おまけその2 サーラ姫の夜のお勉強 前半



 女王陛下および王配、そして妹姫の結婚発表のお披露目が終わってから、しばらく経った、ある日の夜のことである。


「……セイ様と姉様がまた二人でいちゃいちゃしているのです。……私もゆっくりと夜、セイ様といちゃいちゃしたいのです」


 不満を口にするサーラ姫。

 ティールブルーの長い髪を揺らしながら、身体全体で怒りを表していて可愛らしい。


「……はぁ」


 その不満をぶつけられた彼女付きのメイドの内の一人、エリサ。

 彼女はサーラの主張に対して気の抜けた返事をした。


 ショートボブの赤髪で、サーラ姫様と同じような青い瞳を持った女性。年齢はサーラ姫の姉であるレリアと同じくらいらしい。


 あまり表情を出さずに、淡々と仕事をこなしているが、その言葉遣いがなっていないと女官長からたまに注意されている。

 けれど、サーラはそんなエリサのそっけなさが気に入ったらしく、彼女を指名して呼んでいたりする。


「エリサ、ここのところ、セイ様と姉様のずっと夜の一緒に過ごされていて……本当にずるいのですよ。私だってセイ様ともっともーっと一緒に居たいというのに……姉様とばかり」


「はい……」


 エリサは頷く。他のメイドからの情報によると、大きな仕事が片付き、一段落ついた解放感からか、二人で思う存分愛し合っている、とのことだが……それをこの妹姫にどう伝えたら良いものかと悩んでいる。


「姉様もセイ様にべったりで……私が夜を一緒に過ごしたいと思っていても、なかなか……」


「……そうですね」


 エリサは同意したものの、サーラが本当にどういうことで二人が夜を一緒に過ごしているのか、理解しているのかどうか若干判断しかねるところだった。仲良く同じベッドに寝転がって楽しくお喋りをしている、くらいの考えなのかもしれない。


 サーラ姫に、もし一緒にセイと夜を過ごせるなら、どうお過ごしされるおつもりなのでしょうかと訊ねたことがある。


 サーラ姫から返ってきたのは、王宮の花園で咲いていた鮮やかな花の話や、献上品のペットのネコの様子だとか、季節のフルーツがとても美味しいものが見つかったので、今度一緒に昼のお茶会で食べませんかとか、そういう事をセイ様と話したいといった可愛らしい内容ばかりだった。


「そこでですね……エリサ、私は考えたのです。二人だけで夜を過ごすばかりはずるいので、私も混ぜてもらえばいいのではないかと、ふふっ」


「……はい?」


 エリサがあまりのサーラの発言に、一瞬ぽかんとなる。無表情な彼女にしては珍しく口を開けて、何か言いたくてもいえない状態だった。


 本当に何をしているのか、理解したうえで発言しているのだろうかという点で、かなり怪しいのである。


 エリサの知る限り、セイ様とサーラ様が朝昼晩夜いずれの時間においても、男女の深い行為を致したということは聞き及んでいないので、まだ彼女は未経験ではないかと思われ、そんな彼女が二人の営みに乱入したら……優しく姉がリードしてしっかりと妹の体験をサポートする……ということも考えられなくもないですが、それでもやはり止めるべきではないかと彼女は結論付けた。


「あの差し出がましいようですが、サーラ様、それはまだ尚早かと……」


 動揺してエリサも迂闊な発言をする。セイ様がどのような嗜好趣向か解らないので勝手な憶測はいけないのだが、姉と妹、両方を娶るような男なのだ、そういうことも視野に入れているに違いないと考えていた。


「そうやって皆私を除け者にするんだから。私だってもう大人ですわ。なんでもどんとこいなのですよ、えっへん」


 まだこれからが期待できそうな胸を張って言い張るサーラ。


「……大人でしたら、二人の邪魔をするようなことはしないでください……」


 大人と言い張るサーラを諭す、エリサ。


「そう……ですね。でしたら大人としてセイ様と二人夜を共に過ごせるようにしていただければ良いのです。ずっと姉様がセイ様を独り占めされているのは、大人としていけないことなのです、ね? エリサ」


「……」


 大人ということで、収拾をつけようとしたらかえって面倒なことになってしまった。

 こうなれば、やはり夫に責任を取って貰うしかないだろう。


「解りました。私のほうからセイ様、レリア様にお話いたしますので今日のところは大人しくお休みくださいませ。くれぐれもお二人の邪魔はされませぬよう……大人としてしっかりとお約束いただければと存じます」


