第4話 森の中にて

 こんな森の中に転移させられても、私は何もできないんですけども……。


 人の気配もない気がするけれど、何が出るかもわからない森。森の奥の方を見ても暗くて先まで見えない。

 女神から堕とされたけど、先輩の計らいで最低限の生きる術はくれているようなの。徳を溜められる玉っていうのももらったし。


 それはもちろん嬉しいのだけれども。この玉があるだけじゃ、何もできないんだよね。徳だって、まだないし。人助けとか、良いことをしないと、徳はたまらないわけだし。



 ――ガサガサ。



 あれ?

 今なんか音がしたような気がするけども。


 そう思って辺りを見渡すが、暗い森が続いているだけ。

 もしも今、モンスターが出てきたら、大変ですよ……。私は何もできないで、無残にも食べられてしまう……。

 元女神を食べたら、さぞ美味しいのかな? そう考えると、モンスターからすごく狙われそう。



 もしくは山賊とかが現れたりしたら、どうしよう。

 身ぐるみなんて、何も無いけれども。なけなしの、この奴隷服と、徳の玉が奪われちゃうかもしれないし。神界のアイテムを無くしたとなったら、次の生まれ変わりはどうなっちゃうんだろうな。

 この人生でも、徳がマイナスになってしまって。今度生まれ変わるときは、虫になっちゃうかもしれない。

 もしかしたら、ミジンコとかかも。


 うぅ……。そう思うと、一層怖い森に思えてきた。



 先輩は鬼畜じゃないと、思いたい。

 けど、先輩っていつも怒ってばかりで恐いしなぁ……。



 ――ガサガサ。



 ……やっぱり何かいるよ!


「いやだーーーっっ!! 助けてーーーーっっ!!!」



 暗い森の中から、鈍く光る刃物が見えた。きっと、山賊の人が来たんだよ。

 段々と人影がはっきりと見えてくる。小型の斧を持った人間のようだった。


 今の私には、ステータス確認さえもできないし。そんな能力まで根こそぎ奪ってー。

 今度先輩に会うことがあったら、「鬼畜!」って言ってやろう。

 もうやだよーーー……。


 何の対策もできないし。逃げるにしても、足が動かないよ……。



「そこに、誰かいるんかー」


「やだやだーーー! 来ないでくださいーーー!」



 ザザッと草をかき分けて、人影は私の方へ向かってくる。

 もう、私はここで死んでしまうのかもな。

 あぁ、なんでドジしちゃったのかな。うぅ……。


 今度生まれ変わるときは、ドジ属性は抜いてもらいたいです。それだけがお願いです。


 神様一。

 女神様一。

 女神様って言っても、転生するときは、先輩以外の誰かでお願いします……。


 けど、やっぱり死にたくないよー。

 痛いのとか嫌だよー。やだやだやだー!

 最後の悪あがきで、手をバタバタさせて抵抗をする。



「いやですーー。助けてくださいーーー」


 ザザッと、草をかき分けて近づいてくる音が止まった。

 もう、ダメだ……。



「お前様、取り乱すでない。わしゃー、ただの木こりの爺さんじゃよ」


「ほぇ?」



 そう言われた方向を見ると、確かにそこに立っているのは、おじいさんだった。少し腰が曲がったおじいさん。

 白髪をふさふささせて、自分で狩猟したのか、小型獣の毛皮と思われるチョッキを身に着けている。顔は優しそうな笑顔を浮かべて私に手を差し伸べてくれていた。

 竹の籠を背負っており、そこに斧をしまったようだった。



「ほらー、お前様。わしゃー、なんの危険もないぞ一。なにも危ないものは持っとらんぞー」


「そ、そうですね。本当そうです」


 手を広げてアピールしてくるおじいさん。

 一生懸命に危険はないと訴えかけるおじいさんの姿は、見ていて何だか可愛らしい。

 なんだか、安心する……。



「お前様は、大丈夫かの?」


「……はい。今、大丈夫になりました」



「はは、安心しおったのか? 涙が出てきてるぞい。これで拭け」


「ありがとうございます。やさしいです」



 おじいさんは、小さな布を私に渡してくれた。

 優しさを形にしたような柔らかい布。頬に伝っていた涙を包み込んでくれた。



「お前様は、そんな服装をして、大変じゃったろう」


「この服装はえっと。色々と事情がありまして」



「あぁ、大丈夫じゃ。わしゃー、詮索はせんから。さぞ、辛いことがあったのじゃろう」


 おじいさん、本当にいい人だ。甘えてしまってはダメかもしれないけれども。甘えたくなっちゃうけど、それはやっぱりダメ。人間に甘えるなんて、徳が減る行為。



「おじいさん、ありがとうございます。けど、私はおじいさんを頼りにするわけにはいかないです」


「ほっほっほ。そんな気を使うことは無いぞ。老い先が短いわしゃになんて、気を使っても何も良いことないからの」


 おじいさんは、目を細めて嬉しそうに笑っている。



「なんだかな、お前様を見ていると、孫娘に見えてくるのじゃ。ぜひとも、家にいる、ばあさんに合わせてやりたいのぉ」


「いえいえ。家になんて……」



「気にするな。大丈夫じゃよ。むしろお前様に来て欲しくなってきたぞ。わしゃの方からのお願いじゃ。人助けだと思って、どうか、うちに来てくれないかの?」


「……ひ、人助けになるんですか?」



 誰が来るかわからなかったから、身体の後ろに隠していた徳の玉が光った。



 ――ティロリン。

 ――おじいさんの心を癒したことで、徳が溜まりました。



「あぁ、遠慮など無しじゃ。お腹も空いているじゃろうて。うちまで案内するぞい」

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