第6話 優しいおばあさん

 おにぎりを食べたおじいさん。

 心なしか、曲がっていた背筋が伸びて、シャキッとして立っている。どことなく、顔も生き生きとしているように見える。



「元気が出たわい! 美味しかったぞい、ごちそうさま」


「はい !元気になって頂けたなら、良かったです」


 ――ティロリン。

 ――おじいさんが元気にったことで、徳が溜まりました。



 ……あぁ、まただ。徳の玉が鳴ったよ。

 この玉、ずーーっと鳴ってるのよ。やっぱり壊れちゃってるんじゃないかな?


 ――ティロリン。

 ――ティロリン。


 ずっと、徳が溜まり続けてる。

 おじいさんが一口目を食べた段階で、一気に溜まって。

 二口、三口と、おじいさんが食べてる間中ずっと鳴ってたし。

 なんだろうな。異常値な気がするんだよ、この徳のポイント値は。


 こんなにポイントがあったら、能力与え放題なんじゃないかな。



「どうしたのじゃ? そんなに心配そうな顔をして?」


「い、いえ。なんでもないです」



「わしゃに、くれたおにぎり、もしかして、すごく大事なものだったりしたのかの?」


「いえいえ、あれは、おじいさんのためだったのです。だから、全然大丈夫です!」



「そうかの。あらためて言おう。美味しかったぞい、ありがとう」



 ――ティロリーーーン。


 徳の玉……。

 これは、故障だな。せっかくの神界のアイテムだったのになぁ。



「じゃあ、行こうかの! 元気が出たわい!」


「はい、行きましょ」



 ポケットに玉をしまって、歩き始めた。そのまま真っすぐ、森の中を歩いていく。

 最初は怖い怖いと思っていた盛だったけれども、おじいさんの案内で段々と恐怖は薄れていった。



「あそこに見えるのが、リスキチじゃ。わしゃの家にも良く来る子じゃ」


「へぇ。おじいさんは、この森すごく詳しいんですね!」



「ほっほっほ。わしゃー、この森に助けられて生きておるからの。全てに感謝なのじゃ」


「そうなんですね。私も助けてもらえたので、感謝です」



「ほっほっほー。もうすぐばあさまが待つ家じゃぞー」


「はーい」



 ◇



 しばらく歩くと、おじいさんが言っていた家が見えてきた。

 森の中でも、少しだけ日が入るようなところに立つ小さな木の家。長年住んでいると思われるが、綺麗な木目が見える。きっと丁寧に清掃をしているのだろう。


 おじいさんは、ゆっくりと家のドアに近づいて、開けた。



「ばあさまやー。帰ってきたぞいー」


 そう言いながら、家の中へと入っていった。

 私も入っていいものかとその場にとどまっていたら、おじいさんがこっちへ来いと家の中から手招きをしてくれた。おじいさんの促されて、私も家の中へと入る。



「お邪魔しますー」



 木漏れ日が入る家の中は少し明るくなっていた。

 外観からも想像できたように、家の中もすごく綺麗に掃除がされているようだった。私がいた女神の間とは大違いだよ。



「あぁじいさま。おかえりなさいませ。お早い帰りですのぉ。何かありましたか?」


「あぁ、道の途中で奴隷から逃げ出したような子がおっての。可哀そうだから連れてきてやったわい」



「あらあらまぁまぁ。それは大変。大丈夫でしたか?」



 おばあさんは、私の方へ近づいてきて、私の衣服やら私の身体を見てくる。

 私の両手を包み込むようにして掴んで、顔を近づけて見てくる。一つ頷いた後、しゃがみこんで私の両足を覗いくる。奴隷服の上からは見えないからだろう、少しだけ裾をめくられた。そしてまた一つ頷いた。


 おばあさんは首を傾げながら、私の背中の方へと回り込んできょろきょろと見回る。そして、私の周りを一周して、目の前に戻ってきた。



「怪我とかはしていないようじゃ。よかったのじゃ。歩き疲れているじゃろうて。まずは着替えて、食事にでもしようぞお」


「あっ、いえ……。私はそんなそんな。これ以上お世話になるわけには……」



「いいのじゃ、いいのじゃ。若い子は遠慮するものじゃないぞい。わしゃの若いころの服でも着て下され」


 おばあさんに背中を押されて、おばあさんの部屋へと案内された。



「なかなかに、別嬪べっぴんさんじゃのぉ。わしゃが生きてる中で、一番じゃと思うぞい」


「そ、そんなお世辞は大丈夫ですよ。ははは」


 あれだ、多分女神だったころの名残だ……。先輩、女神の容姿に関するステータスはそのまま転生させてくれたんだ……。そこは、さすがに取れないか。


 私が元女神ってばれないかな。大丈夫かな。



「まるで、女神様みたいじゃな」


 ――ドキッ!!



「いやいや、私はただの奴隷ですよ。そうずっと暗い部屋の中で働かされてまして。ミスばっかりで」


「大丈夫じゃよ。そんなに自分を卑下なさるな。お前様の顔を見れば、今まで頑張っていたことくらいわかるぞい」



「……いや、おばあさん、私」


 私が元奴隷だったと勘違いしてるんだよ、きっと。ちゃんと説明しておかないといけないかも……。



「まぁ、いろいろあるじゃろうて。詮索せんさくはせんから大丈夫じゃ」


 おばあさんは、可愛い笑顔で笑ってくれる。私なんかよりも、女神に見える。ニコニコしながら、引き出しの方へと歩いていった。

 そして、引き出しの中から、綺麗な服を出してくれる。裕福な街娘が着るような、少し綺麗な服。



「じいさまの顔を見たら、わかるのじゃ。お前様は良い子じじゃ。きっと、道中で、じいさまを助けてくれたんじゃろ?」


「い、いや、私は何も」



「人のために頑張る子に、悪い子はいないのじゃ。そういう子のもとには、巡り巡って、良いことがやってくるものじゃ。胸を張って生きると良いぞい!」


 ……なんだか、おばあさんには、すべてを見透かされているような気さえする。

 ……何だろう、優しくてとても暖かい気持ちになる。



「その服は、わしゃが若いころに着てた服じゃからの。ばあさん孝行だと思って、着て見せてくれないかの?」


「はい、わかりました! おばあさんの望みとあれば!」



「うんうん。素直な子じゃ。素直が一番じゃ!」



 ――ティロリン。

 ――おばあさんの心を癒やしたことで、徳が溜まりました。


 ……もう徳の玉、壊れちゃってるなぁ。

 ……癒されているのは、おばあさんじゃなくて、私の方だよ。

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