「ええ……解りましたわ。わたくしも大人ですもの。約束はしっかりと守れるのです」


 エリサの念押しに、少し考えた後、サーラは胸を張ってそう答える。


「でしたら、今日のところはお休みくださいませ」


 サーラを寝かしつけるエリサ。サーラは不満そうにしつつも、エリサが約束を守ることを信じてエリサの導くがままにベッドで目を閉じた。


「では、サーラ様、良い夢を……。失礼いたします」


 サーラの寝息を確認してからベッドから離れる。それから一礼して退室するエリサ。


「……さて、レリア様は何とおっしゃるやら……」


 可愛い妹姫であり、第二の妻であるサーラ様のお願いに対して二人はどんな反応をするのか、少々頭が痛いエリサであった。



***



「ということなのです」


 女官長を通して簡単に伝えたところ、レリアとセイ、二人揃っているところに呼び出されたエリサ。


 彼女は淡々とサーラの不満を伝え、このままだと二人の寝室に突撃しかねないことも含めて話した。


「……セイ、その先に伝えたいのだが……三人でするとか決して言い出すなよ。正直、その魅力に抗いがたいのでな」


「……」


 あ、これ駄目なやつだ、とレリア女王陛下の発言を聞いて直ちに判断するエリサ。


 遺跡探索前の姫様は、男っ気もなく、凛々しかったあの姫騎士様が……こんな風になってしまうなんて。おのれ渡り人っ! とは流石にいえないので無表情で誤魔化す。


「俺はこの場合どう言えばいいんだ?」


 妻の暴走に、夫が動揺している。

 凄く真剣に、凄く真面目に、凄く駄目なことを口にするなんてこの国は本当に大丈夫なのだろうかと、ちょっと心配になる。


 とはいえ、駄目になるのは夫の前がほとんどなのでたぶん大丈夫だとも思うエリサ。


「やはり、セイ……王国民への披露の日に、あんな激しいキスをサーラに教えてしまったお前が悪いと思う。男としてしっかりと責任を取るべきではないか?」


「……レリア、この場合、責任を取るというのはしっかりとすることになるんだが……それでいいのか?」


「ううむ……しかし、いつまでもお預けという訳にもいかないだろう」


 セイの言葉に、眉を顰め真剣に悩むレリア。


「……さしでがましいようですが……発言よろしいでしょうか」


 おそるおそるエリサが手を挙げる。


「エリサ、何かしら……」


「正直なところ、放っておくとこっそり二人の寝室に忍び込まれかねないと思われますので、なるべく早めにセイ様がお相手して差し上げるのが良いかと思われますが、ただ……サーラ様のお年ですよ……心と身体の負担が大きいかと思われますので、慎重にするべきかと……」


 自身の忌々しい初体験が思い起こされて両腕で自分の身体を抱き締めるエリサ。男性に対して苦手意識を持つようになったあの出来事。

 一時期はまったく男性に近寄れなかったが、何とか乗り越えて現在王宮付きのメイドとして働けるまでになったのだが……。


「初めての体験は後々まで残りますし、どうしても引きずってしまうことがございます。どうか、無理矢理ではなく優しくゆっくりと事を進めていただければ……」


 貴族の中には、結婚という体をとりつつ、幼い娘に強引に迫る者だって居る。


「とはいえ……正直なところ、サーラ様が我慢できるかどうかは解りません」


「……確かに、好奇心旺盛なあの子のことだ……興味のままに動くかもしれないな……はっ」


 レリアの目が見開かれる。


「セイ、英雄王様の叡智から閃いたぞ」


「レリア、それは多分駄目なやつだから」


 セイの中では、政治や剣技はともかく、夜の営みについては英雄王様の叡智は、信頼度は大分落ちている。


 探究心が強すぎて若干引いてしまうくらい色々しすぎているのだ。レリアも、かの英雄王様もされていたことなのだ、と自分の好奇心も含めて迫ってくるのが、嬉しいやら戸惑うやらである。


「しっかりと私達の営みをサーラに見てもらうのだ。凄く興奮するらしいぞ……」


「レリア、自分の欲望を混ぜて実現させようとしちゃ駄目だ」


 セイがレリアに注意する。とはいえ、彼女の提案もあるいは乗ったほうがいいかもしれないとも少し思っている。


 サーラに我慢ばかりさせていると、知りたいが故に誰かと過ちの関係を持ってしまうかもしれない。

 考えすぎだと思われるかもしれないが、エリサのように幼くても無理矢理に関係を迫ってくる貴族だって居るのだ。


「けれど……そうだな……」


 サーラもそうなのだが、レリアも変に我慢させすぎるのも不味いかとも思うセイ。


 マンネリ化した熟年夫婦、ではないが……好奇心のままにあれこれしたいというのは姉妹だな、と思ってしまうところだ。


 背徳感に身を委ねるようになって、レリアが浮気だったりとか、寝取られだったりとかなったら、セイの脳が破壊されてしまう。


「サーラを呼んでみてもらうべきか……」


 対応しないと結局突撃してきて見られることになるなら、心構えが出来る方がいいかもしれない。


「セイ様?」


「……エリサの話だと、止めてもこっそりと忍び込んできそうだ、ということだし……いっそのこと教育として見せた方が良いかもと思ってな」


「確かに、サーラ様のことですので、やらかしかねないとは思いますが……」


 セイの言葉に、エリサが頷く。


「一度そういう機会を持ってみるしかないと思う」


 見られるのは恥ずかしいが、仕方ないだろう。色々考えた末に、セイはそう言わざるを得なかったというべきだろうか。


「うむ、私は構わないぞ。セイと愛し合うところをサーラに見られるなんて正直、恥ずかしいが……凄く興奮するとは英雄王様の感想だ。激しく燃え上がるに違いない。そしてゆくゆくは……姉妹で、……んんっ、サーラの勉強になるしいいと思うぞ」


 エリサから相談を受けた時の三人で、に言及するレリア。こっちもいずれは考えないといけないのか、とセイもぼんやり考える。


 いや、過激に走るよりも……彼女との繋がりを大切にしていきたいのだが、しばらくはレリアの好奇心と英雄王の叡智と向き合わねばならないだろう。そして、場合によってはサーラも近々参戦してくる。


 頑張れセイ、王国の未来は君に掛かっている……かもしれない。


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