第13話 私が先生に?!

 家の中に私の声が響いた。

 隣にいた少年は、うるさそうに耳を塞いでいた。

 おじいさんは、ニコニコしてこちらを見ている。


「あはは……。ごめんなさい、大声出しちゃって……。私、また、叫んじゃいましたね……」


 私、さっきから驚きすぎなのかな。

 けど、異世界に来て、色々初めてなわけだし。うん、しょうがない。


 そうはいっても、驚くべき事実だよね。おじいさんは、優しそうに見えるけれども、先生っていったら、もっと怖そうなイメージがあったんだよ。

 神界にも、女神の仕事なんかを教えてくれる『アテナ様』っていう神様はいたんだけれども。すっごく怖かったんだよね。先輩を三日くらい煮詰めて、そこで出てきた煮詰め液を圧縮して固めたみたいな。

 すっごく怖いの!


 私も、女神になるっていう時に、仕事を教えてもらったんだけども。いつも通りドジをやらかしていたら、すっごく怒られちゃってね。そのOJTを教えてくれていた先輩の方が、すごく怒られていたんだ。その時は、悪いことしちゃったなーって思ったんだよ……。

 それで、そこから先輩は、私に厳しくなったりしたんだよね。ははは……。


 そんなことを思い出すんだよね、先生って。

 けど、やっぱりおじいさんは優しそうに見えるから、先生っていうけど、全然種類が違うんだろうね。興味がわいてきたので、おじいさんに聞いてみる。



「学校の先生をしていたっていうのは、何を教えていたんですか?」


「そうじゃなー。わしゃー、色々と教えておったぞい」


 おじいさんは、思い出すように天井を見上げて、指を折りながら教えてくれる。



「街での暮らしができるように、計算を取り扱うこともしていたし、貴族の話し方なんていうのも教えておったのじゃ。あとは、森で食べられる実のことやら、獰猛なモンスターの見分け方なんかもやっておったし……」


「じ、じいちゃん、何かスゲーいっぱい教えてるじゃん! 天才かよ!」



 少年が驚いた顔をして、おじいさんを見ていた。私も、多分同じ顔をしている。

 ちょっとのんびりしてそうなおじいさんなのに、いろんなことを知っているってことだもんね。実はすごい人だったんだ。



「ほっほっほ。わしゃー、こう見えても、いろいろできるのじゃ! 昔は街で教えておったり、城で教室を開いて、王族の方々に教えておったこともあるのじゃよー」


「えええぇーーーっ! そうなんですかっ! それはもっとすごいです!!」



 今度は、少年よりも私の方が先に声が出てしまった。

 おじいさんの優しそうに見える雰囲気っていうのは、きっとすごい人徳を積んできた証拠なのかもしれない。そんな人だから、徳が出てきやすいのか……?

 今ポイントマイナスだから、ちょっと研究しないと……。



「お待たせしましたのじゃ一。追加の朝ごはんもできたでのぉー!」


 そう言って、おばあさんがお皿を持ってきた。予備の椅子があったらしく、リビングの机に4つの椅子と、4つの皿が揃った。



「わしゃーの昔話は、また後でしてやるからのぉ。ばあさまも揃ったし、まずは朝ごはんでも食べようかの」


「じいさま、また昔話ですか? そんなにしゃべるのが好きなら、また先生をやったらいいのに」



「ほっほっほ。それもいいかものぉー」


 おじいさんが楽しそうに話の余韻に浸っているので、いったん終わるのを待ってから、食べる前の挨拶をしようかな。やっぱり二人とも仲の良い夫婦だよね。

 羨ましいなぁー。神界には良い人いなかったからなぁー。



「ばっ、ばあちゃんっ!! このパン、ものすっごいうめーーぞっ!!」


「……んっ?」


 声の方を見ると、食事の挨拶をする前に少年は食べ始めているようだった。

 次々とパンを口に入れていく。


 相当お腹が空いていたんだろうけれども。まずは挨拶やら、おばあさんにお礼やら……。

 私がいた神界では、そのあたりをしっかりしないと、豊穣の女神のデメテル様に怒られるんだよ。私は仕事ができない子だけれども、その辺りはしっかりしているの!


「ちょっと君! 何も言わないで食べ始めるのはダメじゃない? 今までおばあさんが来るのを待っていたでしょ!」


「んんん? んんぬんん」



「食べてる途中で話しかけちゃったのは悪いけれども、口に物が入っている時はしゃべらないの!」


「んん! んんん!」


 少年は急いで飲み込んだ。



「もうっ! せっかく作ってくれたものを一気に食べちゃって! ちゃんと味わって食べないと、ダメでしょ!」


「……ッゴク。……ふぅ。いきなりどうしたの? おねえちゃん、なんだか厳しいよ!」



「君が何も知らなさそうだから、教えてあげてるんだよ? 作ってくれた人の気持ちを、ちゃんと考えてあげなきゃダメだよ?」


 私の言葉に、少年は申し訳なさそうにした。


 ――ティロルン。

 ――少年の心を傷つけたため、徳が減りました。


 ……はいはい。徳は減ってください。

 私はちゃんと、正しいことしているんです。



「そっか。俺、そんなルール知らなかったし……。ごめんなさい……」


「うんうん。素直にすぐ謝れるところは、良い所だね。そこは、えらいよ!」


 ――ティロリン。

 ――徳が溜まりました。


 ……うーん? 溜まるんだったら、一回減らさなくてもいいじゃん。

 けど、私は正しいことを教えているからね。私も教えられてたことだもん。



「ほっほっほ。お前様は、先生に向いておるかものぉ。やっぱり、昔のばあさまにそっくりじゃ」


「じいさま。そんなこと言わないでくださいな。わしゃーは、こんなに怒ったことはないぞよ」


「ほっほっほー」


 おじいさんとおばさんは、楽しそうにお互いをつついている。やっぱり幸せそうだな、二人とも。

 私としては、ちょっと怒り過ぎちゃった気もするけれども……。少年に謝っておこうかな。



「そうじゃそうじゃ。もし、お前様が良ければ、先生なんてやってみても良いかものぉ。ちょっと街にでも行ってみるかの? わしゃのツテはまだあるぞい!」


「えぇーーーーー?! 私が先生やるんですかーーっ!?」

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