランドベアーって、自分よりも弱い存在だってわかると襲ってくるから」


「少年って、モンスターについて詳しいんだね。学校で勉強でもしていたみたい。とりあえず、目は逸らさないようにしないとってことだね」


 グランドベアーとの睨み合いが始まった。

 少し離れたところにいても、しっかりと目が合うのが分かる。あちらの方が大きいから、こちらからだと少し見上げる形になる。

 グランドベアーの大きさに比べたら、私たちなんて取るに足らない大きさかもしれないけれども、こちらが睨んでいるからか近づいて来ない。膠着状態が続く。


「これ……、どうしたらいいんだろうね……。目を離すと、襲ってきちゃうってことだよね? そうだとしたら、先に進めないよ……」


 私の問いかけに対して、少年は一呼吸おいて答えた。



「僕がおとりになるしかないかな……」


「えっ……? ダメだよ、そんなの! 君が危ないよ!」



 チラッと少年の方を見ると、決意を決めた顔をしているように見えた。何を言っても聞こえなさそうな顔。転生することを決意した人間と同じような表情をしている。


「このままでいると、もっといろんなモンスターが来ちゃうから。早いうちに、どっちかがおとりになって引き付けて、もう片方は森の入り口まで走る。大丈夫。僕、何だか身体が軽いからさ。上手く撒いたら追いつくから、森の入り口で待ち合わせにしよう!」



 ――グルルルゥーーー。


 グランドベアーの鳴き声が聞こえる。

 お腹をすかせているのか、獰猛な雰囲気を感じる。

 私たちの言葉でもわかっているのか、こちらが強くない存在だと気づいてきたのかもしれない。それか、警戒心よりも空腹感が勝ってしまったのかもしれない。今にでも襲ってきそうな気がする。


 ……私が走ったらいいのか。

 ……けど、そうしたら少年が。


 少年が素早いって言っても、こんな暗さだったら足元も見えずらいだろうし。グランドベアーの大きさだったら、すぐに追いつかれて食べられちゃう。

 どうしたら良いかわからないよ。


 そう思っていると、少年が持っているカバンが薄く光り出した。



 ――いかがいたしましたか? お困りでしょうか?


 ……徳の玉だ。

 そうです、困ってます、すっごく困っています! グランドベアーが襲ってきそうなの!



 ――それは、大変ですね。


 そうなの、困ってるの!



 ――相手のレベルからすると、あなたたちのレベルでは勝てない強敵です。

 ――尻尾を巻いて、逃げるのが良いと思います。


 ……そうなんだけど、それができればいいんだけどさ。私たち逃げきれないと思うんだよ。



 ――それは正しいと思います。逃げきれない場合は、来世に期待すると良いと思います。

 ――少年のように死ぬ前に自己犠牲でもして、せめもの徳を積むことを推奨します。



「えっ!! なにそれ、ひどくない?!」


「ど、どうしたの、お姉ちゃん? いきなり叫び出して。僕また、ひどいこと言ったかな……?」


「あ、まただね。ごめんごめん。君じゃないんだけどね……」


 気を取り直して、徳の玉に話しかける。




 徳の玉さんどうにか、ならないですか? 徳ポイントって、既にマイナスになっているんだから、これ以上マイナスになっても関係ないんじゃない? 前借とかって言うのはできないのかな?


 ――ダメです。マイナスポイントを増やし過ぎると、この世界を崩壊させることを早める結果になります。なので、ダメです。


 なんでよ、ケチッ!!



 ――ティロルン。

 ――悪口を言ったため、徳ポイントが減りました。



 もうっ!!

 そんなのいいから、どうにかしたいの……。



 ――わかりました。一つ私の使い方を教えます。

 ――私の使い方の一つとして、何かを犠牲に差し出すことで、一時的に能力が使えます。


 そんなのがあるの!? それ先に言ってよ!



 ――それでは、何を捧げますか?私が捧げられるもの。


 えっとー……。良い案を聞いたものの。私には持ちものなんて何もないし……。

 おばあさんのくれたものを捧げる?


 ……それは、ダメだ。これは借りているだけだもん!

 ……うー。私には何も捧げるものが無い。何も持っていない。


 ……徳の玉さん、例えば、今日の夜ご飯を捧げるとかはダメ?



 ――可能です。ただし、それによって得られるものは、捧げた分の食料を出すくらいです。


 やっぱり、そんなのじゃダメか、そうだとしたら、私には何もないよ……。


 能力を与えるって、徳ポイントを大量に使うんだよね。

 だから、グランドベアーを倒せるだけの能力なんてどうやったって稼げない。それが欲しいのであれば、それ相応の能力を捧げないとだし。それこそ、グランドベアーの能力値と同等量の能力を捧げないと……。



「……あれっ?」


「今度はどうしたの、お姉ちゃん。早く走らないと、夜になっちゃうよ? そろそろ行って!」



「いや、私、良いこと思いついちゃったかも! グランドベアーの能力を捧げれば、良いんだよ!」


 少年は何を言っているかわからないといった顔をしている。



「お姉ちゃん何を言ってるの? 怖くておかしくなっちゃった?」


「ふふふ。私は大丈夫だよ」


 うんうん。我ながら良い考えだよね。多分できるはず。

 徳の玉さん、マイナスポイントが溜まったら、能力を奪い取るように動くんだよね?



 ――はい。近くの物から奪うように発動します。

 ――近くにいる者であれば、対象を指定することもできます。


 やっぱりそうだ。

 それだったら、グランドベアーに近づいて、根こそぎ能力を奪い取ってやればいいのよ。


 私って、頭良いー!!

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